コウと若のおまけラブコメ 『お昼休みの "あーん"』

俺とわかが恋人関係であるという事実に騒然となったクラスも、昼休みになるとさすがに静かになっていた。


とはいえ、わかに一目惚れしたと思しき一部の男子たちは、




「──どうして、嗚呼、神よ、どうして我にこのような試練を……」


「──あり得ない。ビビっときたんだ。俺の運命の人のはずなのに……何故よりにもよって失踪くんと……」


「──ゴンッ ゴンッ ゴンッ」(無言で机に頭を打ち続ける音)




どうやら衝撃の事実発表に脳が破壊されてしまったらしく、ひたすら沈鬱な空気を生み出していた。なんだか目も当てられない。




「コウくん、お昼休みね」


わかはそんな空気感など最初からまったく気にする素振りもなく、迷いなく俺の方へとやってきた。


「いっしょにご飯、食べましょ」


「う、うん……ただ、できればクラスの外で……」


「? ええ、もちろんいいわよ」


俺は わかの一挙一動に集中するみんなの視線から逃れるように、教室を後にした。




* * *




「へぇ……こんな場所があるのね」


「ああ。ゆっくりとご飯を食べるにはいいところだよ」


俺がやって来たのは教室移動の授業などで主に使用する棟の、屋上前の階段の狭い踊り場だ。机と椅子が積み上げられていて、お昼を食べるに適している。しかし、誰も知らない穴場だ。


……なにせ、俺が空き教室の机と椅子を運び込んで作った場所だからな!


俺は普段、教室に居場所がないのでこういった集団からの退避場所をいくつか作っているのだ。決して、自慢できることではないのだが。


「じゃあ、食べましょっか」


「そうだね」


俺と わかはそれぞれ学校の購買で買った、プラスチック容器に入ったお弁当を広げる。俺のは温玉唐揚げ丼、 わかは何と肉弁当という、一見して意外なチョイスだ。


「お肉、好きなの?」


「まあ、嫌いじゃないわ。病院じゃあまり食べられないしね」


「ああ、病院食って確かにあんま肉っぽさなさそうなイメージあるな」


「ええ……それに、それだけじゃないわ」


わかはお肉でお米を少し巻くと、お箸でそれを持ち上げて──




「はいっ、あーん」




なんて、俺の口に向けて差し出してきた。




「……えぇっ!? ど、どうしたの突然っ!?」


「1回やってみたかったのよ。ほら早く、あーん」


「う、うん……あがー」


大きく口を開ける俺に、 わかがそっとご飯を入れた。モソモソと咀嚼する。


「……高級和牛が目じゃないくらい美味い」


「高級和牛食べたことあるの?」


「無いけど……つまり、想像を絶する美味さ」


「そう。よかったわね、お弁当屋さんに感謝しなきゃ」


「違う違うっ、 わかが『あーん』をしてくれたからこそのおいしさなんだって! もちろんお弁当も美味しいけど、今の俺の感想は『あーん』が10割を占めてるんだよ。生まれて初めての『あーん』……最高の『あーん』初体験だった……」


「わ、分かったから……あんまり『あーん』って連呼しないでくれる……?」


何故だか『あーん』をしてきた わかの方が照れ始めていた。


「くっ……コウくん、あなた手ごわいわね……ちょっとくらい顔を赤くしたらどうなの……?」


「えっ? ごめん、『あーん』を味わうために集中し切ってて……」


しかし素晴らしいものだった。『あーん』。世間のカップルはこれを日常的にやるんだろ? おいおい、羨まし過ぎるな。


「俺たちも世間からの遅れを取り戻さなくちゃな──というわけで、 わか


「えっ?」


「はいっ、あーん」


俺は唐揚げをひとつ箸で摘まむと、 わかの口元へと差し出した。


「イヤよ」


「えっ、なんでっ!? 絶対美味しいから! 俺が言った意味を理解できるはずだからっ!」


「い……イヤったらイヤなのっ!」


わかはフイッ、と顔を背ける。その顔はめっちゃ真っ赤だった。


わかがするのはよくて俺はダメなの……?」


「そう。ダメなの……!」


わかは誤魔化すように再びお弁当を食べ始めながら、


「……らって、恥ずかひぃもん……」


モゴモゴと小さく呟いていた。




恥じらうわかの姿が、鼻血が出そうなくらい可愛かった。

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