異様な死体が発見された、翌々日のこと。


「またか……!」


神楽は歯を鳴らし、渋い顔を浮かべる。

場所は三注連町の「こいこい広場」。まるで空き缶を投げ捨てたかのように、干からびた死体は茂みの影に無造作に打ち捨てられていた。

第一発見者は清掃ボランティアの一人だ。単なる不審物と思い通報したが、後に死体と判明し回り回って神楽たちが出動した次第だ。

神楽の眉間の皺が深い理由はそれだけではない。

死体は二つあった。発見された男性の下に重なるように、女性の変わり果てた死体があったのだ。

どちらも年齢は二十代から三十代にかけての男女。

男性の胸に刺し傷らしきものが残され、死体の付近から血の付いたナイフも見つかった。


「前回は首をへし折って、今回はナイフで心臓を一突き、ときましたか」

「複数犯の犯行に見せかけたいのか、単にナイフで殺す方が楽だったか。

 どちらにしろ、頭がいい犯人とは思えないな」


三好は凶器と思わしきナイフをしげしげと眺める。

どこにでもある普通の果物ナイフだ。鑑識の結果はこれからだろうが、状況から察するに、ナイフに付着した血は被害者のものとみて間違いないだろう。

検死官が神楽の元に報告する。


「両者の死亡推定時刻が割れました」

「もうか?早いな」

「被害者が腕時計を装着していましたので、手間が省けましたよ。

 時刻は午前三時十分前後、被害者らはここで犯人と遭遇し、抵抗を試みたと思われます。

 腕時計がその時間で止まったまま破壊されていましたので、揉み合った際に壊れたかと」

「なるほど。ありがとうございます」

「神楽刑事、財布が落ちてました!これで身元わかりますかね?!」


ぱたぱたと、三好が財布を手に駆け寄る。彼にはどうも、ゴールデンレトリーバーのような愛嬌がある。

手渡された財布の中には、幸いなことに免許証が入っていた。被害者二人は少し歳こそ離れているものの、同じ住所が記載されている。

他には、在住県のローカルドラッグストアのポイントカードや、歯科医院の診察券、アイスクリーム屋のクーポン、など。

男性の財布の方には、ジュエルショップの婚約指輪受け取り予約シートも入っていた。


「恋人とかだったんですかね。名字違いますし」

「……だろうな。もしかすると同棲していて、婚前旅行に来た、とかかもな」


憶測でしかないのだが、被害者たちのバックボーンを想像し、二人の表情が沈む。

「もう一つ時計、みつけました!」と声が上がった。

若手の鑑識が見つけた腕時計は、ベルトが留まっていない状態だった。

こちらは高給そうな時計だ。この公園の片隅で転がっているには、やや不釣り合いだ。

鑑識は刑事二人の、気まずい空気に耐えられなくなったのか、「じゃ、これ、よろしくお願いしますね」と証拠品の腕時計を神楽に手渡し、再び現場に駆け戻る。

三好は上からひょっこり覗き込んで、割れた腕時計を見た。


「……うわ!シチズンのATTESAですよ、神楽刑事!しかもブラックチタンシリーズ!」

「詳しいな、三好くん」

「このモデルすっげー欲しかったんですよ。

27万もするけど、黒くてゴツいボディ、超良くないっすか?

