第12話 異世界荒らし



「質問なんですが」

「は?」

「お前らって何で普通に従ってんの?」


チャッキーはソファに深く座ってザラザラ金平糖をこぼしながら食べるハンマー/ジェットへ聞いてみた。


勧誘証と川田さんによってほぼ強制的に入れられたこの2人。普通Sクラスの悪魔など制御できるものではないし、パーティに入ったとて暴れ馬になると決まっている。

それなのに2人はできないながらも言われたことはやろうとするし、大人しく神父のカソックを着てそれらしく振る舞おうともしていた。

逃げる気配も反抗する気配も裏切る気配もなければ、最初からここに居たみたいな馴染みっぷりだ。

チャッキーはさすがに理由がわからなくて本人達に聞いてみることにしたのだ。


「パーティから出たくなんねぇの?なんでコモンに従ってんの」


と。

すると2人は勝気な眉をキュ、と上げてから。


「なんでって」

「魔界のメシは不味い」

「調理って概念がないんだ」

「大体は肉を焼くだけ」

「酒は極上だが良いのはそれだけ」

「ここはメシが美味い」

「ミートパスタを食った時頭がカチ飛ぶかと思った」

「鈴カステラも出てくる」

「出て行く理由がない」

「コーヒーも美味いしな」


こう一つ一つ、ここの良いところを上げていったのであった。


「い、胃袋を掴まれたってこと…!?」


驚きである。

もっと深い理由があるのか、もしくはコモンくんのカリスマ性に惹かれたのかと思えばそうではなかった。

ハンマーとジェットはシンプルに胃袋を掴まれていたのである。

なんせ魔界の食生活は本当に最低限という感じで、治安も悪ければ全てが雑で不衛生だ。

掃除という概念もほとんどない。

これにより生活は最底辺に近いのだ。


だからハンマーとジェットは驚いた。

フカフカであったかくて、清潔なベッドで眠れること。

起きればあったかいご飯が用意されていて、部屋はいつでも掃除が行き届いていることに。

ピカピカで、いつでもあったかいお湯が出てくるシャワーにも驚いたし、お湯に肩まで浸かるというのも初めてだった。

それに怒鳴り声と銃声と悲鳴と女の喘ぎ声が常に聞こえているのが当たり前だったのに、ここで聞こえるのは笑い声と話し声だけ。それか誰かが鼻歌を歌っている声くらい。

穏やかで、暖かくて、綺麗で優しい。

Sクラスの悪魔とは確かに偉いが迫害の対象でも当然ある。敵は無数にいて、人々は2人の顔を見ただけで攻撃体勢に入るのが当たり前。

だがここの住民はもう仲間だからということでハンマーとジェットを友達みたいに扱い、普通に話しかけてきたり普通に命令したりする。

それに何だかビックリして、居心地の良さを感じて、結果的にここにぼんやりと座っているのだ。


「奴隷少女みたいな懐柔のされ方じゃねぇか…!」


チャッキーはそれを聞いて、寧ろこっちが驚いた。

普通そういうのは奴隷の扱いを受けていた美少女が主人公に助けられて暖かい環境というものを知って驚い、懐くというのがセオリー。

それなのにまさかSクラスの魔族にも適用されようとは。

驚きである。


「オレらは大体聖水呑んでキメてから女攫って一日中犯して副作用来る前に薬で強制的に寝る生活繰り返してたからな」

「メシは死にそうになった時以外食わない。不味いし汚ねえし臭いしな」

「菓子は魔界から出て取ってくる」

「でもナマモノはもたねえから持って来れねえんだよ」

「昔のことは大体酔っ払ってて覚えてねえ」

「仕事は同じことの繰り返し」

「ストレスが溜まって仕方ない」

「天界は気取り屋ばっかりで気に食わねえし」

