第20話 あらそいは始まって④

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 宿屋でしっかりと睡眠を取り、翌日の日中は町の様子を見て回る。

 寒くなる前にと防寒具が並べられている露店街を歩きながら、少し装備を調えるかどうかに悩む。

 雪のなかを歩くつもりはないけど……ブーツは新調しておくか。

 マントも厚手にすべきかもしれない。

 それと坑道を行くならランプの火種も補充が必要だな。

 鉱石街道メタルムレーンは整備されて灯りもあるって話だけど、備えあれば憂いなしってやつだ。

 俺は露店でマントとブーツ、食糧などを買い足し……喧騒のなかでふと立ち止まった。


 ――メルトリアは大丈夫かな。


 厚手のマントを羽織っていたし……寒さには耐えられるかもしれない。

 戦いにも慣れているから、ハグレの魔物が出ても問題ないだろう。

 でも。

 取り乱して泣いた彼女は――大丈夫なんかじゃなくて。


「…………」


 胸の奥が疼く。

 なんだかんだ言って、やっぱり黙って置いていかれたのは……つらかった。

 だってさ……俺が覚えていたい人を自分も覚えているって言っていたじゃないか。

 俺が俺を遺す手伝いをしてくれるんじゃなかったのか……?

 気にしないようにしていたけれど、一度考え始めたら次から次へと彼女への苦い気持ちが込み上げてくる。

 遺されるのと同じ――誰かを葬送するときと似た疼きだ。

 まるで感情が泥みたいになって、胸につかえて息苦しくなるような――そんな疼き。


 ――なんで黙ったままいなくなったんだよ。


 最初は一期一会でいいと思っていたはずなのに――ああ、そうか。俺のほうがよっぽど共に歩むことを望んでいたんだな……。

 俺はぎゅっと目を閉じ、思わずごちた。

「まったく……千年紀行は序盤からめちゃくちゃだな……」

 それから腹の底に力を入れ、ゆっくりと瞼を上げる。

 立ち止まっている場合じゃない、それはわかるから。


 ……そうして、昨日よりも少し早めに酒場へと辿り着いた俺はエルフのお姉さんから手のひらくらいの蔦飾りを受け取った。

 エルディナ大森林の低木の小枝が使われた、例のやつである。

「これがエルフの遣いって印? ルーイダの家にもあったな」

「伝統的な飾りなのよ。正確にはそれに『エルフの遣いです』って魔法を込めた感じかしら」

 お姉さんは微笑むと「ご注文は?」と付け足した。

 俺は頷いて食事と酒を頼み、フォルクスを待ちながら楽しむことにする。

 出てきたのは野菜と肉の煮込みラグーで、赤みがかった茶色をしたとろみのあるスープが堪らない。

 甘く深みがあって塩味は抑えてあり、野菜と肉の味がしっかり感じられる。

 余計な味がしないのに旨味があるっていうのは……なんというか尊敬の域で。

 一緒に出されたパンを浸して食べれば――至福だった。

「美味いな……旅のあいだも食べたいくらいだ」

 これは千年紀行に記しておこう。うん。

 エルフは俺の呟きに笑うと、旅のあいだでもありもので作れる簡単な作り方を伝授してくれたんだ。


 ――そうして煮込みラグーを食べ終えた頃、フォルクスがやってきた。


「お、なンか美味そうな匂いが……姉さん、俺にも同じの! あと麦酒!」

「…………そういえばフォルクスっていくつなんだ?」

 威勢よく手を上げて注文しながら俺の右隣に座ったフォルクスに、ふと気になって尋ねる。

 昨日は意識していなかったけど酒が呑めない年齢じゃないだろうな……?

