二人とも嫌な奴

 東京に戻ってすぐに寝込み、泣きじゃくった。

 しかしようやく泣くのにも飽きてきた頃――ふと気づけば年末が近づいてきていた。

 人間、悲しみはそう長くも続かないらしい。

 一日の大半を泣いたり、寝たり、鵺君からのメッセージのスクリーンショットを眺めたり、それでまた泣いたりして過ごしていたので痩せていると思っていたのだが、どうやら太ってきていると気づき、我に返ったのだった。

 いつの間にか東京にも冬はやってきていた。


「寒い。マジかぁ」


 これまで真面目に大学に通っていたので一か月弱サボっていたにもかかわらず、これからの講義すべてに出席し、期末試験できちんと点数を取れば単位を落とすことはなさそうだった。



 私はまるちゃん、今村ちゃんを呼び出し、久々に学内のカフェテリアで会うことにした。

 引っ張り出してきた冬服はクローゼットの防虫剤の匂いがした。


「あんた、よりいっそう白くなって、髪も伸びたね。あとちょっと丸くなった?」

「第一声がそれかよ。美容院も一ヵ月行ってないからね。日光も浴びてないし。太ったのも自覚してるよ。すぐ痩せるから放っておいて。一ヵ月で元に戻すから」


 まるちゃんに言われるまで体形以外はあまり意識していなかったが確かに言う通りかもしれない。

 そして、まるちゃんの影に隠れるようにしていた今村ちゃんが少し頬を引き攣らせて挨拶してくれる。


「お久しぶりです」

「久しぶり……ってほどでもないでしょ」

「だいぶお久しぶりですよ。週三とかで遊んでたんですから」


 今村ちゃんも髪が伸びて、ご自慢の青い髪も根元が黒くなってきている。

 それだけではなく全体的に縮んだような印象も受けた。


「今村ちゃんはちょっと痩せたね。大丈夫?」

「あんまり大丈夫じゃないです」

「不思議だよね、なんで今村ちゃんの方が痩せて、あんたが太ってんのよ」

 まるちゃんの悪態が懐かしく感じる。


 そして、余計なお世話である。


「でもホントに今村ちゃんはなんで窶れてんの? 別に今村ちゃんの推しは元気にアイドルやってるじゃない」

「先輩が心配でご飯が喉通らなくなっちゃったんですよ」

「え? 私のせい? なんかごめんね。めそめそしながら一ヵ月くらいずっと引きこもってたんだけど、この通りなぜか肥えてしまったよ。完全復活したわけではないし、鵺君いなくなって寂しいのは変わらないんだけど、今日からはまた平常営業に戻るつもり。心配かけてごめんね」

「じゃあ、これからも一緒に遊んでくれますか? 【百鬼夜行】のライブは……難しいかもしれないですけど」

「そうだね。【百鬼夜行】のライブは……どうするか考え中。もうちょっと元気になるまでは考えられないなぁ。今はまだ怖くてとても行く気がしないや。それ以外のことして遊ぼうね」