「だから女神がいなくなりゃロストワールドにする」

「暇なんだ」

「やることもねぇな」

「でもここはやることがあるだろ」

「しかも勇者になった。出世したと思わねえか?」

「メシはうまい」

「風呂も好きになった」

「コップの中の水に虫が浮いてない」

「部屋は清潔」

「シーツは洗い立て」

「夜は静かで薬なしでも寝れる」

「ここのやつらはいい匂いがする」

「死体の匂いがしない」

「世間知らずのお姫様の匂いだ」

「皮膚からバカの匂いがするよ」

「楽で良い」

「結構好きだ」

「この豚小屋が気に入ったんだ、サドボギー」

「おお…さいですか…」


チャッキーは意外だなぁと思う。

喜び方は可愛くないし、美少女奴隷みたいな謙虚さや健気さは一切ないが、マァ新しい生活環境が嬉しいらしい。

だからコイツらは割と朝早く起きてくるのか、と思った。

朝ごはんが食べたくて起きていたらしい。


「、…」


すると。

昼食を途中まで作り終えたシャオさんが、麻婆豆腐を小さな皿に入れて無言でここまでやって来た。

そしてそれをレンゲですくい、ハンマーの口の前に黙って持ってくる。


「…?」


ハンマーは目を顰め、よく分からないまま麻婆豆腐の匂いを嗅いでから口を開けた。すると口にレンゲが差し込まれ、食べる。

ジェットも同じように無言で食べさせられ、2人とも顔を顰めて食べてから。


「!ンま」

「んまい」


ビックリした顔をした。

シャオさんは自分もそれを食べながらスタスタ換気扇の下に戻り、タバコに火をつける。

特に意味もなく食べさせたのだろう。

無理やり理由をつけるなら、多分味見をさせたのだ。

それは教室内のやり取りによく似ていて、自分が食べ飽きたものや美味しかったものを無言で友達に勝手に食べさせて勝手に何処か行く…あの雑なコミュニケーションを想起させた。

ハンマーとジェットは初めて食べた麻婆豆腐に感動したらしく、「早くできねえかな」という顔でジ…とキッチンを眺め始める。

手伝うという概念はないので動かないが。

 

「お前らみたいなもんが愛玩キャラの枠埋めんな…!」


チャッキーは「世も末」という顔をして、せめてもの抵抗で言った。

お前らみたいなもんが美少女奴隷枠を埋めるなと。


「あとオレら軟水じゃないと腹壊すからな」

「ここの水は軟水だから合う」

「お前らみたいなもんがなんでそんなデリケートなんですか…!?」

「シーツはタオル地がいい」

「コーヒーは人肌がいい」

「バカじゃねーの甘ったれやがって…」

「女は乳がデカい方がいいな」

「引っ叩き甲斐があるから」

「なぁ行き遅れのロリポップ」

「かわいいブルーキャット!」

「きゃっ!」


2人は突然発作的に笑った。

そしてオドロアンと一緒に洗濯物を干していたマリンちゃんを、自分達の元へ魔法で引き寄せ、腰を抱く。

マリンちゃんは背中をそって、ワルツのホールドみたいな体勢になってしまってから、…ムキャ!と怒りで顔を赤くしてジェットの胸板をキスを嫌がる猫ちゃんと同じように両腕で押した。


「いや"ーーッッ」

「なんだよティファニーブルー」

「嫌なのか?ヘビイチゴ」

「温室育ちのハニーパイ」

「元ハーレム小屋のブルーベリー」

「こんなに愛してるのに」

「キスした仲だろ?キューティハート」


ハンマーはジェットの胸を押すマリンちゃんの髪を勝手に三つ編みにしながら喋り、ジェットはマリンちゃんの口に無理矢理マシュマロを突っ込みながら「オレ達ってもう好き合ってる」とケラケラ悪魔みたいに笑った。


