第43話 涼 29歳 春 旅行

 まかせとけって、こういうことか、と涼は思った。

 

 ロウはびしっとスーツを着て、サングラスをかけて監督の隣を歩いている。ロウの迫力におされて、周囲の人はひそひそ話をしているだけで誰も表立って声をかけてこない。この人、完全に面白がっているな、と涼は思った。監督の隣にいると、ロウの東洋人離れした容姿は西洋人にしか見えない。大柄なロウが、西洋人のようにジェスチャーを大きくするだけでみんな騙されてしまっているようだ。涼のことに気づいた人もいるが、誰も声はかけてこない。

 ロウは日本語を母語のように操るくせに、どこへいってもイタリア語と英語で押し通した。日本人は英語教育を受けているので、話している内容はある程度聞き取られてしまうから、イタリア語のほうがいいのだという。涼はイタリア語が全くわからない。監督とロウがイタリア語で話し始めると蚊帳の外だった。

 そうすると、ときには店員同士や隣のテーブルの人たちが、日本語でこの奇妙な三人づれについてウワサをしているのが聞こえてくる。監督のことを知っている人は、ロウのことをハリウッドスターじゃないかと疑っている。一度はロウのことを、ロシア人じゃないかとウワサしているのを聞いた。ロウの白髪がプラチナブロンドに見えるということだ。涼があやうく吹き出しそうになると、ロウにテーブルの下から蹴られた。ロウもしっかり聞いているじゃないか、と思うとおかしすぎて思わず肩が震えた。監督は日本語がまったくわからないので、真面目な顔でロウと話している。監督が笑いをこらえている涼を見て、

「リョウはどうかしたのか?」

 と不思議そうに英語で声をかけてきた。

「リョウは箸が転んでもおかしい年ごろだな」

 ロウは英語に切り替えて真面目な顔でそう答えた。

「それはどういう意味だ?」

「日本には箸でいろいろなものを回す大道芸があるんだよ。失敗しても笑いが取れる」

「なるほど」

 いや、違うだろう、と涼は思ったが、本当に間違えているのか、冗談なのかすら見当がつかないロウの言葉についに笑いが止まらなくなってしまった。


「人生って、ゲームと同じよ」

 伊那の言葉が蘇った。

「人生という旅をしながら、誰かに出会って友達になって、新しい知識と技術を学んで成長して、みんなで力をあわせて敵を倒して、問題をクリアして、たったひとつの幸福という宝物を探すのよ」

 ロウも監督も、人生というゲームを精一杯楽しんでいるように見える。苦しいことも悲しいこともたくさんあったはずだが、それでも諦めずに拗ねずにまっすぐに人生を生き、出会った人を大切にし、自分の役割に拘らず、常識に囚われず、いつもいろんな可能性に心が開いている。

 それが本当に、運を開く、ということなのかもしれない。


「運がいいということは、出会いがいいということよ」

 再び、伊那の言葉が蘇った。

 どうやって運を掴むのかばかり考えていた23歳の時、伊那とロウに出会ったことから、運命が変わり、そしてここまでやってきた。

 縁の糸。出会った人を大切にすること。いま、目の前にいる人に全力で愛を注ぐこと。人生は結局、そういう単純な繰り返しで出来上がっているのかもしれない。

 これまでに出会った人、いま目の前にいる人、そしてこれから出会う人。すべての出会いを大切にしていこう。

 涼は改めて、そう心に誓った。

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