森烏賊の会

 私が知らないうちにイカ教団は【森烏賊の会】という冗談とも本気ともつかない名前に決まっていた。最初は山烏賊だったそうだが、山烏賊と書くと山菜のウドや他の生物を指すということで森烏賊になったのだそうだ。

 知らないうちに、というとやや語弊があるがどんな名前になってもいいと投票を放棄したので結果だけの報告をもらったのだ。

 またもう一つ決まったこととして、今回の初期メンバーは教団内専用の別名をつけるらしい。所謂、宗教名だとか。

 イカに関係する単語であればなんでも構わないということだが、正直考えるのも面倒くさかった。

 教祖である苫野先輩はダイオウイカの学名「アルキテウティス」という名前らしい。

 聞いても二秒後には忘れてしまうような名前だ。そもそも覚える気もない。

 岩崎から連絡をもらって知ったのだが、苫野先輩の名前は大谷先輩がつけたらしい。教祖らしく格が高いイカの名前でないと恰好がつかないということだとか。


――先輩はタコイカとかでいいでしょ。イカの格ってなんだよ。


 なんてことをイカの種類が掲載されたサイトを見て、見つけた「タコイカ」の項目を見ながら思う。

 大谷先輩が「ヘテロロリゴ」で、岩崎が「ウロテウティス」らしい。


――剣先イカと槍イカね。中二病っぽいセンスだなぁ。


 この名前は幹部だけ序列がついて、その他は全員並列となり、誰かが教団を抜けるとその名前は次の新人に引き継がれるらしい。

 畢竟イカネームは今後も最大で二十までしか存在しない。

 私はもっと空飛ぶスパゲッティ・モンスター教のようなポップでパロディじみたサークルのお遊びだと思っていたのだが、〝真剣に遊ぶ〟ということに対する他のメンバーとの温度差を感じたので、この名前も面倒くさくはあるが面白おかしいものにして、少しみんなの顰蹙でも買ってみようかという気持ちになっていた。


 ――イカリングとかにしようかな。


 ここで私がふざけた名前をつけて、みんな――特に大谷先輩――がどのような反応をするのか見てみたいという気持ちはどんどん強くなってくる。

 だが、これからどのくらいの頻度で参加するかはまだ不明瞭でも「イカリング先輩」と呼ばれるのはやや気が引ける。


 ――いや、イカネームで呼び合うことはないか。先輩たちの名前覚えられないし、絶対噛むし。


 お互いを呼び合うものとしてあのアルキメデスなんとかみたいなものはあまりに適していない。あくまで称号のようなものだろう。

 そして、私がサークルを引退、卒業した後にも存続していた場合に誰かが「イカリングちゃん」になってしまう。

 だが、真面目な名前をつけたくはない。

 ウロボロスなんやらみたいな名前で呼ばれると思うと背筋が寒くなる。

 まるちゃんなどは腹を抱えて笑い転げるだろう。

 おそらく、まるちゃんのセンスはイカリング寄りだ。

 今村ちゃんは「ホタル」にしたらしい。


 ――日本語もありなのか。その発想はなかった。可愛い方に寄せてきたな。


 名前については大谷先輩から催促の連絡がきている。

 決めていないのはとうとう私一人になってしまったらしい。

 私は逡巡した挙句――先輩に電話をかけた。


「カラマーロにします」

「どういう意味だ? よく耳にはする気がするけど、どこで聞いたかはパッと思い出せない単語だな。カラマーロ」

「イカリングですね」

「イカリング!?」

「そのままイカリングでもよかったんですけど、みんなの名前を見てちょっと空気を読みました」

「お、おう。空気が読めているかはかなり微妙だけどな」

「一人くらいちょっと面白いのがいてもいいでしょ。みんなで楽しくやる企画なんだし。別にイカに関係する名前ならなんでもいいんですよね」


 電話の向こうから小さな溜息が聞こえる。

 先輩の意図/希望する方向性からかけ離れているのは自覚していた。

 だが、私の妥協点の限界はここだ。

 カッコつけたり、かわいこぶったりすることに対して恥ずかしいという気持ちが強すぎるがゆえに周囲に合わせることができずに失敗してきた。

 義務教育時代に通知表には常に協調性がないと書かれてきた。

 だが、これが私なのだ。


「ま、お遊びの企画だし、一人くらいおちゃらけたのがいてもそれはそれで面白いな。いいよ。じゃあ、お前はカラマーロってことで」

「あざす」


 私は努めて明るい声を出した。

 たった数秒の攻防だったが、先輩は折れた。

 却下して違う名前にしろだとか言うこともできたし、説教することもできたが、認めるのが一番得な選択だと思ったのだろう。


「大谷さん」

「ん?」

「私、嫌がらせでイカリングとか言ってるんじゃないですよ」

「わかってるよ。お前、恥ずかしがり屋だからな。照れ隠しだろ。ちょっとふざけた感じ出さないと苦しくなっちゃうのはわかるよ。もう一年以上お前の先輩やってんだから」

「へへ。あざす」


 先輩は小太りで全然好みではないので好きにならずに済んだが、これで清潔感のあるイケメンだったら危ないところだった。

 私は大谷先輩を掻き消すために、【百鬼夜行】のライブ動画を観始める。


 ――あー、鵺君付き合ってくれないかなぁ。他のファンに叩かれてもいいから付き合いたいなぁ。イカも回るなぁ。

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