 さすがに鵺君のいないライブを涼しい顔をして観に行けるほどには回復していない。

〝彼がいない〟という現実を目の当たりにしてしまったら、その喪失感に耐えられるとは思わない。再び引きこもり生活に逆戻りだ。

 そうなると流石に半期分の単位は丸ごと落とすことになるだろう。



「で、今日はなんか言うことがあるからわたし達呼ばれたんでしょ? あれ? これから元気に復帰しますって報告で終わり?」


 そう、私は二人に報告と相談があるということで出てきてもらったのだ。

 二人に告げる前は少し躊躇いもあった。

 しかし、繋がっていると思っていても繋がっていないこともあるし、その逆も然りだ。

 友達でなくなってしまうのならそれはそれで仕方ない。


「私さ、オカ研辞めようかと思って。で、また一からやり直すつもりで大学生活頑張ろうかなって」

「お、奇遇だね。わたしもだよ」


 まるちゃんは「私もちょうど今帰ろうと思ってたとこだよ」みたいな口調で言った。


「おや、それは奇遇。やっぱ文化祭で一区切りっていうか気持ちが切れちゃったのもあるし、あのイカカルトも合わないんだよね」

「わたしもほぼ理由は一緒だな。じゃ、二人で辞めるか」

「でも一つ問題がある。辞めちゃったら、私はオカルト全肯定女子大生の名前を返上しなきゃいけない」

「まだそれ名乗ってたんだ、あんた」

「心の中ではね」

「で、辞めてどうすんの?」

「非公式団体としてライブアイドル研究会を発足しようかと思って。みんなで男の子アイドル、女の子アイドル関係なくライブ行ったり、アイドル論とか書いたりする。売れてメジャーになってからもサークルで推してOK。そもそもインディーズのバンドとかダンス&ボーカルユニットとかアイドルじゃなくてもいいってことにしようかなって」

「いいじゃん。わたしも入ろうかな」

「まるちゃんはもう副幹事長に内定してるから。今村ちゃんは会計ね」


 今村ちゃんは首肯する。入るということでいいのだろう。

 そして案の定、まるちゃんは素直に「うん」と言わない。


 ――どうせ入るのに面倒くさいやつだな。


「あぁ、もう入ることは決まってるのね。でも、あんたメンズ専門じゃなかったの?」

「メンズはちょっとお休み。失恋中だから。でも、ライブとかは行きたいからさー。最近まるちゃんが推してるセーラー服来てすごいパフォーマンスする女の子たちのユニットとか気になるなーって思って。Youtubeで見てちょっとハマっちゃったんだよね」

「あ、ホントに? メン地下以外も一緒に行ってくれるんだ。じゃあ、入るよ」


 そこから先は女の子のパフォーマンスユニットやアイドルの現場についての話でひとしきり盛り上がったところで、青と黒の二色髪の後輩が意を決したように口を開く。


「先輩たちがオカ研辞めるなら、あたしも辞めるんですけど……その……あの……うちの演劇サークル来ません?」

「え? 私、演劇はあんまよくわかんないけど」


 私は寡聞にして劇団については、『劇団四季』くらいしか聞いたこともない。

 まるちゃんもそれは同じだ。


「面白いのもあるので一緒に観に行きましょう」

「一緒に演劇観に行くのはいいよ。でも、演劇サークルって体育会系っぽいじゃん」


 可愛い後輩が決死の思いで勧誘してくれているのは伝わるが二年生の冬から既存の大手サークルに入るというのはどうにも抵抗があった。


「ぽくないです。ちゃんと文化系です。二人に入ってほしいのは理由があって……」

「あれ? わたしも?」


 まるちゃんは他人事のようにホットティーを呑んでいたが、自分も勧誘の対象だと聞いた驚きで一気に口に流し込んでしまったらしく、少し咽ている。


「文化祭のイベントの映像をうちのサークルの人たちが観てくれたんですけど、あっちのサークルでもすごく褒めてもらってですね、怪談とかオカルト系の演劇とかやるチーム作ろうかって話になったんですよ。それでそういうのに詳しい人に入ってほしいなって。私も演じる側でやりたいんで先輩たちに脚本とか演出やってほしいんです」

「はぁ」


 正直、面倒くさい8に対して、やってもいいかな2くらいの割合でもあるが、私が失恋で引きこもっている間にこんなにやせ細るくらい心配してくれたのだ。

 それに彼女には多くの借りがある。


「わかりました。そんなに必要としてくれるなら私たち二人も入りましょう」

「わたしの意思を確認してからにしろよ」


 まるちゃんが不貞腐れたように言うが、彼女は私と同じ種族の人間だ。


「いいじゃん。どうせ嫌そうなフリしたところで最終的には入るんだから」

「あんたは本当に嫌なやつだな」

「似た者同士でしょ、私たち。だから二人とも嫌なやつなんだよ」

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