第14話 涼 26歳 秋 特別な日

「人間のルーツって、いろいろな種類があるのよ」

伊那が話し始めた。

「普通、人がルーツっていうときは先祖のルーツでしょう。それは親からいただいた体のルーツのことなの。涼さんのいまの体と命を延々とつないできたDNAのルーツのことね。もちろん人はそこから影響を受けるわ。それから魂のルーツというものがある。これは前世って言われているものなのだけど、あ、そう」

 伊那は涼を見て微笑んだ。

「涼さんは大陸の人でしょう」

「え、わかりますか」

「わかります。島国である日本と、大陸の人とでは根本的に波動が違うのよね。日本の人の波動は繊細で早い。大陸の人の波動は大きくてゆったりしている。どっちがいいかということではないのだけど、私は大陸の人のおおらかな波動が好き。だけど大陸の人は波動が大きいがゆえに細かい波動を感じなくて、繊細さに欠けることもあるの。だから、どっちがいいか悪いか、ということではないのだけど」

 ロウが横から付け加えた。

「繊細な波動の人は、おおらかな波動に触れると自分を解放することができるし、大きな波動の人が繊細な波動に触れると、普段は忘れている細やかな自分の心の動きに気づくことができるんだ。そうやって互いを尊重しながらともに成長することもできるし、互いに相手を否定しながらぶつかりあうこともできる。世界が互いに開かれて、ふれあうこともできるようになった今、どちらの道をたどるのかはひとりひとりの選択だよ」

 涼は、ロウも大陸の人ではないのかな、と思いつつ、二人がそこに触れないので口にしなかった。

 そのわかり、涼は心の底で感じていたことを話し始めた。

「僕は、海外に挑戦したいと考えているんです」

 伊那の顔がぱっと輝いた。

「素敵ね!涼さんみたいな人は、若いうちに外国に行くべきだわ」

「まだまだ日本でやらなきゃいけないことがあるのはわかっています。せっかく日本で自分の位置ができて、ファンもできたのに行ってしまっていいのだろうか、と正直思います。だけど、行きたいと感じてしまうんです」

 頭では、ここでやるべきことがあると思っている。行ったからといって、日本と同じように成功できるとも限らない。自分のまわりには、今までお世話になった人たちがたくさんいる。でも行きたい、行ってみたい、という願いがふつふつと湧いてくるのを消すことができなかった。


 きっかけは東日本大震災だ。涼が生まれたのは九州で、東北に大切な誰かがいるわけではない。それでも、街が流れて消えていく光景は衝撃だった。自分の根本がゆすぶられ、なにかしたいという衝動にかられた。この人生の一瞬一瞬を、もっと大切にしなくてはいけない。限られた人生の中で、限界まで挑戦してみたい。いまのまま安穏としていてはいけない、そんな風に感じるようになった。そしていつのまにか、もっと遠くへ行きたいと感じるようになっていた。日本から出て、もっと外の世界を見てみたい、感じてみたいという憧れを消すことができなくなった。できるだけ早く、若いうちに。


「どこに行くの?」

 伊那が問うた。

「英語以外ではチャレンジできないので、アメリカかイギリスです。イギリスの舞台も素晴らしいと思いますが、アメリカのほうがチャレンジしやすいのかな、と考えています」

 ロウが次のお茶を継ぎながら言った。

「人は叶えられない夢は見ないのだ。空を飛びたい、月に降り立ってみたい・・・何千年、何万年と人類がずっと夢に描いて来たことが、すでに叶った世界に私たちは生きている。いまこの瞬間に、地球の裏側にいる人とともに歌うことすらできるのだ。ここがすでに地球としての理想郷なのだよ。地球は人々が望めば、互いに手を取って歩める位置までやってきた。君が遠くの土地の遠くの人と触れ合いたいと思うのは自然なことだ」

 伊那とロウに励まされると、涼が心に秘めてきた思いは解放されて歩き始めるような気がした。夢物語だった幻が形を持って、この世界で根を下ろしたような感じがした。

「チャレンジしようという気になってきました」

「そう、それがいい。チャレンジしない扉は決して開かない。それがこの世の法則だからね」

「じゃぁ、涼さんのチャレンジを祝して、乾杯!」

 伊那が小さな中国茶器のカップを掲げて笑った。ロウも伊那にならい、笑って茶器を掲げてみせた。

「ありがとうございます」

 三人の間に和やかな空気が漂った。涼は気持ちが高揚するのを感じていた。伊那は話を続けた。


「そう、ルーツの話をしていたのだわ。島国と大陸の話は、親や先祖からいただいたDNAのルーツのお話よ。それ以外に、魂のルーツというものがあるのよ。それはよく言われている前世のルーツのことなのだけど、ひとりひとり魂には個性があって、その個性に従った前世のルーツを持っているものなの。人生の旅路ではなくて、魂がたどってきた旅路のことね。涼さんの魂のルーツはそのケルトの吟遊詩人と繋がっている。ロウは違うルーツなの」

