第17話 原作通りの結末




醜い楽園だった。

けれど汚くて幸せだった。

シャオ様はいつも笑っていてくれて、どんな醜悪な自分も受け止めてくれた。


と、リリスは、ガロミラ卿は思っていた。


本当に会いたかった人に会えた気分なのだ。

彼が居るならこの先の不安も喜びも全て捨てて良かったのだ、人間らしさも要らなかった。

金も心臓も要らなかった。

しだれ柳の下でいつも笑っているようなこの男の朱色の袖を握りしめていたかった。

ここは大好きな家畜小屋だった。…


「………」


たおやかな地獄だった。

それはキュートな暴力だった。

シャオはいつも何を考えているか分からなくて、ウジの湧いた恋愛を連れてくるのだ。


と、エリーゼ嬢は思っていた。


会ってはいけない男だったのだ。

彼がいる限り与えられることでしか喜べない気がして、いつも老いた鹿の目をして飢餓感に苦しんだ。

心臓に鞭を打たれている気分だ。

黒い穴みたいなこの男の朱色の手に引き摺り込まれるのが怖かった。

ここはお化け屋敷みたいな安寧だった。…




「──小癪なパラレリズム崩れみたいな心理描写だな、好みじゃない」


左側だけ三つ編みを解いたジェットが、「羅生門」という銘柄の煙草を吸っていた。

それは寒い国の甘い煙草だ。

彼はエリーゼ嬢と共にいるシャオの屋敷の薔薇園のど真ん中、青いソファを置いて殺人事件が記載された新聞を読んでいた。

先程まで居なかったのに。

薔薇園を散歩していたマリンちゃんはビク!として彼を見た。


「な、何してるんですかぁ。お屋敷はシャオ様以外禁煙ですぅ!」

「芥川龍之介の骨に火ィ付けて吸ってんだ、ブルーベリー」

「適当なことばっかり言う…」

「愛してるよ」

「も、もっと適当なこと言わないでくださいぃ!」


ジェットは1人だった。

彼はシャオさんの居る部屋の方向を見て、オペラグラスを構える。

カーテンは締め切られていた。

しかし窓は空いていて、風で時折カーテンが揺れる。



エリーゼはすでにシャオさんを骨まで愛していた。

最初は怖かったけれど少しずつ信頼して、彼の愛を「はいはい」と言いつつも受け入れられるようになっていった。

その頃には既に彼なしではいられなかったのだ。

彼女は足繁く通う彼に絆されていった。

彼は揶揄いつつも詩的な恋をくれて、いつも彼女の自尊心を満たしていくのだ。たまに悪戯心で突き放されるのだが、その度に自我が壊れるくらい寂しくなって恐ろしくなった。

とっくにエリーゼ嬢はこの優しい鬼に夢中で、棒きれのようになって彼のことばかり考えていたのである。


「ユカちゃん、オレのこと捨てないでね」


シャオさんは彼女にくっ付いて抱き付き、寂しそうに言った。エリーゼ嬢はドレスの裾を握り締め、「ま。またそれ?」と顔を赤くして返す。


「もう、捨てないって言ってるでしょ…」

「…だって、どこか行っちゃう気がする。他の男のところ行かないで」

「行かないって」

「ほんと?なんで。オレのことすきだから?」

「う」

「オレのこと好きって言って」


シャオさんはソファに座った彼女にビタ!と抱きついていたが、やがて彼女の膝の上に向かい合うように座った。

そうしてソファの背もたれに両手をつき、彼女を体の中に閉じ込めて眉を下げるのだ。

エリーゼ嬢は限界まで顔を熱くして、目を泳がせてから。


「す。好きよ」


と、素っ気なくも本心から言った。

