強烈なお揃いマイペースの双子に、リビングへ拉致されて30分。

正太郎はふかふかのソファに正座し、「どっちでしょうゲーム」に巻き込まれていた。

ゲームの内容は単純で、双子のどちらがしゅうで、どちらが真尾か当てる、シンプルなゲームだ。

二人は何度も別の服に着替たり、髪形や仕草を変えては「どっちでしょう!」と同時にお披露目してくる。今のところ、正太郎の全勝。

何度か会話するうちに、二人の特徴や関係性がつかめてきた。

呂律がやや回らない方が、姉のしゅう。口調がしっかりしている方が、妹の真尾だ。

二人は、何度当てられても喜ぶ。こういうのは間違えた時ほど喜ぶんじゃないだろうか、と思うものの、こうして喜ばれると、悪い気はしない。


「右が真尾ちゃん、左がしゅうちゃん」

「すごーい、また当たった!」

「しょうちゃん、さいこーきろく更新!」

「(これで15回目かあ……こんな遊びでよくこんなにはしゃげるな……)」

「しょうちゃんが分かるなら、わらしたち、おしょろいの服着てもいーんらない?」

「そうだねー。でもしょうちゃん以外が当てられるようにならないとなー」

「……なんの話?」

「あのね、あのね」


二人は、今までに着た洋服を丁寧にハンガーでかけながら、「どっちでしょうゲーム」の経緯について語る。

しゅうと真尾は、見た目だけでなく、中身、つまりは精神も似ている。

好きなものや特技はそれぞれ異なるようだ。

しゅうは外で遊んだり、昼寝をすることが好き。真尾は反対に、静かに絵を描いたり、歌をうたうのが好き。

けれどふとした時、同じタイミングで同じものを食べたくなったり、同じ発想に至ったり、同じ夢を見る事さえある。つまり、なにかとシンクロ率が高い。


「この間なんかね、テストで同じ点数とったんだよ」

「ろっちも悪かったんらけどねー」

「恥ずかしいから、山の中にテスト用紙を埋めて隠そうとしたらねー」

「ふらりとも、おんなじ木の下にうめたから、イノシシに掘り起こされてたみたいで、忘れたころに友達で山登り行っらら、テスト用紙が見つかってばれちゃっらったのら!」

「あははははは!」


そんな彼女たちには、お揃いのファッションで外に出たい、という欲求がある。

なにせ見た目がそっくりすぎるため、両親以外は、しばしば二人を見間違えるのだそうだ。

あまりに似ているので、二人が悪戯で入れ替わったり、同じ服で行動していると、周囲は混乱してしまう。そのため、片方はいつも違う服を着て、見分けてもらうらしい。

髪型も、しゅうは普段、顔の右側に前髪を降ろして、真尾は左側に前髪をおろす、という決まりをつけられているようだ。

それが彼女たちにとっては、大いに不服であるようだ。好きな時に好きな髪型と服で出歩きたい。

とあらば、周囲がどうにかして、そっくりな二人を見分けてくれるしかないのだ、と彼女たちは結論付けたらしい。


「(普通は”見分けてもらうために見た目や区別をつけるもの”だと思うけど……)」

「ねえねえ、なんでしょうちゃんは、私達の違いが分かるの?」

「え、えっと……なんとなく、雰囲気ってやつ?」

「そっかー、雰囲気かあ~」


彼女たちとしては、自然に、当たり前のように区別してほしいのだろう。

健気なのか、我儘なのか。

どちらにせよ、普通に見分けていると思っている彼女らには、大変言い辛い。

……右目で視えているからこそ、双子には歴然とした違いがある、ということに。


彼女たちは気づいていないようだが、二人には無数の、シャボン玉のような輝きがぽつぽつと泡のように漏れ出ているのだ。

泡はうねうねと植物の蔓や蛸の足のような形に変わって、蠢いている。今もそのシャボン色の泡は、正太郎の頬をぺとぺとと触っているのだ。直感的な想像だが、「好奇心」という形なのだろう。

