第8話 小さな


「この前、小さなおじさんを見た」


 聡見がなんてことのないように言った途端、良信が勢いよく迫った。


「どこで?」


 瞳孔が開いているのではないかというぐらい目を見開き、聡見の肩を強く掴む。少しの誤魔化しも許さないと言われているみたいで、聡見はそんなに変なことを言ってしまったかと思い返す。しかし、全く心当たりがない。


「えっと、公園だけど……」

「公園って、いつも遊んでいるところ?」

「う、うん」

「いつ見たの」

「……おととい」


 良信は、口元に手を当てて考え込みだす。そこまで深刻なことだったのかと、聡見にも緊迫感が移った。自身がとんでもない何かに出会ってしまったと、良信の答えを待つ。


「小さいって、どのぐらい」

「……人差し指ぐらいだった」

「何かされた?」

「別に。でも、害とかは無かったぞ? ニコニコ笑って見ているだけだったし」


 おととい、一人で公園で遊んでいた聡見は、視界の端で小さなものが動いているのに気がつく。ゴミでも飛んでいるのかと見れば、そこには小さなおじさんが立っていた。

 人差し指ほどの大きさで、こちらに向かって大きく手を振っている。普段なら、変なものがいたら無視しているのだが、あまりにも小さかったので可愛いと思ってしまった。


「こんにちは?」


 話が通じるかと、とりあえず挨拶をしてみた。そうすれば、トコトコと効果音が出そうな足取りで、聡見に近づいた。

 近くで見ると、まるで絵本の中から出てきたような容姿をしていた。とんがりボウシがちょこんと頭にのっていて、それが可愛らしい。森番のようなもじゃもじゃの髭の奥に、つぶらな瞳が覗いていた。

 話をするべきか迷い、聡見はさすがにそこまで関わるのはまずいと考えた。良信と仲良くなってから、聡見の警戒心は緩んでいると怒られたばかりだったので余計だ。

 帰ろうかという気配を、おじさんは感じ取ったらしい。引き止めるような動きをした。しかし、意志が固いと分かると何かを差し出してくる。

 それは、小さな木の実だった。ただおじさんからすると、抱えるぐらいの大きさになる。真っ赤な木の実は、つるりとしていて輝いている。見た目は、とても美味しそうだ。


「くれるのか?」


 聡見が尋ねれば、勢いよく頷く。受け取るかどうか迷って、彼は申し訳なさそうに謝る。


「ごめん、それは受け取れない。美味しそうだし、自分で食べて。じゃあね」


 そう言いながら、家へと帰るためにおじさんを振り返らず走った。後ろで何をしているのか、聡見は全く知らずにいた。


 おとといのことを思い出した聡見は、良信の顔を見て体を震わせる。その目は、珍しいぐらいに怒りに満ち溢れていた。

 どう声をかけるか迷っていたところで、良信が口を開く。


「ちょっと用事を思い出したから、先に帰るね」

「あ、ああ」


 有無を言わさない様子に、聡見はただ見送ることしか出来なかった。

 一人での帰り道、件の公園にいる良信の姿を見つけた。いつもなら声をかけるが、その日は無理だった。

 無表情で地面を何度も踏みつける、一心不乱に。砂の地面が、どうしてか赤く染っていた。


 次の日、聡見は勇気を持って公園で何をしていたのかを聞いた。良信はキョトンとした顔をして、自分のした行為を忘れていたようだった。ただしつこく質問をすると、一言だけ答えた。


「木の実を潰してただけだよ」

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