-8- 独白

 扉が開く。ゆっくりと。静かに。


 ラオレは少し緊張した面持ちでこちらを見つめている。私はふいと目を逸らして、窓のそばのテーブルに置いた小さな時計に目をやった。時計はいつの間にか夜中の12時を指していて、雨が滴る窓の外には真っ暗な森が広がっている。


「あなたが私の正体について知りたがっていること、わかってるわ」


 私は振り返ってラオレの目をじっと見つめ返す。私の瞳の中には微かな怯えがあったことだろう。ラオレは私の言葉に戸惑ったような表情を見せたものの、すぐにいつもの落ち着いた表情になった。


「もう、わかってましたか」

「あなたのことは手に取るようにわかるのよ。なんでかしらね」

「年の功、でしょ」

「年寄り扱いはやめて」

「褒めているんですよ」


 雨粒は窓を打ちつけ、柔らかい間接照明が練習室を照らしている。すると彼は、私の胸元あたりに視線を送った。


「それ、なんのレコードですか。見たことがないな」


 私は胸に抱えるようにレコードを――『炎舞』を抱えていたらしい。私は焦ってそれを体の脇に寄せて隠した。


「なんでもないわ」

「……あの。悪いんですけど、俺のことってそんなに信用できませんか」

「なんでもないって」

「隠し事はやめてください、と言ってるんです」

「誰にだってあるでしょう、秘密の一つや二つ」


 苦し紛れに反論するも、彼はゆっくりと私に近づいてくる。私はすっかり焦ってしまい、そのレコードをラオレから守るようにきつく抱いて背中を向け、縮こまった。すると、背中の向こうで彼が小さくため息をついたのが聞こえた。


「そんなに怖がらなくても」

「……っ」

「本当に大切なものなら仕方ない……とは、言いませんよ。僕はあなたと、共有したい。あなたの秘密も、過去も」

「……やめて」

「だめですか」


 顔だけ振り返ると、ラオレは真剣な眼差しでこちらを見据えていた。私はそこで気づいた。――彼は本気なんだ。ただの興味とかそういうんじゃなくて、本気で私の秘密を知ろうとしているんだ。


「……言っても、逃げない?」

「はい」

「知っても、後悔しない?」

「もちろん。覚悟ならできてます」


 その真剣な物言いには、嘘は感じられなかった。彼の真摯な態度に私は、捻じ曲げていた体を元に戻した。ラオレに近づくと、彼は『炎舞』を私の手元からするりと抜き取るようにし、ジャケット写真を確認し始めた。


 ラオレは驚いて、声を上げた。


「こ、これって!?」


 ラオレの声は上ずっている。それもそうだろう。


 ジャケット写真に写る女性型アンドロイドと、瓜二つのアンドロイドが目の前にいるのだから。


 私は緊張しながら彼の顔色を伺っていた。彼が何も言い出さないのを見かねて、私は口を開いた。


「そうよ。そしてそこに写されているのは、若い時の私。製造10年目、ってところだったかしらね」


 ラオレは黙っている。驚いて声も出ないらしい。

 

「このレコードはベストアルバムなの。フレアはそのアルバムを最後に行方不明になって、社会的には『死亡した』と処理された。それでもこのレコードは特別で」

「特別……」

「このレコードには、アンドロイドに心を与える効果がある――といえば、ふさわしいかしらね」


 ラオレはしばらくの間ぽかんとしていたが、次第に柔らかい顔つきになった。彼の瞳は驚きと尊敬の意が込められているかのように光っていた。


「ずっと考えていたんです。一番最初にアンドロイドに心が生まれたのはいつなのか」

「そう」

「きっかけは、あなただったんですね」


 ……そう。


「そうよ。私は、フレア・アルメリア。私のデータを元に作られたそのレコードで、全てのアンドロイドの心が生まれたの」

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