その泡の形を見れば、どちらがしゅうで、真尾か、判別することが出来ている。


「(便利なのか、不便なのか、本当に分からないな。この目……)」

「二人とも、そろそろいいかな。正太郎くんと大事なお話があるんだ」

「はあーい」


頃合いを見図ったように、射羽が声をかける。三人の遊びに合いの手を入れる機会を見てたのだろう。

これ幸いと、正太郎は立ち上がった。

彼女達に不審に思われる前に、このファッションショーが終わってよかった、と胸をなでおろす。

双子にはシンの姿が視えていないらしい。迂闊に彼を目で追ったり、声をかけそうになるのを、何度我慢したか。


「二人は宿題があるだろう。先にすませてしまいなさい」

「ええー」

「はあい。しゅう、いこ」

「やだやだー、宿題きらーい」


二人は手を繋ぎ、ぱたぱたと自室のある二階へと向かっていった。


双子の背を目で追った後、射羽は「夫の書斎を借りようか」と言って、すたすた歩きだす。正太郎もおずおずとその後ろを付いていく。

他人の家の中を歩き回ってばかりだな、と考えていると、射羽が書斎と思わしき扉を開く。

ふわ、っと古い紙とインクの匂いが、扉の先から漏れ出る。


「わ……!」


目を見張るような景色だ。壁の至る所に、ぎちぎちと詰めるように本棚が並んでいた。

正太郎でも読めそうな絵本から、父親が持っていた分厚い専門書、画集、辞書の類まで、あらゆる本が混沌と立ち並び、かと思えば小さなアクアリウムや鮭を齧る熊の木彫り、アフリカを思わせる形容しがたい奇妙な模型などが、ずらりと棚の上に居座って、どこか浮世離れした光景にも見える。


「す、すごい本の数ですね……」

「夫は本が大好きでね。隙あらば新しい本を買うものだから、重みに耐えきれずに、一度床が抜けたことがあるくらいだ」

「ほ、本の重さで床が……」

「理由の半分は、床下がシロアリに食われて脆くなっていたことに加えて、本棚に夫が乗っかった重みのせいもあるんだが……。

 ああ、ソファーがあるな。そこにかけてくれ」


床が脆くなっていたとはいえ、体重を乗せたら床が抜ける惨事を引き起こすなんて、どんな夫なのだろう。

思わずまろびでかけた言葉を飲み込みつつ、正太郎は言われるままに、来客用であろうソファーにちょこんと座る。

反対側のソファーに射羽が座る。向かい合う二人の間には、ガラス製の小さなテーブルが慎ましく佇んでいた。

(なんと、テーブルの脚が黒い猫ちゃんだ。思いがけず正太郎は癒された。)


「さて、君をわざわざ呼んだのは、理由があってだね。この家に来てもらうほうが早かったのさ」


射羽はテーブルの上にある、洒落た写真立てをくるりと正太郎の方へ向けた。

写真を手に取る。長閑な田舎の景観をバックに、男女が写っている。

気の優しそうな青年、不敵な笑みを浮かべる女性、不愛想な紳士、熊のような巨漢の男性、その隣には射羽。

さらに視線をスライドさせて、正太郎はアッ、と声を出す。隣並ぶ公太郎や高雄に挟まれるようにして、父サトルがうつっているのだ。


「これって……!」

「二年ほど前に、私の故郷で撮った写真だよ」

「射羽さんは……父さんと知り合いなんですか?」


口にした後で、馬鹿な質問をしたと気付いた。

公太郎と知り合いなら、父とも繋がりがある可能性はゼロじゃなかったはずだ。

そも、目のことについたって、まるで以前にも同じようなものを見聞きしたり、同じ景色が視えているという時点で、只の科学者なわけがないのだ。

射羽は写真立ての縁をなぞり、少し悲しげに目を伏せる。


「彼とは、幼馴染で腐れ縁というやつでね。

 私も少し特別な産まれ故に、不思議な力を持っていたのさ。君の父君とは物心ついたころの仲で……大人になってからも、色々助けられたよ」

「……そう、だったんですか」

「公太郎君から話を聞いたとき、まさか、と思ったよ。

 君のお父さんは清廉潔白な聖人というわけじゃないが、他人想いで、真面目すぎるほどで、誠実な男だった。まかり間違っても、人を殺めたり、ましてや息子を捨てて出ていくような性格とは思えない」


