かがり火の行進が、夜の森を煌々と照らす。

面を着け武装した大人達に囲まれ、正太郎たちは歩いている。

行進の足取りは重く、どこか機械的で不気味だ。慌ただしく狸が走り去る様子を横目に、正太郎が小声で天道に声をかける。


「ねえ、どうなってるの?記憶の世界って僕らを追い出そうとしたんだよね?

なんで、記憶の中の人たちに助けられてるの?僕らのことが見えてるみたいだし」

「あー、真魂回録ではたまにあることだ。

ここはいわば、過去を再現した異世界みたいなもんだ。

異物の俺たちは弾かれるが、記憶の中で近しい存在とリンクすると、記憶の中が異物を自分の記憶と勘違いして取り込もうとするんだ。

多分、今の吉備津山ヤツの中では、山に迷い込んだどっかの子供と出会った記憶が、俺たちと入れ替わっちまったってところかな」

「勘違い……。僕ら、どこかの村の子って思われてるのかな」

「かもな。俺たちがこの配役になったってことは、そこそこヤツにとっても印象的な事件だったってことか」


ちら、と正太郎は、隣を歩く女を見やった。

男と見まがうような長身、しなやなか筋肉、蛇のような顔。どう見てもムツだ。

腕の数はちゃんと二本だし、性別も違う。髪色も違う。

だが漂う雰囲気や先程見せた刀捌きは、本人のものとしか言い様がない。


「なんで女?」

「知るかよ。体型は似てるけど……でもアイツ胸はなかったような……」

「さっきから何の話しとるねん」

「あっ、い、いや何でも!僕らどこに行くのかなァって」

「決まっとろうもん、ウチらの村や。ほら、あそこ。もうすぐ着くで」


二人はさっと話をやめて女に振り向いた。

着いたで、と促されて視線を前方に向ければ、そこには四方を囲む高い木製の防御壁。さながら城塞だ。

ぽかんと口を開けていると、前方に設置されている大きな門が開いた。

その先には、沢山ともした灯りによって、昼のように明るい景色が広がっていた。

ずらりと並ぶ家々や厩舎では、夜にも関わらず村人たちがさかんに仕事をしている。

背の高い櫓があり、暇そうに見張りの村人が酒をつまんでいる様子が見られた。

一番奥に見える建物は神社だろうか。立派な鳥居がいくつも並んでいる。

規模こそそんなに大きくなさそうだが、かなり活気ある村という印象だ。


「うわ……ここ、本当に山の中?」

「村に来たヤツは大抵そんな顔して驚くわ。

 何でもはないが、あるものはある。ようこそ、鬼を奉る村──吉備津山集落へ」


女は二人を自分の家に招いた。

時代錯誤な長屋に連れて行かれる。昔ながらの家、という印象で、土と藁のような匂いがした。

扉を開けた途端、「おかえり、ムツ!」「おかえりなさい!」と子供達がわらわら飛び出してくる。

女はトラバサミのような歯を見せて笑うと「はいはい、ただいま」と笑いながら家に入っていく。

正太郎たちは肩を竦めながら後に続いた。

長屋の中は子供だらけだ。皆一様に、興味津々といった目で正太郎と天道を見やる。


「ムツ、この子たちだあれ?」

「しらない子達だ!」

「ボロボロ〜」

「山の中で大蝦蟇たちに追われてたんや。

親もおらんようやし、うちの村で世話するほかなかろうや」

「へえ!じゃあおいら達と同じだ!」

「こっちゃ来い!泥落としな!」


そうして連れてこられた長屋の裏で、正太郎はいきなり真水を浴びせられた。

「冷たっ!」と思わず悲鳴が出る。子供たちは構わず「とりあえず服脱ぎなよ」と、あれよあれよと服を剥ぎ、しこたま真水を浴びせられた。


「ち、ちょっと!お風呂はないの!?」

「おふろー?」

「あれじゃろ、とかいで流行っとるやつじゃろ?お湯に入れるっていう!」

「そんちょーさんのお屋敷にはあるってきいたよー!」

「がすっちゅうらしいね?はあー、おらもおふろってやつ、入ってみてぇなあ」

「う、うそでしょ……」


カルチャーショックどころの話ではない。

そもそも生きてる年代が違うのだから、正太郎の常識が通じるわけがないのだ。

ゾッとする横で、天道は涼しい顔で水を浴びて、その上赤ん坊になってしまったシンもじゃぶじゃぶと洗っていた。

……火の力を持つお化けを洗っても良いものだろうか?


