特典会

 ライブハウスのフロア照明が点き、ステージ上とフロアの左右に長机が置かれる

 私たちはステージ上の【百鬼夜行】の物販待機列に並び、各自千円のチェキ券を十枚購入し後に、メンバーそれぞれの列に並び直す。

 この一万円を含む今日のライブにかかる費用は試験監督のアルバイトを二回こなして得た収入であり、親の仕送りではないので何の罪悪感もない。

 私と今村ちゃんの順番はあっという間に回ってきた。


「いつも来てくれてありがとな」

「どういたしまして」


 鵺君は背が高くて、綺麗に手入れされた長い茶髪と幅の広い二重瞼がトレードマークだ。

 黒い着物風の衣装がよく似合っている。

 ライブが終わってから香水をつけ直したのだろう。

 男物の香水の甘くて爽やかな匂いが鼻腔をくすぐる。

 鵺君以外にこの香水が似合う人間などこの世に存在するのだろうかといつも思う。サークルの男性陣がつけていたらとてもではないが許されない。

 アイツらはレモンでも絞って浴びておけばよい。

 この人の前に立つと私は口数が少なくなるか、余計なことをベラベラと話してしまうかのどちらかだ。

 今日の私はどちらだろうか。


「ライブどうだった?」

「いつも通り良かったよ。でも、私は怪談も好きだから、怪談パートがないのはちょっと残念かな」

「対バンだと他のグループのお客さんが怖がったり、退屈したりするからなかなかできないんだよなぁ」

「そうだよね。怪談だけのイベントとかやらないの?」

「ははは、怪談オンリーだと集客が難しい」


 鵺君はそういって自嘲気味に笑った。

 視界の端で青い頭の後輩が眼鏡のアイドルに身振り手振りで何かを一生懸命説明しているのが気になるが、こちらも一万円で十分を買っているのだ。

 一秒たりとも無駄にするわけにはいかない。


「集客があればやっぱりやりたい?」

「それはやっぱりやりてぇよ。怪談の練習にも力入れてるし、ホラーとかオカルト好きにも好きになってもらえないと俺たちの人気も頭打ちになっちゃうだろうからな。怪談好きが来てくれるようなイベントにも出たいけど、知名度が低くて呼んでもらえねぇんだな、残念ながら」

「ふーん」


 私は残り時間と鵺君の反応を予測し、私の頭に思い浮かんだことを話すべきか/提案すべきかどうかを考え、判断する。


「どうしたの?」

「もし、大学の文化祭で怪談イベントやるってことで、有名な怪談師とか芸能人とか映画監督とかと一緒に怪談とかトークとかやってくださいって言われたら出たい?」

「そりゃもちろん。ノーギャラでも出たいくらいだな。大学の文化祭っていうだけで行ってみたい。俺、大学出てないから入ってみたいってのもある」

「なるほどねぇ。わかった」

「ひょっとして俺のこと呼んでくれるのか?」

「さぁ、どうだろ?」


 彼は私が大学生であることは知っている。

あまり期待を持たせたくはないが、今村ちゃんと相談してもいいのかもしれない。


「あと、これは怪談の情報提供なんだけど……」


【百鬼夜行】は創作怪談も演るが、実話怪談が多い。

 彼らは怪談の情報提供をツイッターやインスタなどで定期的に呼びかけていて、ファンの子の心霊体験が採用されたこともある。

 採用されたファンはやはり他のファンよりもグループに対しての貢献度が高いとみなされるし、SNSで誰に提供してもらった怪談かが発表され、やや特別扱いを受ける傾向にあるのだが、採用基準がシビアで、明らかに起承転結がついていたり、オチがベタな作り話は採用されないので、ファンは情報提供に対してかなり慎重になっている。