 ブラックチタンシリーズって、デキる男がつけてる!って感じでカッチョイイなあって……製造数も限られてて、超人気だから予約も凄かったってネットニュースで見ました!」


わざとらしく鼻息荒く語る三好に、思わず表情が緩む。

同僚の刑事は「証拠品ではしゃぐな」と三好の背を強く小突いた。

本当なら頭を叩かれるところだが、2mもある若い巡査の頭に届く者はそういない。

「いたたた……」と呻く姿に苦笑する神楽。


「ひとまず、殺害時刻が明確に分かっただけでも前進だな。

 この一帯は監視カメラが設置されているはず。午前三時十分前後の映像を見れば、

 犯人は一目瞭然、というわけだ」

「目撃者は……いますかね?夜中だし、厳しいかなあ」

「同じ時間帯に、近くを通った人間がいればいいんだが。その辺は地道な聞き込みといこうじゃないか」


進展が全くない訳ではない。日をあまりおかず、同じ方法で殺害された死体があがっている。

殺害現場と前回の死体発見現場の距離は約三キロほど。この近隣に犯人が潜伏している可能性は無きにしも非ず。

とはいえ、聞きこみに関してはあまり良い結果を得られそうにない。

今回の事件に目撃者がいたとして、この異常な殺され方を見た者が現実と思うだろうか。

ふと三好は、メモのためにひっきりなしに動かすペンを止め、うんー、と唸る。


「そういえば前の空き巣の時、変な二人組がいたじゃないですか。

 あの二人が「犯人は吸血鬼だ」って言ってましたよね」

「言っていたな」

「俺、興味があって調べたんすけど、吸血鬼って映像とか鏡とかに写らないって書いてあったんすよ。もしかして防犯カメラも当てはまるなら、犯人は写ってないんじゃ……」

「……ははは!真面目だな、三好くんは」

「わ、笑わないでくださいッ!普通の事件じゃないから、普通じゃないものだって調べて損はないって思っただけで……」


だんだん言葉尻が萎んでいく。

「ごめん、笑った俺が悪かったよ」と神楽は大きな肩をぽんぽん叩きながら謝罪した。


――吸血鬼。ヴァンパイア。

旧き時代より存在した、世界各国の伝承・民話に登場する、もっともポピュラーな怪物の一種。

人間の血を啜り、霧や蝙蝠に変身し、聖なるものや銀をおそれ、鏡に映らぬ不死者の王。伝承によっては、初めから吸血鬼であったり、死者が吸血鬼として蘇ったりと様々だ。

時代により、その外見や特徴、弱点、正体等は異なるが、血を啜るという一点においては、ほぼどの時代の吸血鬼にも当てはまるだろう。

とはいえ、現状は本当に吸血鬼なのか、それとも超常の力を持つ別の何かが犯人であるのか、はたまた何かしらのトリックを用いた人間の仕業なのか――

今の彼等には、判断がつかない。それが現状である。


「そもそもあの二人、何者なんですか。神楽刑事、ずっとだんまりだし、教えてくれないし」

「聞かれてないから教えてないだけだ」

「じゃあ教えてくださいよ。変な恰好でうろついて、勝手に検死して、あんなの現場荒らしじゃないですか」

「それを今の君が言うとはね。なんだか感慨深いな」

「で、教えてくれるんですか」

「今は仕事中だし、人目があるからな。彼等については後で、だ。どうせ署に戻ったら、いやでも話す必要が出てくるわけだし」

「はあ……」


検分を終えた遺体が、慎重に運び込まれていく。

たった十数キロ程度の肉塊になってしまったが、身元が分かっただけでも良しとすべきなのか。

はたまた、今後、彼等の身元確認をする遺族たちを憐れむべきなのか。

二人は、警官たちに追い払われる野次馬や記者達を眺める。

明日は我が身かもしれないのに、何も知らない彼らは、背伸びして現場を覗き込もうとし、何があったのか教えろだの、真実を伝えるのがマスメディアの役目と喚く。

唯一の救いは、第一発見者のトラウマにならなかったことだろう。

不意に三好は野次馬の中で、ひときわ目立つ人影を見かけた。

上から下まで、夜の色をそのまま抜き取ったみたいな黒一色の、ドレスを纏った幼い少女だ。

誰もが脳裏に描く、ありふれた美少女を具現化してみました。そんな具合の気味の悪さを醸し出していた。

少女は三好と目が合うと、にこりと嫋やかに微笑んで、群れる人々の間に姿を消した。

目の錯覚だっただろうか、と三好は目を擦る。一瞬彼女には、あるべきはずの影がなかったような気がした。


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