末路
私が引きこもっている間にネットに上げた動画が知る人ぞ知る動画として話題になり、良質なCMとして機能したこと、雑誌の記事も好評なこと、村山や安井をはじめとした信者たちの勧誘活動も功を奏したことで、この半年でオカルト研究会の総人数よりも【森烏賊の会】の信者数の方が上回るという異常事態となっていた。
そして【森烏賊の会】の活動拠点は大学近くのマンションに移転し、祭壇や宗教関係の参考資料などと一緒に消えてしまった。
オカルト研究会の部室はがらんどうになってしまったらしい。
やはり一部の人間が実際に神秘体験をできるというのが大きいのだろうか?
だが調べてみると、本物のカルト教団も薬を使ったりして疑似的な神秘体験をさせるということは行っているらしい。
人々はどうしてあんな胡散臭い集団に惹かれてしまうのか。集会に参加してよりいっそう理解ができなくなってしまった。
私は退会手続きを頼むために、大谷さんに電話をかける。
手短に済ませるつもりではあるが、案件が案件だけに長丁場になることも予想されたので自宅のベッドに腰掛ける。
「お疲れ様です。夜分遅くにすみません」
手短に終わらせるための作戦としてあえて日付が変わる手前の時間にかけている。
「おぉ、お疲れ。最近全然見ないな。集会の日もいつの間にかいなくなってたし。俺ももうあんまり学館の方は行ってないからなかなか会うタイミングないな」
「行かずに何してるんですか? やっぱり就活ですか?」
「ははは、だから就活はしないって。ちゃんと宗教家として頑張ってるよ。色んな宗教の歴史とか勉強してるんだ。本当に村山と安井連れてきてくれたのには感謝だな。アイツらのおかげで仏教的な要素も取り入れられそうだしな」
あの打ち上げの日からもはや知ってる大谷さんではないようで不気味に思える。
私は早く話を切り上げてしまいたかった。
お喋りで余計なことばかりを言う自分を制して本題に入る。
「私、オカ研辞めようと思うんですよ。サークル員の入退会って幹事長が手続きするんですよね?」
「そうだな」
「あと、まるちゃんと今村ちゃんも辞めるので一緒に手続きお願いします。二人からは後でメールかLINEいくと思いますが。私と今村ちゃんのイカネームは村山君と安井君にあげてください。カラマーロの方はどっちもいらんと思いますけど」
「辞めてどうすんだ?」
「ライブ行ったり、アイドル論書いて同人誌作ったりする同好会作ったり、演劇サークルの方で今村ちゃんが怪談演劇やりたいらしいのでまるちゃんと一緒に脚本とか演出で手伝いに行ったりですかね」
「あぁ、じゃあ、辞めなくて大丈夫」
「はぁ!?」
辞めなくても大丈夫かどうかは私が決めるのであって大谷先輩が決めるのではない。
そして、お化け屋敷居酒屋では掻き消された声は今度こそ彼に届いた。
「そうカリカリするなよ、お前にとっても悪い話じゃない」
私は無言のまま、話の続きを聞く。
「俺たち【森烏賊の会】はもう大学のサークルっていう枠でやっていくつもりないから、全員オカ研を退会するつもりなんだよ。だけど、宗教の方全員ってなるともうオカ研のメンバーほぼ全員になっちゃうからさ。サークル員がいなくなったらサークルも解散になっちゃうだろ。せっかく沢山のサークルが希望出してももらえない部室もらえてるし勿体ないから引き継ぐ奴いたらサークルごと渡そうと思ってたんだよ」
「うーん。オカ研を居抜きでもらって、ライブアイドル研究会にするってことですか……」
「悪くない相談だろ?」
「でも、それって結局のところはオカ研潰すのと一緒じゃないですか? それに企画に参加してなかった人たちも何人かは残るわけだから、その人たちに悪いじゃないですか?」
「お前らももともとはオカルト好きで入ってきてるんだから、たまに怪談観に行ったり、オカ研っぽい活動も継続すればいいんじゃないか? サークル名と活動内容丸ごと変えるとなると大学側も再審査とか言い出すかもしれないし」
「自然に考えればそうでしょうね」
「もうサークル活動やらないっていうならそのまま潰しちゃってもいいんだけどさ」
私はそれが本当にお互いにとっていいことなのか考える。
どうにもしっくりこないところがあるのだ。
――先輩たちはそれでいいのか?