「き。キスなんて無理やりだったじゃないですかぁ!そ、それに。ファーストキスだったんですぅ!」

「へぇ。その歳まで後生大事に持ってたのか」

「賞味期限が切れてなくて良かったなカプチーノ」

「謝ってくださいぃ!」

「なんで謝るんだ?」

「嫌だったのか?」

「あ、悪魔にされるなんて嫌に決まってます!チャッキー様もなんとか言ってください、」

「ウーン。確かに女の子に無理矢理キスするのは良くないかもネ。マァオレは無理矢理爪とか剥がすので何とも言えませんが…」

「シャオ様ぁ!」

「うん、謝った方がいいと思うなぁ。ビックリしたと思うし、傷付くよ。どんな状況であれ良くないと思う」

「ほら、ほらね、」


マリンちゃんは一生懸命シャオさんを指差して嬉しそうに言った。同意してくれる人がいて嬉しかったのだ。

するとハンマーとジェットは首を傾げ…

空爆みたいな発言を容赦なく彼女の脳天に落としたのだった。


「でもお前、悪魔に無理矢理抱かれるエロ小説大量にベッドの下に隠してるじゃねぇか」

「タイトルはなんだった?」

「ああそうそう、〝双子の暴君悪魔に溺愛されて困ってます…〟だったか?」

「〝悪女に生まれ変わったので悪魔と結婚します〟ってのもあったな」

「〝落ちぶれ皇女は悪魔に溺愛される〟とかいうのも」

「双子の悪魔ばっかだった」

「髪はピンクか三つ編み」

「おあつらえ向きにSクラス」

「双子の悪魔を拾って育てるやつもあった」

「主人公の女は大抵不幸な皇女かモブキャラのメイド」

「でも人生大逆転!悪魔に愛されて社交界の視線を独り占め!」

「綺麗なドレス、自分だけには優しい残酷な悪魔」

「そんなつもりはないのに悪魔は常にベタ惚れ」

「嗚呼アタシの穏やかな日々を返して、悪魔なんて嫌いなのに」

「どうしてこんなに愛されるのかしら」

「ある日突然お姫様になっちゃって」

「死ぬのを回避しようとして悪女を演じて」

「なのに悪魔に愛されちゃって」

「アタシってほんと罪な女!」

「ゲラゲラゲラゲラ」

「ギャッハッハッハッ!」


「〜〜〜〜ッ!」


ハンマーは彼女の頭を片手で鷲掴み、ジェットは彼女の顎を鷲掴んでゲラゲラ笑った。


……そうなのである。

マリンちゃんはあの日あの時ハンマーにキスをされたのが忘れられなかった。怒りで頭が真っ赤になって当然抵抗したが、夜に様々なことを考えて眠れなくなってしまったのである。

まさか仲間に入るなんて思わなかったし、明日からどんな顔をして良いのか分からなかった。

そんな風にプリプリ怒ったり悩んだりしていたのだが。

彼女は趣味で読んでいたロマンス小説にて、悪魔に身も心も乱暴に愛される作品をある日発見。


それを読んでからというもの…なんだかだんだんハンマーとジェットに対する感情が怒りと恋に近いものになっていき…最終的にはそんなロマンス小説にどハマりして、主人公に自分を重ねていくようになった。

