第25話

雁野 来紅かりの らいく side








 モンスター達から逃げていると、菓子で出来た他の部屋とは明らかに違う金属製の扉で出来た部屋があった。


 そこなら化物達の攻撃をしのげるかも知れない。そう思うも二の足を踏む自分もいた。


 この異常な空間の中で異質な部屋なのだ。トラップや強敵がいる可能性もある。いや、むしろいた方が自然でさえある。


 だが───




「入るしかないよね」




 来紅らいくには選択肢など存在しなかった。


 自分の一部を喰らう程に身体を癒やし、追って来る速度を上げてくるモンスター達。


 それだけでは無い、敵の数もどんどん膨れ上がっていた。最初は数匹だったが、今は後ろを見れば数え切れない。


 先頭のモンスター達が霧のダメージで流れた血をめる為に足を止めていなければ、来紅はとうの昔に骨も残さす喰い殺されている。


 また、最初に比べて挟み撃ちにされる事が増えて来た。


 後ろから来るモンスター以外は朽ちかけた見た目相応に動きが遅いので今のところ何とかなっているが、運に見放されたら終わりのギリギリ回避を続けている。




「お願い、開いて」




 金属扉の前に来た来紅は取っ手を握り思いっ切り回した。ここで開けるのに手間取ったり、そもそも鍵が掛かっていたら死ぬしかない。


 祈るような気持ちで扉を押すと意外とすんなり開いた。


 直ぐに部屋の中へと入り扉を閉める。追われてた時に、ずっと聞こえていたうなり声や足音が止んだ。


 扉には、そもそも鍵が付いていないようだったが自分を追って来たモンスター達の中に人型や頭の回りそうな敵はいなかったため、恐らく安全だろう。


 この場所にきて、初めての安全地帯に少し安心する。




「……ガァァァッ」



「ひっ」




 突然聞こえて来た咆哮ほうこうに僅かな安心感は吹き飛び、来紅は慌てて扉のつっかえになるような物を探す。


 はやく、はやく、と逸る気持ちのせいで視野が狭まる中、大きな冷蔵庫が目に入った。




「……これがいいかな?」




 下にタイヤが付いてるタイプなので、自分一人でも動かせるだろう。


 かなり重いが動かせ無い程でも無くタイヤのストッパーを解除して扉の前まで移動しストッパーを固定した。


 本当はタイヤを破壊して冷蔵庫を完全に固定したいが、そうすると自分も出られなくなる上、あざみが来てくれた時、入って来れないので諦めた。




「これで一先ひとまずは大丈夫そうかな?」




 ここの扉は内開きである。


 これでやっと本当に一息つけるかな。そう思っていた矢先に───




「……ガァァァァァッ」




 思わずビクリとする。


 一度目は慌てていたせいで気が付かなかったが今なら分かる。この声は部屋の内側から聞こえてる事に。


 いや、そもそも扉を閉めた時に外の音は聞こえ無くなっていたのだ。その時点で中から聞こえてる事に気づくべきだったなと少し反省。




「でも、どこから?」




 見たところ部屋の中に敵はいない。


 隠れる場所もあるが、隠れているのなら声を上げたりしないだろう。知能が低い獣ですら分かる事だ。




「……一応、探してみようかな。何かあると怖いし」




 放置と探索の二択で迷った来紅だが探索を選択する。それに、ここは厨房のようだ。ついでに武器も探そう。


 そうして、奥の流し台で包丁を手に入れる事にした。




「ダ…ガァァァァッ」




 包丁を手に入れた直後、また聞こえた。


 しかも、今までは聞こえなかった部分も聞こえた。どうやら人の言葉を話しているらしい。




「あれは、おかまかな?」




 厨房の最奥にはパンを焼くような石窯いしがまがあった。どうやら、そこから声が聞こえるらしい。


 あの声が響くのに合わせて石窯の蓋が振動しているので間違い無いだろう。


 だが、あの石窯は火が付いてる状態だ。数メートル離れている来紅でさえ熱気を感じる程の。普通なら中に人がいて、生きていられるとは思えない。


 だが、声が聞こえるのだから生きた存在なのだろう。それも普通ではない相手が。


 ああ、それでも───




「タ゛レ゛カ゛ァァァァァァッ!」




 その言葉を認識したら来紅は動かずにはいられなかった。


 来紅は本来困ってる人を見捨てられないタイプの人間だ。眼前に命の危機があるならともかく、自分の心に余裕が出来た今、動かないはずがなかった。




「いま助けますからねっ!」




 中にいるであろう相手に声を掛けながら石窯に付いているかんぬきを外して蓋を開けた。蓋を開ける時、指の一部が焼け剥がれたが今更、痛みは気にならなかった。


 そして、開けた瞬間。中から黒い塊が飛びたして来紅をガッシリと掴んだ。




「あ、う」




 炭を零しながら嗤う相手に萎縮する。


 もはや、恐怖でまともな言葉が出てこない。相手の握力は強く、とても逃げられなかった。


 失敗したな。


 来紅は石窯を開けた事を後悔し始めた。

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