「僕が憧れた吟遊詩人の話ですから、繋がっていると言われてうれしいけれど、あまり実感はありません」

「涼さんがその吟遊詩人の生まれ変わりという意味ではないのよ。どういえばいいのかしら。日本には分霊っていう便利な言葉があるのだけど、その吟遊詩人のエッセンスを持っているって意味なの。といってもやっぱりよくわからないわよね」

 伊那はうーん、と考える顔をした。ロウが横から助け舟を出した。

「彼はその吟遊詩人と直線でつながっているわけではないからね。遠い星とつながっていると言われるようなものだよ。いくつか中継点を繋いであげればどうだい?」

「ああ、そうね」

「どういう意味ですか?」

「涼さんは、前世に興味ある?こんなにいろいろ話していて、すごく今更な質問ね」

「そりゃもちろんありますよ。ただ自分ではわからないです」

「私が読んでもいいかしら」

「伊那さん、読めるんですか?」

「実は得意なの」

 伊那はにっこり笑った。

「お願いします」

「はい、わかりました。これで魂のルーツの話はいったん終わりで、次は星のルーツのお話」

「なんか頭がくらくらしてきました」


 涼はそう言った。前世のことを考えたことはあるが、もちろん自分の前世はわからないし、前世が読める人に会ったこともない。前世がどういうシステムなのかもわかっていない。なのに、まだ次に星のルーツの話があるのだという。

「じゃぁ、星のルーツの話はまた今度にしましょう。涼さんの前世の話をするのは、そうね、明日になるかしら。ルーツの話はこれでおしまい。ところで涼さん、涼さんが三年前と同じ日に来たことはわかっている?」

「どういう意味ですか?」

「涼さんは三年前の11月22日にここに来たの。そして今日は11月22日よ」

「そうなんですか?僕がここに来た日程は覚えてなくて・・・ただ、秋の終わりだったな、と思っていました」

「11月22日は特別な日なの。星の光が強い日だと言ったでしょう?基本的にはお客さんを泊めない日なの。でも、その日に飛び込んで来る人は別。涼さんは、三年前の11月22日にここに飛び込んできた。今回は先に予約していたけれど、また11月22日に来るんだな、とおかしかったわ」

「僕は覚えていたわけではないです。どうして11月22日は特別なんですか?」

「11は人の世の限界の数字。22はこの地球の限界の数字。11月22日を超えるとき、人の世と地球を越えて、宇宙の扉が開く特別な日なのよ。つまり、11月22日の夜から23日にかけてが特別な夜になる」


 伊那が言うことはまたしてもよくわからなかった。人の世の限界とはなんだろう?ロウが横から口を出した。


「伊那が得意な数字の組み合わせの話だよ。君はそんなに数字が得意ではないようだね。つまり、こういうことだ。1月1日から12月31日まで、日付が変わるごとに、日付を通して地球は毎日違うエネルギーになる。日付という数字に意識を集中しないと気づかないことだがね。正月と大晦日が特別な日になるのも、この数字のエネルギーの一種だよ。もちろん、年という数字が変わることにも大きな意味がある。その中でも、今日、11月22日の夜は宇宙の扉が開きやすい日ということだ。だから三年前、君は宇宙の扉を開けて、自分の人生を変えてしまった。君は宇宙の扉を開けるべく来たんだよ。11月22日、その日に来たのだから」

「知りませんでした・・・」

 涼はそう言った。三年前、11月22日に来たということも覚えていない。今日が11月22日だということも意識していなかった。そもそも数字には強くないし、日付に注目したこともない。正月や大晦日が特別なことはわかる。お雛様や子供の日、クリスマス・・・だがそれはイベントのある日であって、数字自体に意味があるなどと考えたこともなかった。ロウが続けて言った。

「音楽の感性がひとそれぞれであるように、数字の感性もひとそれぞれなのだからわからなくても気にする必要はない。ただ、君にとって11月22日はこれからも特別な日になるだろう。それだけは意識しておいても良いのじゃないかな」

 ロウはそう言い、涼はうなずいた。去年の11月22日のことはもちろん覚えていない。なにをしていたのかな、と思ったがもちろん記憶にはない。では、来年の11月22日は?またここに来て、伊那とロウと語り合っていたりするのだろうか。それもいいな、と思った。毎年11月22日はエリクサで過ごすと決めてもいい。

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