 私はこれまでサークル外の誰にも話してこなかったイカの話をついにすることにしたのだった。

 せっかく一万円も払って話すのだからと欲が出てしまっている。

 こんなことならもっと色んな人に話してブラッシュアップした完成度の高い話にすればよかったと後悔しながら、ポイントポイントを掻い摘んで一気にまくしたてる。

 早口で、イカの幻想を共有するサークルの話をする私はあまり可愛くないだろう。


「あ、時間だね」


 スタッフの目線で制限時間に気づいた私が鵺君に時間切れを告げる。

 アイドルじゃなくて私の方が終わりを告げるとはどういうことか。


「え? もう終わりか」


 鵺君が驚いて声を上げる。

 他のファンに聞こえているかはわからないが、私の話に耳を傾けて時間を忘れさせたというのはアイドルのファンとして気分がいい。


「それ言うのファンの側でしょ?」

「それもそうだ。でも、君の話すごく興味深いからさ、今度ちゃんと聞かせてくれよ」

「ありがと。またの機会にね」


 今日かなりお金を使ってしまって、金欠なのでまたアルバイトで少しお金を作ってからになる。


「今日は来てくれて本当にありがとな。面白い話も聞けてよかった。これからも応援よろしく」


 そういって彼は手を差し出してくる。

 私は両手で彼の手を恐る恐る握る。


「もちろん。これからもずっとファンだよ。それじゃ」

鵺君の手男性にしては小さく、私と同じくらい指が細く、初夏にもかかわらずひんやりとしていた。


 ――ふつうは温かいんじゃないの?


 という疑問が毎回毎回浮かぶのだが、それを打ち消す嬉しさに支配される。



 ライブの帰り道――。

 まるちゃんは西武線の駅で別れて、JRに向かって私と今村ちゃんは二人で疲れた身体に鞭を打ちながら歩く。

 低めのヒールとはいえ、オールスタンディングのライブのあとは足が痛くて、まともに歩けない。

 スニーカーを履きたいが、少しでも可愛く見られたいという見栄から楽な格好をすることはできないのだ。


「今村ちゃんさ」

「はい、なんでしょう?」

「文化祭で怪談イベントやらない? 【百鬼夜行】と彼らの仕事に繋がりそうな怪談師とかホラー映画監督とか呼んで、怪談とトークイベント。怪談パートは今村ちゃんのプロデュースで」


 今村ちゃんはもともと大きな目をさらに見開く。

 私はどちらかというと切れ長の目で一重であるため、彼女が驚く度に羨ましいという気持ちがふつふつと湧き上がる。

 そして、何に対して驚いているのかを忘れて、話しが噛み合わなくなるということが多々あった。

 しかし、それについては彼女には伝えてあるので「今村ちゃんの目が可愛くて嫉妬していたら、話の内容を忘れちゃった」と言えば、少し遡ってもう一度説明してくれる。


「それ……あたしも言おうと思ってたんです。一緒にイベントやってくれませんかって?」

「特典会で浮かれて、学祭イベントとかやったら来てくれないかとか言っちゃったんでしょ?」

「そうです。先輩も?」

「匂わせるくらいだけどね。でも、ノーギャラでも出たいって言ってた」

「木霊君も同じです。大学の文化祭ならどんな小さな教室でもいいし、ノーギャラで出たいって」


 私たちは笑いあった。


「じゃあ、大谷さんに文化祭でイベントやりたいって言ってみようか」

「先輩から言ってくれるんですか?」

「一緒に言いに行くに決まってるでしょ?」

「やっぱり」

「まるちゃんも連れて三人で提案してみよう。多分、イベントをやること自体はいいって言うと思うけど、芸能人とかブッキングする時にかかる交通費とかお弁当代とか出演料をプール金から出したいっていうのは許可してもらえるかわからないよね。まるちゃんが言うところの【イカ倶楽部】の運営資金に使おうと思ってるだろうし。学祭イベントのチケット代で相殺なんてできるわけないし」

「あ、それに関しては大丈夫です。作戦があります」

「大谷さんはあー見えて彼女いたことあるから、色仕掛けはきかないよ。別れ話の時に彼女が部室で包丁振り回して大変なことになったんだけどね――」

「違いますよ! イベントがちゃんとイカ倶楽部の活動にも繋がるような説明をしますし……恩を売るじゃないですけど、あたしがちょっとくらいお金使っても仕方ないなって思ってもらえるくらいの貢献をすればいいんです」

「どんな?」

「もうちょっと練ったら報告するので待っててください。ちょっと自信あります」

「はぁ。そう。じゃあ、報告を楽しみに待ってるよ」

「ほどほどに期待してください。あと、大谷さんの元カノの話はまた今度じっくり聞かせてください」


 新宿駅に流れ込む、マグマのような人波の熱気にあてられながら、私たちはそれぞれの自宅方面の電車に乗り込んだ。

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