翌日、正太郎は再び今鵺家を訪れていた。

ぴんぽん、とインターホンを鳴らすや、扉越しにどたばたと音が聞こえてくる。

「きたきた!」「しょうちゃんだ!」

嬉しそうな二人分の声がした直後、扉が開き、双子が転がり出てくる。


「おはよう、しゅうちゃん、真尾ちゃん」

「おあよ、しょうちゃ!」

「今日は何してあそぶ!?」


二人はきゃたきゃた笑いながら、正太郎の腕を引き、中に連れて行く。

シンはその様を見ながら「幼子は元気じゃのお」と暢気に構えている。

だが双子たちは即座に、シンをぱっと見上げた。


「おっきいユウレイしゃん!あしょぼ!」

「昨日、私たちを見て、かくれたでしょ!かくれんぼ、得意?」

『いや、己は童とは遊ば……』

「ユウレイしゃん、鬼ね!かくれんぼは、30数えなきゃらめよ!」

「それと、かくれてるところ、見ちゃダメだからね!」


双子達は言うや、「かくれるぞ~!」と意気揚々駆けだしていく。

ぽつねん、と置き去りにされるシン。

正太郎は「諦めて、鬼になれば?」と冷やかす。

シンは息を一つつくと、開き直ったようににやりと笑った。


『ふん、遊びの天才たる己に勝負を仕掛けるとは。

 吠え面かかせてくれる。半刻たたぬうちに全員見つけ出してくれるわ……!』

「(ノリノリじゃん、ユウレイのくせに……)」


そんな具合に、遊び回ること暫く。

午前いっぱいはかくれんぼだの、鬼ごっこだのと、家の中と庭を走り回った。

気づけば午後になり、昼食時。


「しょうちゃん、今日はごはん、食べていかないの?」

「ごめんね二人とも。おばさんがお昼ご飯作ってくれてるって……」

「そっか!じゃあまた明日遊ぼー!」

「最近、おっかない人がウロウロしてるから、気をつけなきゃだめだよー!」

「分かってるって。また明日」


二人に見送られながら、家路を急ぐ。

正太郎は骨董屋に辿り着くと、販売スペースを通り、プライベートエリアの扉を開ける。

この家は何かとスライド式の扉ばかりで、鍵をかけることも殆どない。

防犯意識が低い家だとは思う。

魔術師の家ともなると、その辺りの危機感が薄いのだろうか。

それとも、やはり結界を張っているせいだろうか。


「ただいま」

「おかえりなさいませ、正太郎さん。お昼が出来ていますよ」


静かだと思ったが、いざ戻ってみると、すまし顔で飛鳥が出迎えてくれた。

ただでさえほっそりとした佇まいなので、静止していると、冬の街路樹みたいだ。

両手に洗濯籠を抱いている。これから洗濯物を干すのだろう。

ダイニングからいい匂いがする。ミートスパゲッティとミネストローネだ。くうう、とお腹が大きく鳴った。


「あの、洗濯物手伝った方がいい、ですか?」

「お構いなく、すぐすみますので。先に召し上がってください。

 それに洗濯物を仕舞ったら、私は少々お出かけしてきますので、お留守番をお願いできますか?」

「あ、はい……」


そう言って、飛鳥は脱衣所へと向かう。

何も手伝わずに食事なんて気が引けたが、寄る食欲には勝てない。

席について、いただきますと手を合わせる。湯気を立てるミートスパゲッティを口に含むと、ほろほろのミンチ肉と甘いミートソースの味が口の中に広がって、おくれてあったかいトマトの甘酸っぱさが広がる。

ミネストローネの入ったマグには、焼いたパイ生地がふっくらとドーム状に張っていて、スプーンでつつくとサクサク崩れる。一緒にほおばると、野菜とパイ生地が合わさって、幸せな味が広がる。少し中身をぐるぐるかき混ぜると、マカロニが入っている。パスタ尽くしといったところだ。


『おい正太郎、己も食べたい』

「いいよ、どっちがいい?」

『ならばパスタがいい、汁物はどうも食うた気がせん』

「はいはい。幽霊のくせに物を食べるなんて、やっぱりシンって変わってるなあ」


フォークでくるくるとパスタを巻き取り、シンに差し出す。

大口を開けてシンがぱくり、とほおばると、じゅうう、と焦げるような匂いがして、フォークの先からパスタだけが消えた。

どういうわけか、シンは正太郎が使う食器からのみ、食事を摂れるらしい。公太郎も「シンは幽霊の中でもかなり特殊ではあるよね」と語っていた。

シン自身の見解によれば、「己は正太郎と魂が繋がっているから、正太郎を介して物質世界に干渉することが出来るのかもしれない」と語っていた。

幽霊のくせに頓珍漢な存在である。


『うむ、美味い』

「よかったね。今度からシンの分も頼む?」

『いや……一口だけで十分だ』


パスタをほおばっていると、着替えた飛鳥がひょっこり顔をだす。

十代の少女にしてはシックで大人しめの服を着ているためか、顔立ちだけ幼いまま成熟した女性、という雰囲気を放っている。

魔術師の妹ともなると、そもそも十代かどうかも怪しいな、と正太郎は失礼なことを考えた。流石に、口に出すことはしないが。


「それでは正太郎さん、シンさん、行ってまいりますね」

「あ、はい。気を付けて」

『留守は任せろ』

「いいですか、誰が来ても、それこそお客様や兄さんが来ても、自分から扉は開けてはいけませんよ。

 私が帰ってきて扉を開けるまでは、外に繋がる扉や窓は開けてはいけません。

 もし扉を勝手に開けようとする人がいれば、出来るだけ入ってくる扉や窓から遠い場所から脱出するんですよ。あるいは電話を使って助けを求めても構いません」


つらつらと注意事項を並べ立てられた。学校の先生みたいだ。

飛鳥は指をぴんと立てる。


「六時半までには戻りますからね」


この人はもしかして、意外と自分を心配してくれているのだろうか、と面食らった。

相変わらず表情どころか瞳の揺らぎもない。けれどその言葉の端々に、気遣いが見て取れる。

正太郎はうなずいて、「分かりました。行ってらっしゃい」と返す。

飛鳥は二、三度、戸締り等を確認すると、エコバッグを肩にかけ、足早に出ていった。


「……外出ちゃいけないのかあ。暇になるね」

『本でも読んだらどうだ。好きだろう、本は』

「シンは遊んでくれないの?」

『なんだ、構ってほしいのか』

「……言ってみただけ」

『可愛げのないやつ。あ、今なら音楽を流せるじゃないか。

 マイ・ウェイをかけてくれ、正太郎。エルヴィス・プレスリーのやつだぞ』

「分かったってば」


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