百鬼夜行

 新宿駅東口から西武線方面を迂回して歌舞伎町奥のライブハウスに向かう。

 歌舞伎町を突っ切るのは田舎出身の我々にはややハードルが高い。

 今村ちゃんも関東出身とはいえ、少し抵抗があるようだ。

 すっかり日が暮れているが蒸し暑く、先ほど直したばかりの化粧が崩れてしまわないか気になった。

 だが、それはもう覚悟を決めておくしかない。


「先輩……メン地下推すのって楽しいけど、苦しいですね」

「今さらだね」

「でも、あんたたちが推してる鵺と木霊は楽な方でしょ。他のファンと札束で殴り合いしたりしなくていいし。わたしが推してる狐火なんか一番人気だからファンの競争率高くて大変よ」

「ま、私たちの推しは不人気だからね」


 私が自嘲気味に言う。

 これからライブを観に行くアイドルグループ【百鬼夜行】はメンバーに妖怪の芸名がついており、私が好きな鵺の他に木霊、狐火、鉄鼠、猫又といるのだが、悲しいことに鵺と木霊は常に四番人気、五番人気のポジションを争っている。

 しかし、二人が特別ファンサービスが悪いとか顔が整っていないとかそういった理由からではない。


「不人気なんじゃなくて、まだ活動歴が短いから仕方ないんですよー」


 今村ちゃんがこれまで百回以上は言ったであろう台詞を口にする。

 【百鬼夜行】はもともと違う事務所で活動していた三人組ユニットが今の事務所に移籍した際に鵺と木霊の二人を加えて結成されたグループなので、上位三人は以前のグループの時のファンがそのままついてきているのでスタート地点が違うのである。

 鵺と木霊は【百鬼夜行】でデビューしているので、まだファンが少ない。

そもそも大手芸能事務所に所属しているタレントと違って、テレビに出ることもない。アイドルは星の数ほどいて、私のような変わり者が気に入るようなマニアックさだ。ファンが多くなる日が来るのかはわからない。


「あと、あたしが言ってるオタ活が苦しいっていうのは他のファンとどっちが推しに好かれてるか勝負しなきゃいけないから苦しいって話じゃなくて、もっと有名になって売れてほしいから一生懸命応援するけど、どうしたらいいかわからなくて苦しいって話なんで」


 私とまるちゃんは顔を見合わせて、アイコンタクトをとるがお互いに「あんた何か言ってやれよ」の押し付け合いであり、前向きなものではなかった。


 ――真面目だなぁ。


「今村ちゃんは木霊君が売れちゃって、もうライブハウスとかでライブやらなくなって、チケット取れなくなったり、会えなくなってもいいの?」

「それは嫌ですけど……」


 私だって鵺君には売れてほしいが、売れてテレビで観たいならこんな地下五階でくすぶっているようなグループを推していない。

 最初から大手事務所のメジャーグループを推せばいいのだ。


「ニッチでマニアックなグループを応援するってのは売れてないのも含めて愛していくしかないよね。わたし達みたいなオカルトマニアが好きってことは世間一般には刺さらないってことでしょ」


 まるちゃんが自虐的なことを言う。


「それでも……」


 今村ちゃんが言い終わるか終わらないかのうちにライブハウスに到着してしまった。

 一日中昼間のような明るさを放つ飲み屋街が途切れた先にあるので、ここのライブハウスに来るといきなり夜が覆いかぶさってきたように感じる。



「今日は対バンだから怪談パートないんだよねー」


 古臭い雑居ビルのライブハウス前の黒板のタイムスケジュールを観ると一組二十五分で百鬼夜行はトップバッターだった。

 怪談をやるのはワンマンの時だけで、ツーマンスリーマンの時は歌とダンス、特典会だけとなる。


「私としてはライブなしの怪談と特典会でいいんだけどね」

「あたしもです」

「そんな奇特なファンはあんた達だけだよ。怪談は賛否両論でむしろ無くてもいい派のが優勢なんだから」

「それはわかってるけど、怪談なくしたらこのグループはどこで他のグループと差をつけるのかっていう話になってくるからね。どこも差別化に必死な中では奇を衒いつつもまっとうでしょ」


 アイドルユニットはグループ全体でも個人でも他と差をつけるために試行錯誤をするが、やはり売れていないグループやメンバーはその試行錯誤が失敗しているイメージが強い。

 全員が魚に詳しいイケメンお魚博士グループは人気が出ずに、結成したと思ったらすぐに解散してしまった。

 音楽性で勝負するだとかで何の特色付けもしないグループとやりすぎてスベッたグループは真っ先に消えていく。

 全員が眼鏡だとかそういったシンプルかつつけ焼き刃のようなグループは意外にもしぶとく生き残るので何もやらないよりはやった方がよく、だからといってやりすぎてはいけないのである。