顔を真っ赤にして恥ずかしそうに。

他の男の元に行くわけもない。

だって自分はリリス嬢にこれ以上手を出されないから。

あの女はシャオのあの一撃で全ての信頼を失ったのだ。よってリリス嬢に嫌がらせをされ続け、ガロミラ卿の力によって追放される可能性は消えた。

すでに追放や処刑を回避するために画策しなくて済むようになったのだ。

それにシャオがいるから、他の攻略キャラとも会っていない。もう頑張る必要もないのだ。

彼を愛しているし。


「好き。これでいいんでしょ」


そう言ってフッと顔を逸らした。

するとシャオさんはニコ…と笑って…。


「ウン」

「、」


彼女の下唇をつまんで、少し引っ張った。


「それでいいんだよ」


ペストみたいな笑顔だった。

いつもと同じ笑顔なのに、ふわふわお花も飛んでいない。小さな汗も飛んでいない。

彼女はビク、としてシャオさんを見上げた。

下唇から指は離されて、耳の下辺りをカリカリ引っかかれる。「ひ、」と声が出て、体が固まった。


「ユカちゃん、オレのこと好き?」

「…さ。さっきも言ったじゃない…」

「確認したいんだぁ。言ってよ」

「す。好きよ、」

「そっか。どのくらい?」

「ど、どのくらいって、」

「オレとずっと一緒にいたい?オレの言うことならなんでも聞くくらい?」

「…………」

「黙るんだ」


シャオさんは彼女の、大きなピアスのついた耳にガジ!と噛み付いた。そして目を細め、噛み付いたまま動かない。


「ひっ、」

「はやくして」

「…っ、………」

「焦らさないで〜」

「……、いっ。一緒に、いたいくらい、」

「ずっと?」

「ず。ずっと…」

「!そっか」


シャオさんはパッと笑顔になって、ニコニコふわふわして離れた。彼女はホッとして俯く。

赦されたのだと思ったのだ。

シャオさんはいつも通りちまいお花を飛ばして、「良かったぁ」と微笑むのである。


「じゃあ、もう良いや」


彼は笑った。

彼女の膝から降り、嬉しそうに伸びをして。

なんだかまるで全てから興味を失ってしまったみたいに。


「…?」

「2週間半かぁ。結構かかっちゃったな」

「…何が?」

「え?知らなくて良いよ。あなたに何かしてもらうつもりはないし…」

「…何?なんの話?」


エリーゼ嬢は銀河の瞳を煌めかせ、突然態度が変わった彼の顔を探るように見た。

しかしシャオさんはスマホをもたもたのんびり操作していて、こちらを見もしないのである。


「ねぇ、シャオ」

「あ、うん。ちょっと待ってね。…よし。なあに?」

「何じゃなくて…な、なんなの?なんか変よ」

「なにが?」

「いつもと違うわ」

「いつも?…いつものオレ知らないでしょ」


シャオさんはふわふわお花を飛ばしながら、困った顔で隣に座った。

白いツノからシャロンと宝石が揺れる音がして、彼女は混乱するのである。


「…な。なんなの。教えて。どうしたの?」

「知りたいの?」

「…知…?そりゃ、」

「そっかぁ。あんまりお勧めしないけどなぁ」


シャオさんは眠たそうに紅茶を飲んで、ふう、と柔らかい息を吐いた。


「うんと、要約すると…オレはあなたのこと好きじゃないし、仕事のために近づいただけなんだ。本当の目当てはガロミラ卿とリリスちゃんと…ハスターとヴィラック公爵と、エスラルダ様なんだ。あなたは原作の流れを知ってるしそれなりに影響力のある身分だから押さえ付ける必要があったんだよ。邪魔だったんだ」

