第26話

 本日は二話更新です。前話を飛ばさないようお気を付け下さいm(_ _)m


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雁野 来紅かりの らいく side








 来紅らいくは今、謎の黒いかたまりに捕らわれている。


 いや、よく見ると黒い塊は魔女のように見える。


 おおきな三角帽にゆったりとしたローブ、高い鷲鼻わしばな御伽話おとぎばなしで出てくる魔女そのものだ、シルエットはだが。


 だが、黒い。三角帽もローブも鷲鼻わしばなも、それどころか眼孔から口内まで焼け焦げて、全身黒一色だ。


 そして、その魔女(?)は本来なら眼球があるであろう窪みを、こちらに向けて何かを喋ろうとしていた。




「イ゛…タ゛……」




 ミシッ──と骨がきしむ程に強い力が来紅の肩を握る手に込められる。イタ?「痛い」て言いたいのかな? でも正直、痛いのは私の方だ。


 どうする? と来紅は自問自答を始める。目の前の魔女(?)から痛みを取り除くのは簡単だ。しかし問題は、その後だ。


 来紅は固有スキル【泡姫あわひめ献身けんしん】を今まで誰にも明かした事はない。両親や、この世で最も大切な彼にすらも。


 この固有スキルのせいで来紅は生きる回復アイテムとなっている。そして、その回復効果は他人は勿論、モンスターどころか来紅自身も享受きょうじゅする事が出来る。来紅の血肉を口からの摂取しさえすれば。


 つまり、来紅を削り回復アイテムを得て、死にかけたら来紅自身に削った肉を食わせれば永遠に回復アイテムが量産出来る。


 このスキルが世間にバレた未来を考えた時、恐怖に震え何度も神を呪ったものだ。


 だが、最近は感謝する事がある。【泡姫の献身これ】のお陰であざみと出会え、この館で生き延びる事が出来たのだから。


 しかし、どんなに良い事があろうと、【泡姫の献身これ】の露見ろけんに大きなリスクがある事に変わりはない。


 来紅は色々考えて結論を出した。




「痛いんですか? ちょっと待って下さい」




 悩み抜いた末、来紅は目の前の魔女(?)を治療する事にした。


 元々、選択肢なんて合って無いような物だ。なにせ密室で謎の相手に捕まっているのだ、唯一の出口は自身が置いた冷蔵庫があり、簡単には開けられない。


 そんな物を悠長に動かしてる時間を与えてくれる筈も無く、仮にあったとしても扉の外で待機しているであろうモンスター達に喰われ尽くすのが落ちだ。




「これを食べて下さい」




 そう言って来紅は石窯いしがまふたを開けた拍子ひょうしに取れかけていた指を引き千切り目の前の魔女(?)に差し出した。ついでに自分も肉の一部を食べて回復しながら。


 ここで出し惜しみするよりも恩を売る方が生き残れる確率が高いと信じて。




「ア、アァァァ」




 来紅が言葉を言い終わるや否や魔女(?)は差し出した指にかじりつく、持っていた来紅の腕諸共に。




「ッゥゥ!!!」




 覚悟はしていた。そして今日は幸か不幸か、いま以上の痛みを何度も味わっている。歯が砕けるほど食いしばり、何とか声を抑え込んだ。


 ここで下手に相手を刺激して殺されでもしたら今までの苦労が水の泡となるのだから。




 ガリッ、ボリッ




 そのままひじあたりまで食い進めた魔女(?)は、やっと顔を引いき、口に残った来紅の一部を飲み込む。


 効果は劇的だった。


 炭化していた腕には肉と皮が蘇り、黒くくぼんだ眼孔には憎悪に燃えた瞳が現れる。


 その眼は悪鬼ので、その眼を見た瞬間、来紅は己の末路が予想出来た。




「薊くん……」




 万策尽きた来紅はプレゼントのネックレスを握り締め、ゆっくりと目を閉じた。








綺堂 薊きどう あざみ side








「来紅どこだっ!」




 俺は酷く焦っていた。探しモノが見付からない事に、どんどん増えるモンスター達に。


 もはや厨房など眼中にない。あるのは来紅だけである。時間が経過するほどハッピーエンド理想は遠ざかり、必ず救うと決めた親友の死亡率は跳ね上がるのだ。


 それなのに───




「どうして見付からないんだっ!」




 気が狂いそうなほど激しい感情の奔流の中、僅かに残った冷静な思考が語り掛ける。増援のモンスターがおかしいと。


 様子が尋常では無いのだ。まるで何か・・から逃げるように必死に走って来る。奴等からすれば、俺は偶然会ってしまっただけの相手に過ぎないだろう。


 ならば放置しても問題ないかと思い、一度相手にせず放置したら普通に襲ってきた。面倒すぎる。


 せめて、もう少し減ってくれれば───




「あ?」




 よく見ると大きく減っていた。


 それは、モンスター全体の話ではない。


 来紅を喰らい身体に癒したであろうモンスター達が、だ。それも何の前触れもなく。


 来紅がいる方向を間違えたというのは、ありえない。分かれ道があるたびに奴等が来る方向は確認していたのだから。


 そうであるにも関わらず、奴らの供給が減ったと言うことは───




「ッ! 俺より堕ちろ【禍福逆転】!」




 思い付いたバッドエンド最悪の可能性を否定するべく、今まで以上に強引に歩を進める。骨が露出し、五臓六腑を引抜かれようとも歩みは緩めない。


 前を見据える眼と、前進するための足さえあればよかったから。


 毒霧と剣の呪い、そして群がるモンスター達に身を削られながら進んだ先で俺は見た。




「嗚呼ぁぁ……」




 開け放たれた金属製の扉。


 周囲に散乱する化物モンスターの破片。


 『お菓子な魔女』の攻略に必要不可欠な要素である魔女が居た筈の封印が解かれた・・・・・・・石窯。


 


「ァァァ……」




 そして、石窯いしがまの傍に落ちている見覚えがある肌の人間の指。


 状況を考えれば認めるしかない、あれは来紅の指だ。なにせ眼に映る光景はゲームで魔女の復活イベントに『失敗』した際、入手できるCGそのままだったのだから。



「ア゛ア゛ア゛ァァァァァァッ!!!」




 周囲に慟哭どうこくが響きわたる。他ならぬ自分の声の。


 そうして俺は、自身がハッピーエンド理想を掴みそこね、来紅がバッドエンド絶望へ堕ちた事を知った。

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