「なんか……なんだろう。イカ宗教にとって、オカ研はあった方がいいと思うんですよね。大学生の勧誘とかに使えると思うんですよ、今後も。公認サークルだし。いくら本物の主教にしたいと思ってるといっても。なんかカルトとか半グレの隠れ蓑になってるサークルとか同好会もあるっていう噂聞くし」
「何が言いたいんだ?」
大谷先輩の語気が急に強くなる。
いつもの朗らかさは感じられない。
「なんかやらかしました? 【森烏賊の会】が全員揃って辞めなきゃいけないようなこと。でも、私とか関与してない人間は逃げ切れるみたいな……」
私は頭を整理しながらなるべく単刀直入に訊いてしまいたいと思ったが、結局は余計なことを言ってしまっているのかもしれない。
幼い頃から余計な一言で自分も周囲も傷つける萌芽はあったが、すっかり花開いてしまったようだ。
「本当に可愛くない後輩だな、お前は」
電話口でも先輩の顔が引き攣り歪むのが見えるようだった。
「え? そこそこ可愛い顔してるでしょ」
「うるせえよ」
電話口だから確信は持てないが、少し笑っているのを感じた。余計な一言も良し悪しだ。
「一応何したか教えてもらっていいですか?」
「そうだな……人が一人死にそうだ。実はもうとっくに俺たちはサークル辞めて、新しい幹事長としてお前の名前書いちゃったんだ。お前と一緒にサークル来なくなった土屋と今村と企画に一切かかわってなかった数人は残したんだがな」
「あー……えー……なんで? え? 誰が?」
敬語を使うのも忘れてしまうほどのショックだった。
修行と称して拷問を加えたり、脱退しようとした人間に酷いことをしたのだろうか?
私が知らないうちにイカ宗教はあの集会のような洗脳に留まらず、本格的な犯罪者集団になってしまったのだろうか。
――ただ浮いているだけの〝こんなもの〟のために?
「いや、多分思ってるような感じじゃないんだが……ちょっと静かに聞いてくれるか?」
「はい」
亡くなりそうなのは工学部の二年生で、マンションに移転してからの入信者らしい。
文化祭の動画を観て、興味を持ったとのことだった。
集会には手伝いに来ていたらしいが、勿論私は彼の顔も名前も認識していない。
彼はすぐにイカの存在を感じるようになったという。
素直な性格でどんどんのめり込み、より強くイカの存在を感じようと色々試すうちにどこから手に入れてきたのかドラッグを使ってしまった。
結果は芳しくなかったようだが、それゆえに彼は使い続けた。
そしてつい先日のこと、彼は他の信者と共に自宅マンションでドラッグを使った実験を行っていたところ、頭の中に触手が溢れかえり、このままだと目や鼻を突き破って出てくるだとか痒いだとか痛いだとか大騒ぎして頭を掻きむしり暴れた。
ついにキッチンで包丁を手に取った彼は自らの頭にそれを突き立て、血塗れになった挙句、マンションのベランダから飛び降りたらしい。
同時に実験を行っていた信者がクスリが抜けないぼんやりした頭ではあるもののなんとか救急車を呼び、一命は取り留めたらしい。
だが、今後も自殺を繰り返すかもしれないし、何をしでかすかわからない。
【森烏賊の会】との関係は彼の家族にはスマートフォンに残ったやりとりから気づかれるだろうし、ひょっとしたら捜査されたり、週刊誌などにも載るかもしれない。
ただ、運良く彼はオカルト研究会の方には入会していなかったため、何かあっても【森烏賊の会】だけに矛先が向くようにサークルと切り離したのだという。
企画のための資料や【森烏賊の会】の会員名簿は回収済で既に破棄してあるというので私やこの事件のことを知らない人間には知らせないままにしておこうと思ったというのが真相だった。
「曰く付きにも程があるでしょ。オカ研」
私は何度も溜め息を吐いたし、鵺君も同じようなことになっていたかもしれないと思うと気が滅入ってしまう。
「そういうの好きだろ。オカルト全肯定女子大生なんだから」
「よく覚えてましたね? その二つ名も今日イカネームと一緒に返上するつもりだったんですけどねぇ」
「意外と覚えてるもんだろ」
「正直言うとこのタイミングで幹事長引き受けるのめちゃくちゃ嫌なんですけど」
「まぁ、本当に関係ないんだし、もし大学側に何か訊かれても知らぬ存ぜぬで大丈夫だよ、何も話せることもないじゃん。それに今年度いっぱいは俺も中退せずにいるからさ。何かあったら俺の方に問い合わせるように言ってくれればいいよ」
「本当はね、心の底からいらないです、そんなサークルの抜け殻。でもあの部室にはやっぱり愛着もあるし名前くらいなら貸してあげますよ。それでもサークル存続できなかったら知りませんよ?」
「いいよ。それで駄目だったら仕方ない。俺たちのせいで、卒業していった先輩たちや未来の後輩たちみんなには悪いことしたと思って生きていく」
「みんなって……みんな殆どそっちに移籍しちゃうんですよね? じゃあ、納得いかないのなんて十人くらいのものでしょ」
「そうかもな」
「とにかく状況はわかりました。じゃあ、私たちじゃなくて先輩たちの方が抜けるってことで」
あなたたちはもう新興宗教じゃなくてカルトだと思った、ということを伝えてやろうと思っていたが最後まで口にしなかった。
私が尊敬していた先輩がわかってないわけないと信じたい。
「あぁ、あともう一つお願いがあるんだけど、いいか?」
「……内容聞いてから検討します」
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