第18話 空中戦

上空200メートル超の空中で。


──フワリ。羽のように軽いわかの体を、俺はキャッチした。


「ごめん、遅くなった……!」


「コウくん……っ!」


ムギュッと、わかが抱き着いてくる。よっぽど怖かったのだろう。


……そりゃそうだ。こんなに高くから落とされているのだから。


「ありがとう……やっぱりコウくんは来てくれるのね」


「そりゃね。好きな人に呼ばれたら駆けつけるって」


「……本当に、すごい人よ。あなた」


わかの俺を抱きしめる力がいっそう強くなる。柔らかで温かなその体の感触に、心底ホッとする。まあ、きっとまだ殺されてはいないだろうと思ってはいたけれど。




……もちろん、新幹線はやぶさから落ちた瞬間は肝が冷えた。死んでしまったかもとさえ思った。


だけど考えてみれば、ソレは殺すにしては不思議な方法だった。新幹線の車両を切り裂けるのであれば、そのままわかを刺し貫いてしまえばいいだけの話だったのだから。


……だから、俺は新幹線の座席ごとわかを落としたのはわかを連れ去るためだと思い至ることができたのだ。


『お前らの相手はしてらんないッ! じゃあなッ!』


『──マジかよッ!?』


朝鮮半島からの刺客たちのことは新幹線に置き去りにしてきた。


俺はひとり時速320kmのソコから飛び降りて、【探索サーチ】の魔法でわかの現在位置を特定。魔力をいっぱいいっぱいに足に集わせて地を駆け、上空から落下するわかを見つけ、地上数百メートルまでとびきりのジャンプをした。




「──チッ! 護衛の少年かッ!? いったいどうやってここまでッ!!!」




空から、ターボエンジンの音を響かせて、欧州風のイカつい外国人の男が一直線に俺たちへと飛んでくる。


……両翼から強風を生み出して飛んでいる……ってことは、アイツがわかを連れ去って、上空から落とした張本人か……!




「──この大悪党がッ! ブッ飛ばすッ!!!」




俺の威勢に、男はニヤリと口元を歪める。


「フッ、フハハハッ、大悪党か。ヒーローのはずのこの俺を」


「ヒーローだぁ……っ? 寝言は寝てから言えっ!」


「勇敢なる少年よ、お前もまたヒーローなのだろうな……その少女にとっての。それもまた正義だ。しかし、俺は世界を守るE.H.Aヒーロー。俺には俺の正義がある……であれば、異なる正義の衝突は世の摂理せつり


「……何言ってんだ、お前……!」


「敬意を払っている。これから葬るその命に」


外国人のその男は、ギロリと目を剥くと、吠える。




「我こそはE.H.A所属ヒーロー【ジャーマノイド】! 世の平和のために、その少女の命をここで断つ! その邪魔をするのであれば、お前もろともな……!」




ジャーマノイドは、その手に青白く輝く剣を生み出した。


「……ッ! コウくん、気を付けてッ! アレは……高電圧によって生み出された電熱の塊よッ!」


「電熱……っ?」


「新幹線の車両を【焼き斬った】のはおそらくあの電熱の剣! 実体がないから防ぎようがないうえ……触れれば火傷じゃ済まないわよ……!」


「……! 分かったッ!」


俺はポケットから取り出した十徳ナイフに魔力を宿らせ、【魔力剣ソード】を生み出した。


「ハァァァ──ッ!」


「グッ──!」


思いっきり、魔力剣を振るう。するとそれは大きな風圧を生み出して、ジャーマノイドを空へと押し戻し、逆に俺たちの体を地面へと近づける。再び、距離が空いた。


「フン……! 地上までたどり着けたら何とかなる、とでも考えているのだろうが……逃すかッ!」


ジャーマノイドの体が青白く輝いた、かと思えば、何十もの雷がその周辺を奔り回る。


……雷を降らせる気かッ!!! 【魔障壁バリア】をと考え、しかしすぐにその思考は棄てる。 


俺の扱える魔法のひとつ、魔障壁バリア。それは座標指定を行って球形の魔力の壁を自分の周囲に発現させることができる魔法であり……空中から落下している最中で、常に俺自身の座標が変わっている中ではその本領を発揮できないのだ。


……地上まであと数十メートル! 地上まですっぽり覆うような球形の魔障壁バリアは張れない……なら!


「──正面から耐えきってやるだけだ……!」


「……っ!? コウくんっ!?」


わかの体に強い紫色の光が宿る。対して、俺の体を纏うものは何も無い。


「なにしてるのよ、これ……! ねぇっ、バカなマネはよしなさいッ!!!」




「──ほう、先ほど剣として出していた謎のエネルギー……その全てを少女を守るために集中させたか」




ジャーマノイドが雷をうねらせ、上下左右から俺たちを挟み込み──


「見事。お前は間違いなくヒーローの器だ、少年よ。その誇り高き正義を胸に、いかづちに撃たれ死ねッ!!!」


──雷は、竜の頭のように俺めがけて喰らいついた。




「──がぁぁぁぁぁぁッ!?!?!?」




体を引き裂くような落雷の轟音が鳴り響く。




「コウくん──ッ!!!」




わかの叫び声も、今はただ遠い。


そして──




「これで終わりではないぞ、少年ッ!」




ジャーマノイドが、その両翼のジェット噴射で俺のすぐ側まで迫ったかと思うと、俺の頭を鷲掴みにした。


「直接、その体に流し込む──ッ!!!」


バリバリバリッ! と耳をつんざく音と共に、体の感覚が持っていかれる。


「──っ#Qqaあ%#¥V$#&~~~ッ!!!」


声にならない声が、喉から勝手に流れ出た。


体中の血管すべてに無理やり押し入った蛇がのたうち回るかのような激痛の奔流に、意識が遠のいていく。




クソ……ッ!


……ダメだ、こんなところで……


……


「…めて──ッ! …う、やめてよ──ッ!!!」


……


「コウくん……コウくん──ッ!!!」


……ッ!




俺の腕の中から聞こえる、か細いその涙声が俺の意識を呼び戻す。




……そうだ、俺は──ッ!!!




「──っ#Qqaあ%#……んがぁぁぁぁぁ~~~ッ!!!」




歯を食いしばり、意識を飛ばそうと殴りかかってくる電流に抗った。


そうしてとうとう、着地。上空から優に200メートルを超える落下は終わり、俺の足元に地面が訪れた。俺は……最後までわかを手放しはしなかった。


俺は地上に降り立つと同時、魔障壁バリアを急速展開させてジャーマノイドの体を弾き返した。


「……まさか、あの威力の電流に耐え切るなど……!?」


「──はぁっ、はぁっ……ハハッ」


……疲れた。


この喉から出る笑いさえもが、渇き切っていた。叫びすぎて口の中は血の味がする。


「コウくん……ッ! ダメ……もう、体が……!」


「……大丈夫。もうちょっと……待ってろ」


涙で顔をぐちゃぐちゃにしたわかを静かに地面に降ろす。




「……さあ、2回戦目といこうか、ジャーマノイド……!」




俺は手に持った十徳ナイフに、再び魔力剣を宿らせた。

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