 すると、フォルクスは鳶色の瞳を瞬いたあとでヒラリと左手を振った。

「二十五」

「えっ、二十五歳⁉ 十八歳とかじゃなく? さば読んでないか?」

「……よく言われるけどあんたほどじゃねぇよ?」

 フォルクスはむっと唇を尖らせそう言ってから、一転して飄々と笑う。

「ま、見た目が幼く見えると楽なこともあるンだけどな。勇者サマもそうだろ?」

「まあわかるような気も……」

 いや待てよ――見た目だけでなく中身も成長していないと言われる俺はフォルクスより年下の精神ってことなのか? ……いやいや、そんなはずは。

 俺はその考えを振り払い「それで?」と切り出した。

 そのあいだにエルフのお姉さんはフォルクスに麦酒を出し、煮込みラグーの準備を始める。

「ばっちり集めてきたぜ。満足いく内容かはわからねぇけどな」

 フォルクスはそう言って俺に麦酒を掲げてみせた。

 俺は自分の酒をガツンとやってから煽り、口元を拭う。

「……それは朗報だな。じゃあ五千ジール――」

「いやいや、内容の確認が先だろ勇者サマ……あんた本当にそンなやり方で生きてきたのか?」

「……? そうだけど……なにか問題か?」

「大問題だろ……それとも真っ当な仕事ってのはこんなもンなのか? ……いや、絶対違う」

 俺は盛大に顔を顰めて自己完結するフォルクスに眉をひそめ、先を促した。

 なんか腑に落ちないけど……まぁいいか。気にしたら負けな気がするし。

「……あー。まず確認するンだけどな、俺が姫さんにした伝言覚えてるか?」

「ああ。……龍の力を伴うヒトよ、命が惜しければ邪魔するな」

 俺が答えるとフォルクスは頷いて言葉を続ける。

「あんたの依頼を聞いて、俺に魔物の世話を依頼した客が龍族に関わってンじゃねぇかって思ったんだ。だからその近辺を重点的に当たって……気になる情報を見つけた。どうやらあいつらは〈ヴァンターク皇国〉の皇都に腕利きの冒険者を集めているらしい。詳細は明かされてねぇけど、相当な額の報酬が約束されてるって話なンだ」

「……詳細は明かされてない?」

「そう――賛同した奴らも断った奴らも……どっちからも同じ答えだな。『詳細はわからないが、討伐依頼らしい』ってな感じか。怪しいだろ?」

「うーん……そうだな、確かにかなり怪しいけど……龍族を攻めるって話に決めつけるのは早計かもしれない。ハグレの魔物が出てもおかしくないからな」

「そこは俺の能力の見せどころってなもンよ。結論からいうと山脈をこっから南西に向かった先……そこに討伐対象がいるってのがわかった。そンでもってそのあたりってのは昔から『龍』の伝説が多く囁かれている場所だ」

 なるほど、伝説として語られる龍族を辿ったわけか。

 それは考えつかなかったな……。

 感心していると、フォルクスは「ひひ」と悪戯っぽく笑って続ける。

「龍の血を呑めば不老不死になれるなンて噂もあるぜ? 勇者サマ」

「……!」

 俺はその言葉にハッとしてフォルクスを見た。

 フォルクスは一種だけ目を瞠ると、肩を竦めてみせる。

「……あー。そこまで驚く話だったか? ……まぁ眉唾もンだろうけどな。龍の血を呑んだだけで不老不死だなンて……本当だったらもっと多くの種族が不老不死になってンじゃねぇかな、龍狩りの物語だってめちゃくちゃあるンだし。――そンなわけで皇都から来た商人を捕まえたが、どうやら既にかなりの人数が集まっているって話だ。侵攻があるとすれば実行は近いぜ」

 …………そこまで進んでいるのか。

 俺はその言葉に木製の器に視線を落とす。

 紅い色の酒は天井からぶら下がるランプの灯りを揺らめかせ、中の氷がカランと音を立てて崩れた。

「……フォルクス、皇都に集めるってことは大元の依頼主がいるのは皇都か?」

「だと思うぜ。昨日の依頼主も含めて結構な人数が関わっていそうだ。ただこの町じゃそこまで派手な活動はしてねぇし、詳細を調べるなら皇都に向かうのが早い」

 俺は彼の言葉に地図を思い浮かべる。

 ここから皇都までは西に二週間ってところだ。

 山脈の南西は皇都から見て南東。

 もし俺が皇都へと向かうあいだに冒険者部隊が出発していたとしたら入れ違いになってしまう。

「だとすると向かうなら直接南西か……そこでなにもなければ皇都へ向かって……」

 呟くと、フォルクスの前に湯気をくゆらせた煮込みラグーとパンが並べられた。

「ひゅー、美味そう! いただきます!」

 嬉しそうに掻き込む彼を横目に、俺はさらに考える。

 もし龍族が『戦う』と決めてしまえば取り返しがつかない。

 止めるためにメルトリアと話がしたい。

 ――助けたい。

 それが叶ったら……そのときは。

「――よし。フォルクス、十分な情報だったよ。ありがとな! ……これ、五千ジール。お姉さん、今日は俺がフォルクスの分も払うよ」

「んあ……ちょっと待てよ勇者サマ! あんた、龍族への侵攻に加わるんじゃなく……事情はよくわかンねぇけどあの姫さんを護るつもりなンだろ?」

 金を置いた俺にフォルクスが驚いた顔をして食べかけていたパンを下ろす。

 エルフのお姉さんはサッと飲食代金を書いた紙を差し出してくれた。

「護るっていうか……まあ似たようなものか。とりあえず侵攻を止めなくちゃとは思ってる」

 俺はジールを出してお姉さんに渡し、立ち上がる。

 するとフォルクスは慌てたようにパンを置いて俺を止めた。

「だから待てったら! ……俺も連れていってくれないか⁉」

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