ある日突然お姫様になって、彼らに愛されてしまう甘い日々を想像しながら胸をときめかせたのである。

というわけでドキドキふうふう言いながら読んでいた、彼女の密かな趣味。

絶対に誰にもバレたくなかったのに、あっけなく殺された乙女心。

ハンマーとジェットはなんの遠慮も品もなく、かわゆい包装に爪を立てて破き去ってしまったのだ。


「読んでてどうだった?マーメイド」

「キュートな処女膜が疼いたか?」

「ピンクの心臓から排卵したか?」

「他人のインスタント妄想でイけたのか?」

「脳みそにキッツい電気流してやろうか」

「2人がかりで子宮をリンチされたかったんだろ」

「言えばいくらでもやってやったのに」

「遠慮すんなよ身の程知らず」

「オレ達ってもう仲間だよジュリエット」

「何でも言ってくれよ可愛いラブソング」

「可愛がってやるのに」

「虐待してやるのに」

「バカにしてやるのに」

「甘やかしてやるのに」

「「何嫌がってんだよバカ女!」」

「うわぁ"〜〜ん…!!」

「そりゃ泣くて…😅🤚💦」


最悪の始末であった。

邪悪なセクハラとプライバシーの侵害、最低の罵倒と脅し、人権侵害ばりの辱めにマリンちゃんは当然泣いてしまった。

誰にも知られたくなかったことを暴かれただけでなくこの仕打ち、誰だって泣いてしまうことだろう。


「……え?」


しかしハンマーとジェットは彼女が泣いてしまったことによって、キョトン…!としてマバタキを繰り返している。

何故泣いてしまったのかまるで理解できていないのだ。

凄まじいことに、この男達は良かれと思って言ったのである。

人間の心というものを本気で理解できていないため、喜ばれると本気で思って言ったことだ。

かわゆいもちたぷを可愛がったつもりだったのに泣かれてしまった。何が原因なのかも分かっていない。

なので彼らは不思議そうにマリンちゃんを見て、彼女のちまい鼻を優しくつまんだりほっぺを触ったりして、「…?どうした」「なんで泣くんだ?」と心から純粋に尋ねた。


「…?泣くなよガラクタ」

「?目が溶けるぞマリン」

「あと泣いても特に意味ないぞ」

「辞める気ないからな」


彼らに必要なのは社会性だけでなく、人との触れ合い方かららしい。まずはちまこいワンちゃんを飼わせてみたり、子供と触れ合ったりさせてヒューマニズムを養わさせる必要があるかもしれなかった。

