コウと若のおまけラブコメ 『時期外れの転校生』

──5/30(月)。朝。


わかが意識を取り戻してから1週間が経った。


朝のHR前、騒がしい教室で……俺は今日も今日とてソワソワとしていた。


「ああ、早く学校終わんねーかなぁ……」


今日も学校が終わったら早々にわかの待つ病室に行くつもりである。


わかは体のリハビリと経過観察が必要なため、まだ病院暮らしの身の上なのだ。だから俺はわかが目覚めてからも毎日のように通い詰めていた。何気ない日常の出来事を話し、笑い合って、一緒にテレビを見たり、お菓子を食べたりして日が暮れるまで過ごし、『また明日』と言って別れる……。




……嗚呼、なんて幸せな日々。ビバ、彼女の居る生活!




「ぐへへへ」


「──うわ、なんか【失踪くん】がニヤけてるよ……」


「──やっぱヤベェ奴じゃん。近寄らんとこ……」


おっと、いけない。ついだらしなく口元を緩めてしまった。なんだかクラスメイトたちの視線が針のように痛かったので、俺は表情を努めて引き締める。


……ていうか、失踪くんて。


何だか俺はそういう風に呼ばれているらしいよ?


まあ、GW中にあった登校日と、その日にあった体育祭の合同練習とやらも思いっきりサボってしまいクラスメイトたちに迷惑をかけてしまったようだし……実際に丸1年異世界転移で失踪扱いされている過去もあるし、彼らの俺に対する呼称を責められはしないのだが。


さ~て、そんなわけで。


今日も今日とて、友達がひとりもいない俺の学校生活がはっじまっるよ~~~!


……でもいいのだ。俺にはなんせ、【彼女】が居るんだからな!


その事実だけで俺の心は強く明るく保たれる。




「──おはようございます、みなさん。HRを始めますので着席しなさい」




クラス担任が教室へと入ってくる。ツバメ先生の後任で俺たちのクラス担当になったお堅めのメガネの男性教諭だ。


「今日はHRを始める前に……急きょこのクラスへと転入することになった転校生の紹介をします」


ざわっ──!


と、クラスが一気に騒がしくなる。


「おいおい、マジかよ!」


「こんな時期に転校とかあるんかっ?」


「おい、いつの間にか教室の後ろに机1個増えてるやんけ……!」


盛り上がるクラスの生徒たちに構わず担任は、「どうぞ、入って来てください」と教室の外へと声をかける。


スッ──と、緊張した素振りもまったくなく教室へと入ってきたのは……




「初めまして。本日よりこのクラスにお世話になります、石神 わかです」




わかだった。


「……えっ?」


わかがそこに居た。


……え、俺……もしかして幻覚見てる?


ゴシゴシと目を擦る。やはりそこに居るのは、ものすごくクールな表情で前を見据えるハイパー美少女、わかに間違いなかった。


わかは、あぜんとするしかない俺の方を見ると……


「……」ニコッ


したり顔で、しかし飛び切り可愛く微笑んだ。クールな雰囲気のわかのその柔らかな表情に、




「「「──おぅっふ」」」




クラスの大半の男子から、ハートを打ち抜かれた断末魔のような声が漏れ出たのだった。




* * *




「──ねぇ、石神さんっ! どっから引っ越してきたんっ???」


「──コスメどこの使ったらそんなチュルチュルお肌になれんのー!?」


「──部活とかやってた? やっててもやってなくても我が部のマネに、ぜひ!」


HRが終わるやいなや、わかは大勢のクラスメイトに囲まれていた。いわゆる、転校生の洗礼というやつだ(とはいえ、目立つ子に限るだろうが)。


……しかし、どうしたものかな。俺もわかにはいろいろと訊きたいことがあるんだけど……クラスのみんなとは全く別方面の話題で。


俺の力を持ってすればクラスメイトたちをわかの前から排除することは簡単だけど……そんな力の使い方をするわけにもいかない。それに、わかだってせっかくの初日なんだから、友達を作りたいだろうから……俺がそれを邪魔するのも……


──なんて、考えていると。




「ちょっと悪いんだけれど、どいてくれるかしら」




わかの小さくもよく通る凛々しい声が響くと、まるでモーゼによって海が割られるかのように人混みが開けた。




「──どう? 驚いた?」




迷いなく俺の元へと歩み寄ってきたわかは、席に座っていた俺のことを覗き込んで──ひと際可愛く微笑んだ。


「実は密かに転校の手続きを進めていたのよ。コウくんにナイショで、ね」


「あ、ああ。うん。めっちゃ驚いたよ……」


「やった。ドッキリ大成功、ってやつね」


「あは──」


クスクスと笑うわかが可愛くて、俺もダラしない笑みを浮かべそうになり──しかし。クラス中の視線に気づく。




「──え、なんで失踪くんが……?」


「──おいおい、おいおいおい、おいおいおいおいおい!」


「──どういう関係だよ……誰か聞いてこいよ……!」




好奇心と、その3倍くらいの男子の嫉妬の視線が、俺へと突き刺さる。


「あ、あははは……」


思わず笑顔も引きつってしまおうというものだ。


「……しかし、なんでまた突然? リハビリだってまだこれからなんじゃ」


「病室に居てもコウくんが来てくれるまで退屈だもの。それに──」


わかは柔らかなその手を俺の肩に置く。


「学校生活なんていうおあつらえ向きな舞台、これ以上逃すわけにはいかないもの。コウくんの恋人としてはね」




「「「恋人ぉぉぉぉぉっ!?」」」




クラスに、聞き耳を立てていた男子共の大絶叫が響き渡った。

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