「っていうか、やけに慣れてるな……」

「川で体洗うくらいは普通にやってるからな」

「じゃなくて、この状況にだよ。こんな普通に馴染んじゃっていいの?外に出られないのに……」

「ん?まあな。別に初めてじゃねえし。

だいたい、ここで何時間経とうが、あくまでここは記憶の世界。外とは違うから安心しな。

俺たちの目的は吉備津山ムツの正体、それから弱点を知ることだ。機を見て正体を探ればいい」


体を洗い終えると、つぎはぎだらけの服を寄越された。やけにごわごわする。

風呂に入った後、握り飯を2つ3つ手渡され、食べ終わったらあとは就寝。

皆いきなり、電池が切れたように、布団の上で雑魚寝し始めた。

どうにも落ち着かず、正太郎は小さなシンを抱き抱えたまま、目を閉じる。

不思議な気分だ。他人の記憶の中で眠って、ご飯を食べて、自由に動いている。

食欲もなければ夢も見ない。奇妙な表現だが、あまり生きているという感覚がなかった。



「ほらほら起きぃ!もうお日様登っとるで!」

「ぎゃう!?」


お尻を叩かれ、弾かれたように目を覚ます。

至近距離にムツの顔があった。へらへら笑いながら、「今日からここで暮らすんやから、まずは村長に挨拶せなね」と正太郎の手を引いて起こす。

天道は既に起きていたようで、「遅いぞ寝坊助」と誹られた。

朝ごはんは無い。早速ムツに連れて行かれた先には、大きな日本屋敷があった。

いかにも村長の家、といった風体だ。家主の村長は、まるで布袋様の置物のように丸々とした体をした老人だった。

布袋様と違う所があるとするなら、むっつりと顰め面をして、正太郎と天道を睨みつけていることだった。


「まったく、仔猫を拾うのとは訳がちがうのだぞ、ムツ。

隙あらばみなしごを連れてきてからに。空きの家があるわけでもなし、皆己で食い扶持を稼ぐのが精々だというに」

「村長、ですが働き手が増えることはよいことではありませんか。私の長屋で面倒を見ますから、何卒お許しを」


村長はどうも、子供を置くことを歓迎していないようだった。

それでもムツが食い下がると、最後には「好きにせえ」と投げやりに言って、追い払う仕草をした。

村長の家を後にすると、開口一番、ムツは「ごめんなあ」と申し訳なさそうに言った。


「村長はあんまりよそ者を入れたがらんのや。

食い扶持も減るし、この村は大人の女があまりおらんでな。

悪い人やないんやが、あないな憎まれ口叩くのはもう、性根やねん。堪忍な」

「う、ううん。置いてくださってありがとう、ございます」

「礼はいいってことよ。んなことより、この村で生活するなら、きっちり働いてもらうでな」


吉備津山集落は不思議な村だ。

四方を高い木の壁で囲い、櫓があちこちに立っている。その天辺には釜が据えられ、常に火が焚かれている。

しかも釜からたえず、苦味のある嫌な匂いがして、最初はオエッと吐き出してしまいたいほどだった。

一番目を引くのは、村長の屋敷に続く道、その奥に見える神社のようなもの。

鳥居がいくつも並ぶ先に、本殿があるようだが、立派な鳥居に反してやけに地味であるようだった。


「あれ、何……ですか?」

「あれかい。鬼神さまがおるけえ、近寄ったらあかんよ」

「きしんさま?」

「そう。この村の守り神様や」


ムツはそれ以上何も言わなかった。というより、語る言葉を持たないようだった。

村では山の中に点々と田畑があり、主に馬に乗って山道を登り、畑の世話をしにいく。

決められた道以外は絶対使ってはいけない、夕暮れから日没の間しか畑の世話をしてはいけない、脱いだ着物ら決して畑に置き去りにしてはならない、など、沢山の奇妙な決まりがあった。

中には変わった決まりもあって、田畑の仕事のほかに、毒虫を小さな袋いっぱいに詰めて持ってこなければならない、というものもあった。


「なんでこんな決まりがあるの?」

「さあて、村での昔からの決まりやけ。それとも虫は嫌いか?」

「そんなんじゃ……うえ、気持ち悪……」

「ワハハ、ただのヤスデじゃて!」


からからと笑うムツは、少しがさつで、溌剌として、気のいいお姉さんだ。

とてもじゃないが、子供を追い回して八つ裂きにするだとか、舌で舐め回すような変質者と同一とはとても思えない。

この人は本当に、自分の知る吉備津山ムツなる吸血鬼なのだろうか?

この村の不思議なしきたりといい、疑問ばかりが膨れ上がるのだった。


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