「………?」

「オレのことで頭いっぱいになってくれたら何もしないでしょ?画策もしないかなと思って…それで会いに来てた。貴女にできることは限られてるとは思うけど、一応ね」


彼はガチッと彼女の前で一度も吸ったことない煙草に火をつけ、金色のキラキラした煙を吐いた。鬱陶しそうに首元を緩め、邪魔なブローチを外す。

ボタンを外して、リラックスした感じで足をテーブルにドン、ドン、と上げた。やっと楽な体勢を取れて体から力が抜け、首をゴキッと鳴らすのだ。

彼はどこも見ていない。

遠くを見ていた。

古くて退屈な映画を観ているみたいな、それだけの顔だった。


「大変なことだった…。短い時間でその人の好きなものとか言って欲しいこととか見抜かなきゃいけないから、早押しクイズやってるみたいで」


と、彼はちまい汗を飛ばして彼女にニコ、と顔を向けた。

その顔は普段の顔であるし、喋り方も変わらない。

けれどマネキンだと思っていた物が突然動き出したみたいに、凄く怖かった。

信用していた人間が豹変する姿は本当に怖いのだ。

安全だと思っていた檻が壊れて、目の前に虎がやって来たみたいだ。

ジワーッと汗が噴き出した。

けれど、彼が何を言っているのかまだよくわからなかった。


「だ」

「?うん」

「…え。あ。だ。騙し?…騙してたの?」

「うん。大変だった。あ、いや、あなたは簡単だったけどね、ハスターが結構大変で…ほら、彼情報屋だから詮索されてさ」

「…シャオ」

「うん」

「わ。私のこと、す。好きじゃ、なかっ…。た?」

「?…ウン。愛想がなくていつも突き放すようなことを言う人のことどうやって好きになるの?」

「ひゅ、」

「そりゃ、キッカケはどうあれ…もしあなたが素敵な人だったらオレも好きになったかもしれないけど。ずっとそっけなくされて、贈り物も突き返されて、好きって言ってもハイハイって流されたら、好きになりようがないよ。嫌われたくてやってるのかと思った」

「だ。…だっ、…でも、」


エリーゼ嬢は心臓がバクバクした。

脳の一番痛いところにヌルッと冷たい指を刺し込まれたみたいだった。

今彼女を支配しているのは恐怖だ。

傷付く恐怖、信じていたものが壊れる恐怖。

もう彼に抱きしめてもらえないかもしれない恐怖。…

けれど彼女はまだ当然信じられない。もしかしたら彼はそう誰かに言わされているのかもしれないと思うほどだった。


「しゃ。シャオ。だ、誰かに脅されてるの?」

「へ?」

「誰かに、そう言えって、言われたの…?」

「えと…違うよ…?」


彼はしかし、キョトン…!として言った。


「驚いた。自分に魅力があると思ってるんだね」


シャオさんはびっくりした顔をして彼女を見つめた。彼女の右目からツッと反射的な涙が落ちた。

まだ脳は何も理解できていないのに。これはきっと発作的な涙だった。


「ユカちゃん。顔が可愛くっても、性格が伴ってないと人に好きになってもらえないんだよ。綺麗な女優さんでも不倫報道が流れると世間から凄く嫌われるでしょ。アレと同じで、綺麗な人って最初に良い印象が付くから、減点方式で人に見られるんだよ。つまり割と不利だったりするから、容姿は全部を帳消しにしてくれる魔法じゃない」

「………」

「綺麗な人は綺麗になるために色々犠牲にして傷付いてるからモテるんだよ。細かいことに気付くし何かを克服してる場合が多いから、優しい人が多いしね。自分の容姿とオレの好意に胡座をかいて嫌な態度を取る人のことは、好きになれないなぁ…」


金色の煙を唇から流しながら、まつ毛を下に向けて言った。彼は窓から差し込む光に照らされてキラキラ光る埃を眺めていた。


「ユカちゃんオレね、わざと今傷付ける言葉を選んで喋ってるんだけど。もしオレが毎回物凄く勇気出して好きって言ってたらさ、素っ気なくされて毎回凄く傷付いたと思うんだよね。これでわかったと思うから、もう止めなね。自己保身のために好きな人に冷たくしちゃいけないんだよ」


