パトカーのサイレンが響いている。

然程遠くないな、と正太郎は視線を巡らせた。暴走車とカーチェイスでもしているのだろうか。

射羽の後ろにぴったりと着いて歩きながら、周囲を見回す。

この三注連町あたりまでは、まだ足をのばしたことがなかったために、冒険心のようなワクワクが胸中で疼いていた。


三注連町は、連なる山に囲まれた町の一つで、閑静な住宅街である。

なだらかな坂がいくつもあり、洒落た一軒家が立ち並んでいる。

山から離れて繫華街に近い方には、ぴかぴかのマンションも何棟かうかがえた。

この辺りは裕福な人が多く住んでいる、と公太郎が言っていたことを思い出した。

道行く人を見ながら、射羽が正太郎に質問し始める。


「君の目や、シン殿については公太郎くんから幾らか聞いている。

 ――その目は、どんな風に世界が視えているんだい?」

「世界、ですか」

「不便はないのかと思ってね。色々視えるんだろう?私も似たようなものさ」

「え……」


射羽はちら、と通行人に目をやる。

名も知らない青年の肩に、べっとりとスライム状態のマフラーめいた妙な生き物がへばりついている。

そんな青年自身も、髪色が派手な青色だ。現実的な色ではない。


「例えばあの若者は、どういう風に視えている?」

「えっと……マフラーみたいな生き物が肩にのしかかってて……あの人自身、すごい目立つ青い髪だなって。

 今までは普通の髪色ばかりだったのに、派手な髪色の人に出会うことが増えた気がします」

「だろう。私の目の色も、妙な色に視えているんじゃないのかい」

「綺麗な紫色でした。母さんの好きな宝石の色……」

「アメジストか。悪くないな」


射羽は垂れた髪を耳にかけ、少し照れ臭そうに笑う。

空は変わらず青く、強い風が綿雲を千々にちぎってさらっていく。

シンは射羽と目が合うと、気まずそうにぷいっとそらした。

女性が苦手なのだろうか。


「色鮮やかに見えるのは、人の魂の色が如実に出ている証拠だ」

「魂の色?」

「君の目は単に視えないものを見るだけじゃない。

 推察するに、君の目は空気中に、あるいは有無機物問わず発せられるエネルギー……人によっては霊力だとかオーラだなんて表現するけど……

 君の目はエネルギーを、色で識別しているのさ。

 その人自身の気質、体質、精神状態……魂ってやつをね」

「それが、髪の色や、目の色にも出ている、と?」

「部分的にね。そのうちもっと鮮やかになるんじゃないかな、君の世界は。

 視たくないものまで視えるというのは煩わしいだろうが、見方を変えれば、

 今視える世界も悪くないと、思えるようになるかもね」


鮮やかに、かあ。と正太郎は呟く。

彼女の言うように、奇妙なものが視えること自体、不便だと思うこともあるし、災いの元になることだってままある。それは確かだ。

シンはどうなるのだろう、と見上げる。彼は、目に浮かぶ青い火の球以外は、白一色だ。

そのうち、彼にも色がついて、生き生きして見えたりするんだろうか。

だとするなら、どんな色味なのか見てみたい、そんな気もする。


「ついたぞ、ここが我が家だ」


雑談をかわすうち、ひとつの一軒家の前で、射羽の足が止まる。

二階建ての、白い壁に黒い屋根の家屋だ。駐車場と小さな芝生の庭があり、紫とピンクの、子供用自転車が二台並んでいる。

射羽が鍵を取り出し(メンダコのキーホルダーがついている)、がちゃりと扉のロックを開ける。


「ただいま」

「お……お邪魔します」

「おかえりなさい、おかえりなさい」


射羽が玄関から声を上げると、足音が二つ、綺麗に重なりながら駆け寄ってきた。

同じく玄関へと入った正太郎は、足音の正体に目を見張る。

出迎えてくれたのは、人形みたいな二人の少女だ。


「紹介しよう、私の娘達だ」


射羽と同じ黒い髪、射羽と同じアメジストに似た紫色の瞳。

身長、顔のパーツ、ほくろの位置、着ている服まで、その少女たちは型にはめたように瓜二つであった。

違いがあるとしたら、片方は髪を伸ばし放題で、片方は髪をツインテールにまとめ、長い前髪で対照的に顔を半分覆い隠しているくらいだ。

双子だ、と正太郎はまじまじ二人を見つめる。こんなにそっくりな双子を見るのは生まれて初めてだ。


「おかあしゃん」

「おかあさん」

「どっちがしゅうで、どっちが真尾でしょう!」


双子――しゅうと真尾は、にこにこ笑って、全く同じ声とタイミングで母親に問いかける。

んー、と射羽は二人をそれぞれ観察すると、ぽんぽんと二人の頭をそれぞれ撫でた。


「右がしゅうで、左が真尾!」

「せいかいせいかーい!またあてられた~!」

「おかあしゃん、だいせいかーい!おとーしゃんもせーかいしたから、れんぞくだいせいかーい!」


双子はきゃっきゃっと笑いながら、母親に両側からしがみつく。

賑やかな双子だ、と正太郎は双子たちの勢いに圧されるしかない。

すると、しゅうと真尾は同時に正太郎へ視線をうつし、揃って「あー!」と声を上げた。


「しょうちゃんだ!」

「しょうちゃんら!」

「久しぶり、しょうちゃん!」

「元気にちてた?しょうちゃん!」


ずいずいずいずい!双子は鼻と鼻がくっつきそうなほどに正太郎へ詰め寄る。

きらきらした二つの目に見つめられ、すっかり二人のペースに巻き込まれたと気付いたが、既に遅く。

正太郎が何か答える前に「しょうちゃん遊ぼ!」「しょうちゃんケーキ食べよ!」と両側から腕をぐわしと掴み、返事をする暇すら与えず、ずるずるとリビングへと引きずっていく。


「ちょ、ちょっと待って、待っ……せめて靴だけでも脱がせてくれええ~~~~!?」

「はやくちて!」

「いっぱい遊ぼ!」

「お話ちもしよ!」

「ちょっと、逃げないから!待って、待っててば~!!」


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