-7- 見ていた夢・見ている夢

 ついに話す時が来たのかもしれないと、私はとあるレコードを手に取っていた。


 忌々しくも懐かしい、悲惨で甘美な記憶と記録の数々。それらを凝縮した、『炎舞』というタイトルに似つかわしい炎のようなそのレコード。


 そのジャケット写真には、若かりし頃の私が赤いドレスを翻している姿が写されている。金色の髪は今より少し短く、化粧はかなり濃い。名前は私の本名ではなく、「フレア・アルメリア」とだけ書いてあった。


 そのレコードのカバーの中に隠した、小さな記録媒体を私は手に取る。角砂糖ほどの小さなメモリーを内蔵したそれに、私は自分の左手に埋め込まれた接続コードを抜き上げて刺した。


 私の人工大脳に情報が読み込まれ、当時のニュース記事が脳内でホログラムのように投影される。


『フレア・アルメリア、行方不明か アンドロイド研究所と警察による捜索開始』


 それは昔、はるか昔、私が名実ともに世界で一番有名な歌姫であった時代の記録。私が逃げ出した夜の、絶望と希望が入り混じっていた頃の記録。


『この行方不明事件がどのような結末を迎えるのか、様々なメディアが注目しています。彼女は一体どこへ行ってしまったのでしょうか――』


 その後も結局フレアが見つかることはなく、事件は時効として処理される。フレア・アルメリアは社会的に失踪――そして死亡したことになり、著名なアンドロイドで初めて「死」を体験した人物としても知られている。


 そしてフレアは、アンドロイドに心を与えることのできる存在。どんなに頑固で譲らないアンドロイドでも、手に取るように思考をくすぐり、心の一端を作り出すことができる。それが、それこそが、フレアが恐れられかつ渇望される理由だ。


 フレアの能力さえあれば。


 世界中のアンドロイドを手に入れることだってできる。


 その研究に付き合わされているなんて知らなくて、私は何の気もなく研究所に向かっていたけど。私はもう、あの頃の自分に戻りたくない。


 研究所で明け暮れるほど精密検査を行い、より効率的に心を与えるために曲を書き、歌い、踊り、慈悲深い微笑みを絶やさない。終わったら次、次が終わったらそのまた次、その繰り返し――。


 憧れの対象になることが、どんなにつらいことか。私はよく知っている。


「……こんな話、今更したところで」


 ラオレは、怖がらずに聴いてくれるだろうか。


 そんなことを考えているのも、先程、ラオレから話があると言われたからだ。どうやら今後に関わる大事な話らしい。どんな話かは、言われるまでもなくわかっていた。


 彼の最近の行動や言動から察するに、彼は「アリス・フランシェリアの過去と正体」について話したがっているんだと思う。


 彼がこの話を聞けば、きっと私への印象ががらりと変わるだろう。そしてその後、私たちが作り上げた関係がどうなるかはわからない。けれど、もし彼が私を嫌ったとしても、私は彼を恨むことはないと思う。それが運命だと、受け入れる覚悟はできていた。


 でも、私は……。


 この気持ちは、心にしまっておくべきなのだろうか。もし私が人間なら、きっと涙を流していたことだろう。それくらいに、胸の奥のモーターがきゅるきゅると音を立てているのがわかる。


 ヴィルセンとは違う不思議な魅力を持った彼のことを、私はこれからも見ていたいと思う。


 そばにいたいと、思う。


 恋とも愛とも違う、特別で不思議な感情。私は彼に「つながり」のようなものを求めている。これが絆? でも、マリエッタと私にも絆はある。それとは何か違うのよね、彼は。


 私が深呼吸をするとともに、ピアノ練習室の扉がノックされた。私は小形端末との接続を切り、コードを腕に閉まって応えた。


「どうぞ、入って」

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