シャオさんはフッと煙を吐いて煙草を水魔法で消した。

といっても煙草がフィルターから先端まで、ジワーッと濡れて湿って消えるだけの地味な魔法だった。

注意して見ていないと気付かないような魔法だ。


「冷たくされるのって、哀しいからね…」


そう言って切なく笑うのだ。

エリーゼ嬢は何の表情も浮かべておらず、ただ唇を少しだけ震わせていた。一点を見つめて少しも動かない。

鞭を打たれ続けたあとみたいに放心していて、自分の心を突き放している。


「…あっはは!」

「ヒッ、」

「嘘だよ、全部嘘。勉強になった?」


シャオさんは仰け反っていきなり笑った。

彼女はビク!として、人殺しを見るみたいな目で恐々見る。彼は天国の入り口みたいに微笑んでいた。


「ユカちゃん、大好き。ね。分かったでしょ。オレのこと好きなら好きって言って。もう素っ気なくしないでね。愛してるよ。可愛い好き大好き、ずっと一緒にいよう」

「ひ、あ、」

「…だいすき♡」


シャオさんはギュ。と彼女を抱きしめ、耳元で優しく呟いた。そして彼女の細い首を触って耳飾りに触れるのだ。

彼女はこれで爆発的に心拍が上がって、指先が震える。息が乱れて、耳鳴りがした。


「…怖い?」

「…は、…はぁ、っはぁ、」

「痛い?」

「はぁ、はぁ、」

「大丈夫、成長痛だよ。いじめてごめんね、よくなかったね。ちゃんと愛してるよ」

「は、はぁ、はぁ」

「泣かないで。燃えるから」

「ぁ。う、うう、ウ」

「あはははは」

「ううう、う、ずびっ、う。ウウウウ」

「あはあはあは」


もはや訳も分からなかった。

本当にお化け屋敷に取り残されたみたいだ。

彼の言葉はどちらが本性なのかも分からない。

信じたいけど信じられない、ずっとこうだ。もう立っていられないくらい疲れているのに、後ろも前も崖だった。

彼の蹴っ飛ばすような笑い声が耳元で響いている。

何度も夢に出そうなシーンだった。

人生で一番怖い日だった…。


「ふふ。…」


シャオさんは笑いの余韻を引きずって、いつまでも肩を震わせていたが。

やがて窓外を見て…。

無表情になって、最後に一つ口角も上げずに鼻で笑った。


「愛してるから、反省して」


と。

別に彼はこの女を最早いつ捨てても良かった。

もう目的は完遂したから。

気まぐれで嬲っただけだ。こういう人間は窮地に立たされても面白い反応ひとつ見せないことを知っていながら。



「…嫌われる勇気もないのに、どうして悪役令嬢なんかやってるんだか」




◽️




「エリーゼ・ヴァレンロッドの元に行っているらしいな」

「、……」


マしかし、その後。

いつものようにガロミラ卿の元に行けば、彼は剣呑な目をしてシャオさんに詰め寄った。

本日ガロミラ卿は長い金髪を下ろしていて、林檎の木の下で木漏れ日を浴びながらシャオさんの右腕を掴んでいる。

金色のまつ毛に縁取られた目はツヤツヤ光って、怒りを滲ませていた。


ガロミラ卿はシャオさんを信じていた。

それなのにコソコソと別の女の元に通っていたのだ。

神に背いてまで同性のシャオさんを愛しているというのに、彼は元婚約者の悪女に入れ上げていた。

周辺を調べ上げたガロミラ卿はこれが許せず、彼を問い詰めているのだ。

シャオさんは木々が揺れる潮騒のような音を聞きながら、緑の光を体に浴びて目を優しく細めた。

マズイなぁ、どうしてバレたんだろうと思いつつ。

慎重にバレないようマリンちゃんに協力して貰っていたのに。


「………」


シャオさんはゆるく微笑んだ。

それはとても甘くて冷たい、ガロミラ卿が大好きな微笑である。


「調べたの?」

「答えろ」


ガロミラ卿の瞳は揺れていた。

またしても裏切られるのかと恐ろしいのだろう。

リリスも失い、彼まで失えば自分は…と。

シャオさんは目を下に向けた。それから右を見て、右上を目だけで見る。その仕草はイライラするくらい悠長で、彼をどうやって捨てるか考えているかのようにも見えた。


「…じゃあ、どうしよう?会うのはもうよそうかな」

「は」

「だってあなたは何を言っても信じないだろ。バレてしまったのだし、良い機会かもしれない」

「ッそういう話をしているんじゃない。エリーゼ嬢と何をしていたか聞いているんだ」

「何って、抱いた」

「、」

「婚約破棄されて行き場もない女だから少し慰めれば簡単だったよ。誰もあんな女を貰わないだろ。だから楽そうだし、オレが貰おうかなって…。アレは家名も見目も申し分ない、買いだよ」

「…、……シャオ、」

「オレがあなたに近づいたのは面倒臭そうだったから。だってあんなに沢山人がいるところで婚約破棄の話をする人だよ。押さえ付けておかないと色々とうまくいかないかなって。…あなたも簡単だったね。一度キスしただけで神に背いた」

