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「一度、俳優だって嘘をついたことがある。俺は変な連中の集まるチームに参加していた。参加っても別に仲間になったわけじゃない。その場にいただけだ。終いにゃあみんないなくなっちまったんだけど……。とにかく、そこに一人新しく女が入ってきた。そいつは最初に俺に話しかけてきたんだ。そのときにでまかせでね。そいつも今はどこで何をしているんだか。別に知りたいわけじゃない。ただ、俺とちょっと関わってしまった影響が、今の人生になければ良いって思うだけだ」


「高校に行かない選択をして、その集まりに参加して何を学んだの?」


「そりゃあ人生経験だよ。それ以外何もないね」


 人生経験。彼にはいろいろなことに対する余裕がある気がした。態度、雰囲気、煙草を吸う仕草とかに。女の子の扱いにも慣れているような……ただの直感でしかないのだけれど。


「人生経験」


「かっこつけただけさ。人生経験なんて何もない。無駄にした時間のことを経験と呼ぶなら間違いなくそうだな。高校に行かなかったのだって、勉強が嫌いだったってわけでもなく、友達がいなかったわけでもなくて、別にいじめられていたとかそういう理由でもない。その時に両親の仲が悪くなりすぎたってだけなんだ。そんで離婚するとかしないとかって話になっちゃってさ。離婚するなら金がなくなるだろ? 世間の相場としてさ。だからさ……。……でもな、そんなのは全部言い訳なんだ。それは間違いないんだな。結局、自分がそれを選んできたってわけだ。行こうと思えばいけたんだ。でもそれを選択する勇気が根本的に、俺にはなかったってことなのさ」


 彼はそこまで一気に言うと、私の方を見てニコッと笑って、窓の方に視線を向けてしまった。会話は終わったのだろう。少しだけでも彼の人生が聞けて良かった。私のことを聞いてくれたらもっと良かったのに。


 私は同じ時間を過ごしている人のことを何も知らないってのは味気ないきがするんだけど、彼はそんなことには興味がないんだろうな。せっかく一緒にいるんだから彼のことを知っておきたかったんだけどな。……変だよね、だって普段だったら絶対にそんなことは思わないのに。悠二のことだってそうだった。だから私は友達も少ない。


「私はね」


 黙るつもりだったけれど、言いたいことがあった。それが生まれてきたんだろうな。彼の話を聞いた時から、話をするつもりだったのかもしれない。彼は相変わらず前をじっと見ている。そんなにこの風景が珍しいのだろうか? 私には、どこも同じようにしか感じない。


 ここが千葉県だろうがどこだろうが、外国であろうが、風景にたいしてなんて何も感じないと思う。そりゃ最初は驚きがあるかもしれないけれど、そのうちいつもと同じように感じるはずだ。いつも見ているものに。


「私は今学生……大学生なんだけれど、別にやりたいことって何もないんだ。中学はまあ家の近くの学校に行くことになっていたからそのまま進学したのだけれど、高校は……まあいろいろと選ぶことができたわけ。頭がいいってことは全然ないから、よりどりみどりってわけじゃないんだけれど、それなりには選べたんだ。でもね、私は自分で選んでいるようで、結局は何も選んでなんていなかったんだ。選んでいたような気がしていただけ。それで高校で新しい友達ができて、なんなら彼氏もできたわけだけれど、それさえも自分が選ぶよりも、なんとなくでそうなってしまったような気がしてて。不思議なもので、そういう自分が選ばなかった状況が続いてても、私にとってはうまく行くことの方が多かった。違うな。そんな気がしていた、ってだけなのかもしれない。とにかく、私は何もない気がしているんだ。何を手にしても」


 私が急に話し出して、彼は何も聞いていないかもしれないって思ったから隣を見た。耳の形がさっきと少し違ったから、話は聞いてくれているんだろうと思った。そのくらいは見てれば分かる。彼は正直で顔に出ちゃう人なんだろうな。


「聞いているよ、ちゃんと聞いている。俺はいつも、どんなときでも人の話はちゃんと聞くんだ。不思議なもので、人は聞くより話したいって欲の方が強いのかもしれない。今君の話を聞いているわけだけど、別に不快でもなんでもないから、続けて」


 また電車が止まって、○○駅、とアナウンスが流れる。知らない駅。そういうことも彼は全部聞いているのだろう。どうしてそんなことをするかって? そんなことは私がわかるはずがない。だけど、彼はずっとそうしてきたんだと思う。そうじゃなきゃさっき言ったような台詞は出てこない。でももう私の中に言いたいことは残ってなかった。だから聞いてみることにする。どっちだって私のやりたいことなんだから。


「ねえ、さっき中学もろくに通わなかったって言っていたけれど、それで何か困ることってあった?」


「困ること、ねぇ。もし、就職とかする気になったとしたら困るだろうな。現実的なのは土方になるか、あとはアルバイト上がりで社員になるとかだろうけれど。俺にその根性あるかな」

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