13番目のキリト

「……お待たせしました。いつもの、です」

 店主が大皿を持ってきて、宇多川月夜の前に置いた。ドスンという、食卓ではまず聞くことがないであろう音がなり、一枚板のカウンターが揺れた。

 月夜は、スパゲッティに野菜とトマトソースを入れて炒めた麺料理を好む。ナポリタン、と呼ぶそうだ。よほど好きらしく、昨日も食べていたし、一昨日も食べていた。きっと明日も食べるのだろう。

 山のように盛られたそれを、月夜が美味そうにほうばる。彼女には麺類をズルズルと啜り食う癖があり――来訪者はみんなそうなのか?――ソースが跳ねて服の染みを増やした。


 どうやら月夜は、この店に住んでいるらしい。

 昼食や夕食時になると、階段を降りてやってくる。月夜の姿を見たら店主は何も聞かずに山盛のナポリタンを調理して出す。そして月夜がそれを平らげ、また階段を登って去っていく。時々階上から叫び声や爆発音が聞こえてくるが、一体何をやっているのだろう。

 店に連日入り浸っているガルシアと、住みついている月夜。顔を合わせない訳がない。

 何度も顔を合わせているうちに、自然と言葉を交わすようになった――というか、わざわざカウンターの隣の席を選んで、彼女の方から絡んでくるのである。ガルシアは来訪者フォーリナーと関わりたくないのに、である。

 この日もそうだった。


「毎日毎日酒を飲んでばかり。他にやることが無いのかい?この店へのツケも随分溜まっているだろうに」

 月夜はいつもこうやって、ガルシアを煽ってくる。そうやって喋っている間も、ナポリタンを食べる手は止めない。食べるか喋るかどっちかにしろ、と注意したこともあったが、月夜が流儀マナーを改めることはなく、ガルシアは諦めていた。

「君の方こそ金を払ってるところをみたことないが」

「飲んだくれのキミと一緒にしないでくれたまえ。無料のランチなんてありはしない。ボクはちゃんと働いて金を得ている。ナポリタンの代金は月初めにまとめて払ってあるんだ。要はサブスクってやつだね。異世界人のキミは知らない概念だろうけど」

「働いてる?店の外で見かけたことはないが」

「キミの知らないところで、ボクは治安維持に貢献しているんだ。感謝してもらいたいね」

 治安維持。魔王が健在だった不穏な時代ならともかく、今時聞かない言葉だ。戦うという行為は、素材か名声のどちらかを得るための能動的な行為になった。防衛のために戦いを強いられるということは早々ない。

 改めて、月夜の姿を上から下まで眺める。多くの来訪者の例に漏れず、いやそれ以上に、色白で華奢で小柄だ。来訪者は見かけから戦闘力が判断できないのが常とはいえ、ガルシアには月夜が荒事に関わる姿が想像できなかった。

 月夜は一体何と戦って、何を守っているというのだろう。

 

 月夜は山盛りのナポリタンを片付けながら、時々後方を気にしていた。

「誰か待ってるのか?」

「町の外から客が来ることになってるんだ。どうやら困ったことになってるみたいでね。この町に相談に来ることになったんだが、連絡を交わしてから随分待たされてる。こういう律速段階は嫌いなんだが……おお」

 そこまで言って月夜は、カウンターに向き直る。大皿を傾けて、ナポリタンの残りを一気にかきこみ、平らげた。

「ようやく着いたか。仕事の時間だ」

 釣られてガルシアも後ろを振り返った。

 店の入り口に、一目で来訪者と分かる男が立っていた。黒い外套を着込み、両手剣を2本背中に背負っている。誰かと思えば――

「『キリト』か」

「ああ、キリトだ。剣と魔法の世界に降り立ったら、そりゃあキリトになりたいに決まってる。MMORPGなんかは一時、Kiritoで溢れかえってたな。それにしてもソロで旅をしているとは珍しいな。原作再現のつもりなのか、コミュニケーション能力が欠けているのか……」

 黒尽くめのファッションと二刀流。このスタイルが来訪者にとってのトレンドらしい。彼ら来訪者は『ステータス画面』を開いて操作することで、亜空間に荷物を保管できると言うのに、見せびらかすように剣を背負っていた。

 そして彼らは、どいつもこいつも『キリト』を名乗る。自分の名前を捨てられるほど、キリトという響きは魅力的らしい。

 ガルシアが遭遇したキリトは、これで13人目である。


 しかしその『キリト』――便宜上キリト13と呼ぶことにした――は、様子がおかしかった。

 ガルシアがこれまで出会ったキリトは皆、気力と自信に満ち溢れていた。だがキリト13は、虚な目をして、酷くやつれている。頭髪もボサボサで伸び放題だ。

 何より奇妙なのは、動作の緩慢さだ。

 ドアを開けて店に入る、というだけの動作にずいぶん時間をかけている。まるで、速く動くことを恐れているように。

 キリト13がゆっくりと、酒盛り中のパーティの前を通過する。この店は客入りの割にテーブルが多く、通路が狭い。背負った両手剣がテーブルにぶつかって、端に乗っていたジョッキが落下し、割れた。

「おいてめえ、何しやがる!」

 一団パーティの中で最も屈強な男が怒鳴り、キリト13に掴みかかる。しかし、その手はキリトに届かなかった。


 逆に、吹き飛ばされたのである。

 先程までノロノロと動いていたキリト13が、突然機敏に動き始めた。いや、機敏という次元では無い。目にも留まらぬ速さで、店内を爆走している。

 月夜がボソリと言った。


「これが神秘チートの暴走か」

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