その言葉を聞いたとき、正太郎は不覚にも嬉しくなってしまった。

まだこの町に来て間もなく、知り合いも少ないし、友達なんて以ての外だ。

正直な所――負い目を感じていた。父が真矢を殺したこと、今もなお殺人鬼としてどこかに潜んでいること、自分を捨てたこと――父が犯罪者になってしまった理由が分からないからこそ、言葉にできない不安があった。

今でも父親を想う自分が、間違っているんじゃないかとさえ悩むこともあった。

けれど、父を知っている、父を信じている、そんな言葉を聞けたことで、目の前の彼女は心強い味方になってくれるんじゃないかと、そんな気がしたのだ。

正太郎はぐっと膝の上の拳を握って、射羽を見据えた。


「僕だって、父さんを信じたいです。だからこそ知りたい。僕は絶対に父さんを見つけます。そして真実を知りたい」

「……それは、大人の役目だよ、正太郎くん」

「僕の役目であってもいいはずです。僕は、大山サトルの息子です。

 僕があの人を、父さんの目的を必ず、探しあててみせます」


自然と、正太郎の腹の底からこみあげるように、言葉になって、想いがあふれた。

右目がじわじわと燃え上がって、体の節々に力が溢れる衝動に満ちる。

シンは頭上から正太郎を見下ろし、声もなく感嘆を吐息にして漏らした。

決意が溢れている。まだ十歳かそこらの少年が、父親の真実を知りたい、その強い感情で魂を自然に加速させ続けているのだ。

射羽の目も、ぱちぱちと青い炎の輝きが、正太郎の体から火の粉となって溢れ出す様をとらえていた。


「(これは――決意の感情か!ただの子供が抱けるエネルギーの大きさじゃないぞ)」

『(子供と侮ったが……鍛え方次第では、”化ける”かもな。思った以上に、魂の目覚めが早い。やはりあの両親の子、というわけだ)』


言葉なく、射羽とシンの表情が厳しくなる。

次第に火の粉の輝きは収まって、静かに正太郎の感情が鎮まっていく。

は、っと正太郎は息を飲んだ。今の、全身が漲るような熱は何だったのか。たったひとつの感情に支配されて、目の前が真っ白になったみたいだ。

射羽は表情を緩め、正太郎の小さい手を取る。母より少し骨ばって、すらりと長い指が、子供の手の甲を優しく包む。


「お父さんを想う気持ちは分かる。サトルは倖せ者だな。

 でも今は……どうか、耐えてほしい。彼がどこにいるのか、何を成そうとしているのか、彼がどうして君を捨ててまで、愚行を侵してしまったのか。私達もそれを知らねばならない。

 もし分かったならば、君にも伝える。それを約束しよう。それよりも君にはもっと、火急に必要なことがあるはずだ」

「必要なこと?」

「そう。この町に馴染んで、早く友達をつくって、学校に通うこと。

 健全な小学生男児たれ、だ。でないと、お父さんが戻ってきたとき、君が

”ふつう”じゃなくなっていることが、……一番、辛いことだと思う」


正太郎は、射羽の手を見下ろした。傷跡があったり、あかぎれも少なくないが、綺麗な手だと思った。

この手も、僕の知らない父を知っている人の手だ。手を通して、どこにいるか分からない父と繋がっている、そんな安心感を、掌に覚えた。


「……分かりました。射羽先生」

「よければ、私の娘たちとも仲良くしてやってくれ。

 君が覚えていなくても、彼女たちは君を覚えているよ。君のことが昔から大好きだったからね。一緒の学校に行けるんじゃないかって、今からわくわくしているんだよ」

「ははは……悔しいです。僕、覚えていないことが多くて……忘れているのが、申し訳ないっていうか」

「無理もないことだ。忘れているなら、いつか思い出せる日を待ちながら、また友達になればいい。無論、私ともね」

「……はい」


射羽の微笑みに、ぎこちなく正太郎も笑う。

繋いだ手を、握手の形に変える。大人の友達なんて不思議だな、と、例えようのないくすぐったい嬉しさがこみあげたのだった。


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