情操教育や道徳というのは非常に重要な科目であることが伺える一件である。

マァ、彼らが協力してくれる理由がわかった。

そしてマリンちゃんを可愛がっているらしいということも…マリンちゃんは彼らに揶揄われるのは決して嫌ではなく、シェルターで保護してやる必要も多分ないこともわかった。


「ハンマー、ジェット」


ならば次にやるべきは。


「ちょっと、真面目な話なんだけど。いい?」


彼らをどう活用するか、である。

徹夜明けのコモンくんが2人に声をかけた。

ハンマーとジェットはマリンちゃんのほっぺを軽くつねりながら、コモンくんを見上げる。

一体何の話だろうと。







「最低でも10年はかかるな」

「戦争も起こる」

「神法で製造は止められるだろうしな」

「それでも多分止まらなくなってお前達の手から離れるだろうさ」

「大混乱の中で真っ先に誰が殺されると思う?」

「戦犯のお前だ」


ジェットはコモンくんの高い鼻をバチン!と指で弾いた。

コモンくんは「に"っ」と潰れた声を出して鼻を抑え、「マジかよ」と眉を顰める。


「薬物で無双は無理ってこと?」

「無理じゃない」

「けど束の間だ」

「そのアヘンってやつはせいぜいキビダンゴくらいの役割に納めておいた方が良いだろうな」

「稼げるだろうがスグに奪われるぞ」

「裏切り者は必ず出るからな」

「口封じに殺されるのがオチだ」

「異世界攻略はそこまで簡単じゃない」

「残念だったな毒蛇野郎」

「ゴミ拾いして寝ろ。世間様のために働いてから死ね」

「え。待って、ほんとに無理?オレら結構準備してたんだけど…お蜜ちゃんにも約束しちゃったし…え、どうしよう。え待ってガチどうしよう、」


コモンくんは鼻を抑えたまま右下を見て、マバタキを繰り返した。「え、やばい」「待って」とボソボソ繰り返しながら。

彼は今、ハンマーとジェットに自分の計画を話したのだ。

薬物をばら撒いて大混乱を導き、勇者を弱体化させお蜜ちゃんの世界以下を大量生産する計画、通称〝嵐を呼ぶ!お蜜ちゃんとしあわせ結婚ふわふわ大作戦〟が台無しである。

その為に動いていたのに。

それを目指して人員を集めていたのに。

魔法の勉強もせずに計画進行に注力していたのに。…


「ど。どうすんだよ。オレ、…」

「毒蛇」

「な、なに」

「お前、異世界に来てどのくらい経つ?」

「え、もう3ヶ月弱くらい…」

「みじけッ」

「若ッ」

「お前そんなんでよくここまでやったな」

「褒めてやるよジュークボックス」

「いやでも…オレ、まだなんも…。しかも計画も、無理そう?だし…」


コモンくんは自信をへし折られた気分になって、少し息が浅くなっていた。頭の後ろが冷たくなって、どうしようとパニック状態である。

ハンマーとジェットはそれを不思議そうに見ていた。

何を大袈裟な、と呆れていたからだ。


「毒蛇」

「?…」

「自己紹介がまだだったな。オレはジェット。本名はハーニー。魔界でも天界でも名前を知らないバカはいない」

「オレはハンマー。本名はビシャーラ。仕事はモンスターのデザイナー」

「モンスターは大体オレ達が作ってる」

「言われりゃ今すぐ作って見せれる」

「だからオレはSクラスなんだ」

「3ヶ月でよくオレを引き込んだな」

「よくやったガラクタ」

「手柄だなレイシスト」

「…え。モンスターって造れんの?モンスターって野生じゃねーの!?」

「バカ言えよ。人間は神の創造物だろ?」

「ならモンスターはデーモンの創造物だ」


ハンマーとジェットは風に吹かれながら言った。


ここは勇者達の墓場である。

墓石は全てエメラルドでできており、手向けられた花は全てマーガレットだった。翡翠の天使像、壊れた小さな教会。

エメラルドシティの、今はもう誰も来ない墓地であった。

ハンマーとジェットは墓石に座り、コモンくんはその前に立って目を四角くしていた。


モンスターって作れるんだ。

しかも、製造者が目の前にいる。

コイツらモンスターを作る悪魔だったんだ。

そりゃ、Sクラスなわけだ…。


「オレ達はモンスターをバラ撒いて勇者を殺してる」

「オレたち自身は直接転生者に手を出せねえからな」

「モンスターに代わってやってもらってんだ」

「勇者が死ねば上級魔族を派遣して魔王にさせる」

「世界が崩壊すればオレたちが行ってロストワールドにすんだよ」

「担当女神はいたぶって遊んで殺す」

「もしくはモンスターの実験台に使ってる」

「…え。待って、じゃあお前らって魔王より強いの?」

「当たり前だろ。あれは部下だ」

「ガチで!?いや、え?じゃあ…アレじゃん。お蜜ちゃんの世界の魔王に撤退しろってお前らが指示すれば全部片付くんじゃねっ?」