「シャ、」

「気付いても言わなければ良かったのに。あなたが関係を壊したんだよ。終わらせたのは、あなただよ」

「シャオ・カルトヴェノム!」


シャオさんの肩を掴んだガロミラ卿は息が乱れていた。

青ざめていて、心拍数が際限なく上がっていた。

首には血管が浮いている。怒りと絶望を感じる瞳だった。

シャオさんはそれを見届けてから、一拍黙って。

それから俯いて、「アハハ!」と彼の耳元で笑った。


「そうだよね。オレのことなんて信じてない。悪いことを言えばそっちを信じる。どうせ騙されてるんだと思ってるから…」

「ぁ、…な、」

「ねぇ、オレのこと信じてる?」

「…………」

「…あなたがもしかしたらエリーゼ嬢をまだ愛しているかもしれないと思って、彼女をあなたから遠ざける為にオレが動いてたって言ったら、信じる?」

「!、」


シャオさんは彼の背中、ジャケツの裾をグッと強く掴んだ。耳元で優しく話した。囁くわけではなく、染み込ませるようにしっかりとした発音で。

ガロミラ卿の息は荒いままだった。しかし言葉を聞き漏らさないよう黙って神経を集中させている。


「麗しのエリーゼ嬢だよ。美しい花の人だ。悪女と言われていたけどあなたは彼女と婚約をしていたし、情があるのかもしれない。対してオレは男だし、いつ捨てられたっておかしくない…」

「……、…」

「…エリーゼさまが切り捨てられたんだ。オレだって…いつとも知れない…」

「………」

「こわくて、仕方ないんだよ」


シャオさんは話しながら、言葉の末尾を震わせた。

けれど一度ため息をつくことで冷静さを保とうとし、ゆるく…彼の背中から手を離す。


「…そんなことを言ったって信じてくれないだろ。…あなたは知らないだろ。眠る間際、オレは毎晩百遍もあなたの名前を呼んでるんだよ。あなたにお会いした日の晩は幸いだけど、いつも恐ろしくて泣きそうになるんだよ…」

