原住民たちの日常

 ガルシア・クラーレは、最悪だった。

 この町に来てからというもの、ろくに働いていない。

 やることが無いので、町唯一の大衆食堂『メザノッテ』に入り浸って、昼も夜もなく飲んだくれる――そんな日々を送っていた。

 今日も今日とてカウンターで飲んでいると、珍しく団体の来客があった。剣や盾を携えた、冒険者の一団パーティだ。

 「『ナマ』を人数分くれ」

 彼らは店の入り口近くのテーブルに集い、いかにも不機嫌そうに酒を注文した。

 『ナマ』とは生ビールのこと。10年前には無かった言葉だが、今やこの世界の常識となった。あちらの世界では乾杯に使われるおめでたい酒だと聞く。しかし、一団の表情は誰も彼も陰鬱に沈んでいる。勝利の美酒、という訳ではなさそうだ。

 原住民ネイティブである彼らの装備は、使い込まれてボロボロだった。盾と鎧は大小の傷がビッシリと刻み込まれ、酷く凹んでいる箇所もあった。装備を更新する懐の余裕が無いと見える。揃って下げている片手剣も、無銘の安物だろう。

「畜生。10年前はギルドの幹部だった俺たちが、今やこんな場末の食堂で酒盛りかよ」一団の1人がぼやいた。

 全ての始まりは10年前。

 10年前、『来訪者フォーリナー』がやってきて、世界は激変した。

 

 彼らは、「日本」という国からやってきた。

 「異世界転生」してきたのだという。

 モンスターも異種族も居ない平和な社会で生育したはずの彼らは、しかし細腕で大剣を軽々と振るい、とぼけた顔して大魔法を唱え、学者すら舌を巻く広範な知識を蓄え、時に魔法でも錬金術でも説明できない超常をもたらす。ある来訪者に至っては、この世界に来てからわずか3日で魔王を倒したらしい。

 来訪者は続々と増えつづけ、この世界の各地で数々の英雄譚を残している。世の中は平和になって、便利になって、自由になった。

 だが、それが面白くない者たちもいる。原住民の冒険者たちである。不思議に満ちたこの世界で、かねてより探索や戦闘や収拾を生業としていた者たちだ。

 熟練の冒険者であっても、理解を超越する能力を有した来訪者たちには絶対に敵わない。初めのうちは来訪者と張り合う者も居たが、やがて誰もが無駄だと悟った。

 来訪者たちは世界最大の迷宮ダンジョンを擁する王都に集まり、逆に原住民の冒険者たちは、追い出されるように地方へ散って行った。

 ガルシアも、その内の一人である。


 ガルシアが流れ着いたのは、寂れた漁村『アラバスティア』。特に名物も名産も無く、冒険者の興味を引く迷宮も無い。来訪者達の訪れも乏しく、あっても居着くことはまず無い。

 とはいえ。

「……1人じゃあどうしようもないんだがな」

 ガルシアの得意とするところは、戦闘員の支援だ。パーティに属してこそ輝く職種ジョブであって、単独ソロでは戦えない。

 お先真っ暗だ。そんな時には。

「……飲んで忘れるに限る」

 来訪者の増殖もデメリットばかりでは無い。

 とりわけ食生活の充実は顕著だ。デカいネズミやらトカゲやら、得体の知れない生物の丸焼きがご馳走だった頃には、もう戻りたくない。すっかり舌が肥えてしまった。

 この世界に元からあった麦酒エールが嫌いだったガルシアには、あちらの国から伝来した麦酒ラガーも口に合わなかった。だがこの「日本酒」という酒は大変気に入った。魚にも肉にも合う万能の酒だ。意外にもチーズとの相性が良く、ガルシアはもっぱらその組み合わせペアリングで嗜んでいた。

「……随分ツケが溜まってるんですけど……ちゃんと払って頂けるんでしょうか」

 陰気な店の主が、一団に持っていくビールを注ぎながら、ガルシアに小声で文句を言う。

 しかしガルシアの耳には届かない。日本酒の芳醇な旨味の前では、どんな嫌味も打ち消されるというものだ。

 そんな不景気ながらもご機嫌な気分に、水を差す女がいた。

「また真っ昼間から日本酒か。好きだな、キミも」

 隣の客がガルシアに声をかけてきた。

 彼女は、宇多川月夜と名乗った。

 来訪者でありながらこの田舎町に住み着いて、無双にもハーレムにもスローライフにも興味を示さない。そんな変わりものである。

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