「いや無理だ。アレはオレらの部下じゃない。別の魔族の部下だ。派閥が違う」

「確かにオレらはマフィアのボスみたいなもんだ」

「けどオレ達はイタリアンマフィア。相手はロシアンマフィアみたいなもんだな」

「そう言えばわかりやすいか?地球人」

「…あー。確かに。それは手出しできないわ」


コモンくんは深い納得をしてから、いやしかし凄い人なんだなと改めて2人を見た。

ハンマーとジェット。タブレットで検索しても出てこなくて経歴が分からなかったが…多分、ビシャーラとハーニーで検索すればヒットするんだろう。


「お前は世界ランク4位の女神を味方にしてる」

「それも3ヶ月で」

「Sクラスの悪魔も味方だ」

「わずか3ヶ月で」

「開拓局長のエニグマも味方につけた」

「たった3ヶ月で」

「誇れよヒューマン」

「お前は仕事ができる」

「マァ計画は頓挫したけどな!」

「ゲラゲラゲラ」

「うるせぇ死ね……」

「でも無駄じゃない」

「余地はいくらでもある」

「スタート3ヶ月の会社が企業方針変えるなんてよくある話だ」

「他の世界の足を引っ張るのは薬物じゃなくてもできるだろ?」

「…なに。どやって?」

「勇者狩りだよレイシスト」

「他の勇者を殺せばいい」

「そうすりゃ簡単だ」

「…オレもそれは考えたよ。でも戦力が足りない」

「オレらがいるだろ」

「悪魔は転生者に手を出しちゃいけないって神法で決まってるだろ」

「何言ってんだよ!オレ達を勇者のジョブに就かせたのはお前だろ!」


ハンマーは爆笑しながら言った。

コモンくんは目をパチ、と大きくして、彼を見る。


「勇者は勇者と戦ってもいいんだ」

「悪魔の身分はステータス詐称用の指輪で隠せる」

「もしバレたとしても責任を負われるのは勇者殺しを指示したギルドマスターのお前だ」

「けどお前は責任追及されても開拓地送りにはならない」

「だってエニグマ・クロノグラムが味方に付いてる!」

「何をしたって無罪放免」

「ノーリスクで勇者殺しができる」

「監査局は開拓局に買収された」

「前方に敵なし」

「後方には女神が付いてる」

「どうだ。最高だろ」

「絶好の侵略戦争日和だ相棒」

「………!」


ハンマーとジェットは仲が悪いので絶対にお互いに触らない。

けれど今日は本当に珍しく、2人は肩を組んで言った。

スグにパッと離して膝に肘を付いたり両手を広げて「どう?」という顔をして見せたが。

コモンくんはそれを聞いて、具体的に言われたことを並べ直して考え始めた。

目を横に向け、目を細めて。

彼は何かを考える時、自分のピアスをいじる癖がある。無意識に耳たぶをいじりながら考えるのだ。


「…あのさ。味方に付けておいた方がいいヤツっている?」

「悪役令嬢だな」

「流行ってるだろ?」

「エレガントで高貴なお嬢様」

「社交の道具にピッタリだ」

「躾の行き届いたツラの良い女は手元にあった方がいい。いずれ役に立つ」

「悪役令嬢…。…武器職人とかは?」

「職人よりも武器を仕入れてるヤツだ、キキ」

「職人を抱えてるヤツを抱き込むべきだ、ビビ」

「武器屋さんってこと?」

「…ん…?ウン、武器屋さんだ」

「武器屋さんだなベイビー」

「他は?」

「良い男」

「シャオ・カルトばりの男前を何人か連れてこい」

「女にモテそうなヤツ」

「そうだな、悪役令嬢の攻略キャラクターってヤツだ。それを引き抜くのがいい」

「…?それどう使うの?」

「なろうくんの女を寝取って仲間に引き込むのに最適じゃねぇか!」

「戦力拡大の為だ」


ハンマーとジェットは楽しそうにあれこれと次々に案を上げ始めた。コモンくんはそれをスマホでメモをとりながらフムフム頷き、自分でも考えながら受け答えをする。

他の世界を侵略する為には当然戦力はいくらあっても足りない。

ならばその戦力を集める為に良い女と良い男を大量に集めろとのことだ。


可憐で美しい、見目の良い悪役令嬢を手に入れる。

彼女達はきっといずれ邪魔になるだろう魔王をたぶらかすためや、この先邪魔になるだろう高位種族との取引きをさせる為にも必要だ。

それに悪役令嬢の攻略キャラクター…かぐわしい美男達をコチラに引き込めば、女神達を籠絡させたりチート美少女達を味方に付けることができるかもしれない。

なんせ彼らはロマンス小説のために産まれた男達。行動の全てが乙女をときめかせることだろうから。


我々はフェスの前に勇者の数や女神の数を極限まで減らす必要がある。お蜜の世界を最底辺から最上位へ引き上げる為に、数多ある世界を破滅へ導かねばならない。


ならば三千世界の勇者を殺し、女神をたぶらかし、ロストワールドを大量生産すべき。