「…シャオ、すまない」

「謝るなよ!」

「っ、」

「もう終わりだ、全部」


シャオさんは彼を突き飛ばした。

シャオさんの顔は興奮で真っ赤だった。目は涙で埋め尽くされていた。

ガロミラ卿はその顔に胸を打たれ、喉に力がこもった。

彼の本心にやっと触れられた気がしたのだ。

すると同時に恐ろしいほどの罪悪感がせぐり上げてきて、彼を疑った自分の醜さを呪った。


「…オレだってあなたのことを信じてなかった。エリーゼ嬢を本当は愛してるのかもしれないと思って…オレだって、」

「シャオ、聞いてくれ」

「嫌だ。もうたくさんだ…」

「シャオ。なあシャオ、私はキミだけに恋をしてる。キミがいればなにだってどうでもいい。私も同じように恐ろしかったのだ、美しいキミがどこかに行ってしまうのが」

「…………」

「疑ってすまなかった。どうか愚かな私に情けをくれ。キミが信じてくれるなら私はなにだってする。どんな残酷なことでもしてみせるよ。私にはキミばかりなんだ」

「……ほんとうに」

「本当だ。私にキミを愛する資格をくれ。…キミも恐ろしかったというのに、私はまるで理解していなかった。なにでも言ってくれ、やり方を教えてくれ…」


ガロミラ卿はシャオさんの震える右手を優しく取った。

そして彼の手の甲に頬を当て、美しいかんばせを切なげに揺らめかせるのであった。

シャオさんは彼の瞳をじっと見てから同じように切なく瞳を揺らしてから、涙を拭いもせず…。

痛々しい涙の跡をそのままに、下まつげを雫で束にして。

途端に石のような無表情になった。

そして彼の頬を手で覆い、唇を動かさずに呟いた。


「…なら。あの女を殺してください」

「え」

「私のためと仰るなら、どうか出来うる限り残酷な結末をお与えください。私は誰かの血でしか、人を信じることができないのです」


しっとりとした恐ろしい輝夜姫の声だった。

感情を持たない声は低く、心臓を舐められているようだった。

彼は絶対に目を逸らさない。それはガロミラ卿の返答次第…第一声次第では、最早切り捨てようと言わんばかりであった。


麗らかな午後である。

風は柔らかく、木々のさざめきが心地良い。

殺人の計画を恋人と話すにはピッタリの日だった。


「………」


ガロミラ卿は彼のあまりの美しさから目が離せなかった。

奥二重の切長の目と、見事なほの白い肌は神秘的な光を放っていた。

冷たい黒髪が目にかかっていて、その隙のない哀しいまでの美貌は神獣のようである。

一瞬、彼と友人のように笑い興じていた日々を思い出せなくなった。今突然目の前に神が降り立ったかのようで、鳥肌が立つのだ。

シャオ・カルトヴェノム伯は立っているだけで人を当惑させる。惑わせる、壊すことができる。

そういう男なのである。

恐怖と喜びに支配されたガロミラ卿はハク、と口を動かしてから…。

金の髪を風に揺らし、焦りに頷いた。

早く彼の気に入る言葉を言って見せたかった。


「わ。…分かった。愛しいキミの為なら、あの娘を始末しよう」

「………」

「嘘は言わない。私はキミが言うなら火を付けられても笑っていられる。…殺してしまおう。いわれのない罪を着せて、キミの目の前で首を落としてしまおう」

「………」

「必ずやり遂げる。私は大事な一切を投げ捨てる覚悟だ」

「………」

「…これで、いいだろうか。信じて貰えるだろうか…」


ガロミラ卿は言い切った。

そして彼をジッと見つめ、気に入って貰えただろうかという不安げな目をしてみせる。

シャオさんはそれを聞いて、少し黙ってから。

やっといつもみたいに、ふわふわ優しく笑った。


「それでいいんだよ」


と。

焼印を押すように言った。

かくしてエリーゼ嬢は原作通り、真夏に処刑されることになったのである。

……悪役令嬢の世界というのは、本当は凄まじくも邪悪な正ヒロインが妃となり、恐ろしい権力を持ってして平和を挫く恐れがある。

その可能性を防ぐべく悪役令嬢へ地球人を転生させて正ヒロインを阻止させるのが目的だ。

つまりエリーゼは正ヒロイン/リリスの企みを阻止し、彼女を取り巻く男たち全てを籠絡させるのが役目なのである。

この世界での悪役令嬢とは勇者と同じように国家を救う役目を与えられているのだ。


故にエリーゼ嬢はシャオさんにとって邪魔な存在である。

彼の目的はリリスを手に入れ、他の攻略キャラクターもろとも誘拐して働かせることを目的としていた。

よって余計なことに気付かれたり何かされては困るので、そろそろ殺しておく必要がある。

原作通り死罪にすれば良いのだ。


「信じるよ」


シャオさんはそう言って、ガロミラ卿のを引き寄せてこめかみにキスをした。

彼の瞳が喜びでドロッと解けるのを見逃さず、優しく微笑んだ。

ガロミラ卿は桃の香りに心を溶かして目を閉じる。


「愛してる」


リリスお嬢様にベッドで囁いた声と全く同じだった。

ガロミラ卿はそれを知らずにとろりとした桃の香りを吸い込んだ。

彼の冷たいツノに触りたかった。


彼らにとってシャオ・カルトはガラスの靴だった。

隣に座って共に同じ方向を向いて黙っているだけで勝手に涙が出るほど、綺麗で優しい人だった。

魔性の男だったのだ。…





◽️




【週刊ヴィーナス オンラインニュース】



「いつもと同じ朝だった」……消えた6名の男女、開拓地に送られた数々の転生者との関連性ありか。


50××年7月3日、女神/アルダ・プラク担当星、ユルク星の重要人物である計5名が行方不明となった。

それは転生者/エリーゼ・ヴァレンロッドが処刑された3日後のことである。


《画像あり 5枚》


▲▲▲


不可解な連続誘拐事件。

担当女神アルダから通報を受けた監査員は信じ難い報告を耳にした。今までも行方不明者は多数存在したが、重要人物が惑星から忽然と姿を消したのは初である。

惑星を移動する宇宙人による犯罪は史上初であり、捜査は難航。捜査員は勇者連続殺人事件との関連性があると見て調査を続けている。


》次のページ「処刑されたエリーゼ・ヴァレンロッドの元に届いていた不審な手紙」




◽️




スキル

《ハニー・トラップ》《神隠し》を手に入れました。

ホワイトリストから除名、サイコリストに登録されました。








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