第44話 ミリオンの与り知らぬ事の顛末


 次に見えたのは、いつもの明るい緑の景色の中に、柔らかく微笑む推しの姿と、胸に落ちたいつもの黒髪だった。


 ブラックアウトからの復帰に、ゆるゆるとしか動かない頭で、少しづつ状況が見え始め――


 倒木に腰掛けるリヴィオネッタに横抱きに抱えられている――と、理解するなりミリオンは「わたしったら、なんて勿体ないことをしてるの!」と叫んで、リヴィオネッタの大笑いを誘ったのだった。


 彼の話によればミリオンが使った魔法により、兄であるレンブランは、強引にリヴィオネッタを引き込もうとするのを諦めたとのことだった。


 どんな経緯で彼らが納得したのか子細は分からないが、彼を救えたなら良かったとミリオンは穏やかに微笑んで、胸を撫で下ろしたのだった。




 * * * * *




「レンブラン様! わたくしとリヴィオネッタ様との婚約の話はどうなりますの!?」

「ええい、使徒を2人も敵に回しては、跡継ぎどころか身分や下手をすれば命すらどうなるや分からん! 婚約は別を当たってくれ!!」

「まあ、公爵家のわたくしを馬鹿にしていますの!? このことはお父様にも話させていただきますわ。後ろ盾と権威の恐ろしさを、一度しっかりご自分の身をもって理解されることですわね」


 池の中に座り込んで半身が水に浸かりながら、女とレンブラントは互いに罵り合う。


 使徒の特質を強く引き継いだ、末の弟の引き込みに失敗したレンブラント。彼は光溢れる部屋から騎士らと共に我先にと飛び出し、『憤怒の天使』に追われるまま広大な居住区の、滅多に足を踏み入れない一角に辿り着いていた。


「とんでもない魔力の流れを感じて来てみれば、何と云う有り様だ」


 その2人に向かって、心底呆れた声が掛けられる。


 わざとらしいほど大きく溜息を吐き、冷え冷えとした笑みを向けられたレンブランはギクリと全身を強張らせ、女は媚びた笑みを浮かべつつ頭を下げる。声の主は、彼らが普段踏み入ることのない『継承権を争う居住区』の主――長兄だ。『憤怒の天使』に追われ、激しい旋風つむじかぜに流されて辿り着いた場所が権力を争う相手の所有地テリトリーだったのは偶然にしては出来すぎな不運だった。


「大体の報告は上がってきているが――父上もお前が何を仕出かしたのか、非常に興味があると仰せだ。すぐにその女と共に謁見の間に行け。女、お前の父親もじき到着するであろう」


 浮かべられた柔和な表情とは裏腹の、すぅと細められた目には、獲物を捕らえようとする猛禽の鋭さが宿っていることをレンブラントは知っている。だからこその焦りだった。


 虎視眈々と唯一の地位を脅かす存在の排除を考えていたのはレンブラントだけではない。長兄も偶然訪れたこの好機を逃す気は無い様だ。




 レンブランは、この騒ぎで、数々の後ろ楯を無くし、継承順位の降格を招いたのだが、それはミリオンの与り知らぬ子細の一つ。彼女の推し活に暗い影を落としかねない出来事を、見事回避した後の止めであったのだが――リヴィオネッタは敢えてその顛末はミリオンには語らなかった。


 林の中、推しの膝の上で目を覚まし、ひたすら照れつつも幸せそうなミリオンに、リヴィオネッタが「ミリの穏やかさが、僕を僕らしく居させてくれて救ってくれた。ミリは僕の恩人だ」と告げたことで、このでの騒動は幕を閉じたのであった。

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