第43話 黒いものを銀に


 ガバリと仰ぎ見たリヴィオネッタは至極真面目な表情だから、余計に当事者であるミリオンは頭が痛い。黒髪も強烈な光を当てれば、或いは銀に見えたりもするのかもしれないが。


「もしお前の言う通りの者であるなら、お前ではなく私にこそふさわしい。その者を私に――」


 レンブランの声が途切れて、リヴィオネッタからピリリと刺す気配が発せられる。


「私の自由を奪おうとするだけでなく、小さな世界に君臨しようとするちっぽけな虚栄心のために、私の大切な者に手を伸ばそうと言うのか?」


 目に入る僅かなリヴィオネッタのパーツが、薄黒く見え始めて、ミリオンは何度も目を瞬かせる。


(リヴィがくすんでる! ううん、くすみじゃなくってもっと濃くなってる。煤けているわ!!)


 はっきりとした理由は無いが、このままリヴィオネッタを煤けさせては、彼のキラキラした尊さが損なわれるばかりか、ミリオンにとって重大な損失になる予感がする。だから思考を巡らせ、なんとか食い止める手段を考え――直前に聞いていた、ある言葉をようやく思い出した。



『困ったことになってたんだけど、今のミリとなら何とかなりそうだから。一緒に来て、僕に話を合わせて!』



(そうだった!!!)


 確信に満ちた視線をリヴィオネッタに向ければ、ぎょっとした煤けた顔が目に入る。


(煤けさせたりしないから! 推しの為なら何が何でも、何とかして見せたい――――!!!)


 強く念じる。


 リヴィオネッタを救うために。


 黒いものを『銀』に見せるために――



(思いっきり輝け! わたしの髪!! それでもって、リヴィを苦しめないで――――!)


 想いに呼応して、今まで魔導書を手にしていた時の様に、頭全体がカッと熱くなり、不思議な『何か』が腕を通って手の平から放出されて行く。


 魔導書を通してしか魔法を使えなかったミリオンだった。


 けれど『読ませてくれるまで待つ本』は、視覚を通して彼女に魔法を使う為の力の通り道を刻み込んで行った。魔導書が放っていた魔法は、本来ミリオンが持っていた奥深くに眠る力だった。愛されず、虐げられて、自身を守るために鎧った心が自由を奪う枷になり、表に出せなくなっていた魔法の力だった。


 その鎧は、リヴィオネッタを推し始めてから少しづつ軟化し、オレリアン邸を飛び出したことにより、ほぼ消え去っていた。つまり推し活が、本来の彼女を取り戻す後押しとなったのだ。


 そのミリオンが、ついに自分の意思で魔法を発動させた。



 ミリオンを中心に、カッと真っ白で清廉な光が発せられる。


「リヴィを苦しめるのは止めて!」


 離れて――と念じつつ頭に浮かんだのは、破落戸ごろつきを退けた姿。


素のビアンカゴースト召喚!!!」


 朗々と唱えるミリオンの声が、白く輝く室内に響き渡り、現れた何体もの恐ろしい形相の翼の無い天使が周囲をグルグルと飛び回る。


「うわぁぁぁ!!! 使徒様がお怒りになった!」

「リヴィオネッタ様に手出しをするなと警告されている!」


 女とレンブラン以外の複数の声が、狼狽え、恐怖に慄いてあちこちから発せられ、更に逃げ惑っているのかガチャガチャ、ドタバタと音が続く。


「リヴィは優しい人です! 重い役割があっても逃げ出したりはしないと言っているではありませんか! 彼は心を縛り付けない、ささやかな自由が欲しいだけなんです!! 優しくて、責任感が強くて、キラキラ綺麗で、格好良くて、誰よりも尊い、彼を信じてください!」


 雑音に負けじと叫ぶと、抱き締められていた腕が僅かに緩んだ。「何故?」と腕の主を見上げると、一切の黒が消え、代わりに真っ赤に染まった顔で口元をふるふると堪える様に歪ませるリヴィオネッタが、天を仰いでいる。


「リヴィ! そんな、悲観して神様に祈らなくても、わたしはリヴィ推し一筋ですからねっ!!」

「あー……もぉ」


 重ねた言葉に、片手で顔を覆ってしまったリヴィオネッタは、一つ大きな深呼吸をすると再びミリオンの髪を一房手に取り、引き寄せる。


 辺りを照らす強烈な光のせいか、その髪は銀色に輝いて見える。


「ミリが居てくれたら僕は僕でいられる。ミリこそ、僕にとって掛け替えの無い人だよ」


 そう言いながら口元に銀髪を持って行くリヴィオネッタに――――


(きゃあぁぁぁぁあぁぁ!!!! 見ていられないわ)


 推しの破壊力に、興奮が限界値を越えたミリオンは、彼の手の中の髪の行方を見届けることなく―――意識を手放ブラックアウトした。

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