勇者を殺すために戦力を拡大し、女神をたぶらかすために美男を大量に仕入れる。

目下の目標はこれだ。


「……悪役令嬢を味方に付けるなら、シャオさんがきっとできる」

「そうだな、ヤツが適任だ」

「武器屋さんはダイダラとチャッキーが多分詳しいし…アイツなら多分友達になれる」

「肝が座ってるからな、適任だ」

「イケメン貴族?とかを味方に付けるためならマリンちゃんができるかな」

「いや、ダメだ。あの女は育ちが悪い」

「グズのお蜜もダメだな。良い女だが色気が足りない」

「大人の色っぽい女が必要だ」

「…えー、知り合いにいたかな…。待てよ、身分が良さそうで…?美人で色っぽい人…。……」


コモンくんはグーッと考え込み、頭をかいた。

ハンマーとジェットはそれを見ながら、マリンちゃんが作ってくれたちまこいお弁当をモゴモゴ食べている。


「あ。待って、1人いる」

「誰だ?」

「ラーラちゃん」

「誰だよ」

「聖女の、あの人…」


ギラお兄さんが寝取った、元ドロシュのパーティメンバー。

もちたぷ聖女のラーラ・エヴァンス様である。

彼女ならきっと美男達を陥落できるはずだ。あの母性溢れるむちむちに靡かない男がいるなら見てみたい。

シャオと組めば多分最強だ。


「協力してくれっかな。ギラ兄さんに聞いてみる、」

「…?なんであの猫畜生、兄さんって呼ばれてんだ?後輩だろ?」

「え、オレらの中で一番酒強いから」

「なるほど」

「納得した」


コモンくんは頷いて、これならいけそうだなと安堵した。


「あ、でも途中で邪魔が入ったらどうしよう」

「それならオレ達が消してやる」

「勇者ってつまりケツ持ちって意味だろ?」

「全然違うけど心強いわ」

「他の悪魔にも協力要請出してやるよ」

「友達を呼んでおく。レンヴァあたりならいつでも来てくれそうだ」

「アイツは強いからな。その薬物?ってヤツがもらえりゃもっと呼べる人数は増えるぞ」

「制作はやめるな。他の悪魔に配るから。キビダンゴって名前つけよう」

「分かった。…あ、待って。オレさ。ドロシュ…だっけ。アイツが転生者だって分かったの、昔同級生だったからなんだよ。でもこれから先他の勇者に会っても転生者かどうかの見分けなんてつくかな」

「それはお蜜が見ればわかる」

「アイツが判断する問題だ」

「悪役令嬢は?どうやって転生者って見分ける?」

「…あー。それはお蜜にはわかんねえな」

「担当部署が違う」

「占い師がいれば分かるんだが、数が少ないからな…」

「え?占い師がいれば分かるの?」

「分かる。けどかなり希少だ。見つけるのにも骨が折れるぞ」

「…オレ知り合いのなろうくんに占い師いるぜ?」

「お前何でも知り合いに居るな」

「顔広すぎるだろ3ヶ月しか経ってねえのに」

「ウワ!ラッキー。アイツどうしてるかな。エメラルドシティのどっかにいると思うからオレ探しておくわ」

「そうしろ、良かったな」

「どんな経緯で知り合いなのか知らねえが」


コモンくんはパチ!と目を大きくして、「いける!」と頷いた。


シャオさんとラーラ様は悪役令嬢の世界線攻略。

転生者は占い師のなろうくんとお蜜に見分けてもらう。

武器屋はチャッキーとダイダラが担当し、自分とギラお兄さんは管理に回れば良い。

オドロアンは引き続きエニグマさんと交際を続けて貰えば開拓局は安泰、ケツ持ちはハンマーとジェット、マリンちゃん。

フルメンバーで動けば何とかいける道筋は見えた。


これでもっと人員が増えれば、勇者狩りの目処が立つ。


「…オレ頑張って勇者と戦うわ。まずは悪役令嬢と攻略キャラの勧誘ね」

「言ってることが完全に魔王だな」

「コイツさえ来なけりゃ世界は平和だったんじゃないか?」

「異世界荒らしだやってることが」

「マジでありがと。なんかめっちゃ安心した。…またなんかあったら相談して良い?忙しい?」

「全然いいよ」

「いつでも話聞くよ」

「えじゃあ取り敢えず呑み行かん?テンション上がってきたから」

「酒なら付き合う」

「お前の奢りだ、ジュークボックス」


ハンマーとジェットは立ち上がり、スッキリした顔のコモンくんについて行った。

コモンくんは薄らとした勝ち筋が見えた気がして、足が軽い。

これならみんなで頑張れる。

これならきっとうまくできるはず…と。

何だかやる気も出たのだ。


いざ行かん異世界荒らし勇者狩り。

その初めの一歩は、なによりワクワクするものだった。

これこそがきっと、冒険の始まりだった。








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