 これが一年以上【百鬼夜行】を追いかけてきて辿り着いた一つの真理である。

【百鬼夜行】の和風テイストの衣装とちょっとホラーチックな楽曲や演出というのは差別化という点ではギリギリで成功している。

 ただ、きちんと差別化しようという意識から怪談が本格的であり、ホラー耐性の低いファンがつかないという大きなデメリットを伴っているため、今のところは地下五階レベルの域を出ていない。


 ――良し悪しだよなぁ。


 今村ちゃんのように売れっこになってほしいとまでは思わないが、せめて地上波の深夜番組にチラッとくらい出られる程度の知名度はほしいところだ。

 ちなみに今日の対バン相手は全員がスーツのホスト系アイドル――実際にホストクラブが運営母体であり、十八歳以上のファンをホストクラブに誘導するので悪質だと叩かれている――と、ゴキブリだとか蛇だとか嫌われモノたちが人間に好かれるために人の姿となってアイドル活動をしているという設定のゲテモノグループ――こいつらはすぐ消えるだろう――とのスリーマンだ。

 客観的に見ても【百鬼夜行】が一番マトモだが、ワンマンではどれだけ頑張っても三百キャパの箱は埋まらず、こういった連中と対バンしなければならないというのが現状のランクを物語っている。


 ――もうちょっと売れてもいいかもね、たしかに。



 私たちはチケットの整理番号順に整列させられ、地下のライブ会場へと階段を下っていった。

 受付でドリンク代六百円を支払い入場する。

 最前管理と呼ばれる最前列を陣取って他の観客の妨害をするファンが高いヒールを履いているため、前方よりはやや下がり気味の場所に三人で並ぶことに。


「あれってどこのファンですかね?」


 今村ちゃんが小声で私に囁く。


「さぁ? でもあんな高いヒール履いて後ろの人が見えないように意地悪するのって、アイドルからの印象悪くならないのかな?」

「整番良くて最前行けるならむしろあんなヒール履かなくていいのにね。あと、ここってステージ高いからちょっと下がったこのあたりの方が見やすいよね」

「そうですね。まぁ、あたし達はいつも通りまったり観ましょう」

「【百鬼夜行】は不人気ゆえにファン同士のライバル視が少ないのかもね。他のファンを排除したらアイドル本人の生活にダイレクトに響くから多少気に食わないファンがいても、お金使う限りはわざわざあんなことしないし。まぁ、狐火オタは人数いるから結構ギスギスしてるけどさ」

「最後にいらんこと言うなよ」



 ライブは正直可もなく不可もなくといったものだった。

 平日の夕方ということもあり、客入りは悪く、三組のファンはそれぞれ二十人ずつも来ていない。

 五十人にも満たない観客で、ステージ上にいるアイドルを応援しているのがフロアの三分の一では盛り上がりようもない。

 アイドル側も観客側も早くライブが終わって、特典会が始まることを望んでいるのではないかとすら思えた。

 私たちはステージ上から何度も指を差されたり、手を振られたりしたため、その都度一応は歓声を上げて、手に持ったペンライトを振った。



「今日のライブしんどかったな」


 私が小声で言うと後の二人は曖昧に笑った。

【百鬼夜行】の出番が終わると私たちは暇になる。ライブハウス後方のバーカウンターまで下がって、入場時にもらったドリンクチケットと飲み物を交換して飲みながら、ダラけていたところ【百鬼夜行】のメンバーがフロアに下りてきた。

 私は二人を肘で突いて気づかせる。

 他のグループのパフォーマンス中であるため、暗黙の了解/マナーとして話しかけたりはしない。

 そして、他のファンたちも次々に気付きはじめ、緊張感が伝染する。

はっきり言って後の二組に対してはまったく興味がない。

 だが、【百鬼夜行】の出番が終わったからといって、ステージを一切観ずにおしゃべりやスマホゲームに興じる姿を見せるわけにはいかない。

 だからといって、他のグループを【百鬼夜行】と同じように熱心に応援するとそれはそれで浮気のように思われてしまうかもしれない。

 ゆえに私たちは【百鬼夜行】のファンでありながら、それなりにステージ上に興味を持って観賞する振りを一時間強演じきらざるをえなかったのだ。



「木霊君なんか今村ちゃんの真後ろに立ってたもんね。あれは地獄だね」

「今日ほど自分の髪が青であることを後悔した日はありませんね」

「態度悪かったら一発でわかるもんね」


 その間、頭の中のイカはくるくると旋回を続けていた。


「今村ちゃんさ、イカどんな感じだった?」

「回ってましたね」

「一緒」

「なんなんですかね?」

「なんでもないんじゃない?」

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