第15話 時速320kmの狩場

はやぶさは出発すると、細かに駅へと止まっていく。


上野、そして大宮。


どの駅でもやはり、人が多く待っていてはやぶさへと乗り込んでくる。


……いや、やっぱりおかしくないか?


通路側の席だった俺は、前と後ろ、通路の両側を見やった。




──上野からも大宮からも、新しい乗客がこの号車に乗り込んでくることはなかった。それもそのはず……俺たちのいるこの号車は、東京駅ですでに満席だったのだ。




「……わか、確か東京駅のみどりの窓口で確認した時はさ、まだかなり座席に空きがあったよな?」


「え? そうね。朝早くってこともあって、まだガラガラだったと思うけど」


「……だよな」


なのに、俺たちが指定席を取った直後に、すぐに満席に? なるか? 普通?


……いや、ならないだろ。はやぶさに乗った直後から感じていた違和感の正体がようやく分かった。


わか、ここから先、ひとり行動は禁止だ」


「……なに? どういうこと?」


「たぶん、この車両にどこからかの刺客がいる」


「……!」


俺が違和感の話をすると、わかは納得げに頷いていた。


「確かに、不自然ね。警戒しておくわ」


新幹線のアナウンスが流れる。




『──次は仙台。仙台に停まります』




グングンと、新幹線のスピードは上がっていく。


「まだ200kmちょっとってとこかしら。これから宇都宮に差し掛かった辺りでもっと速くなるわよ。最高時速320kmの、現時点で国内最速の時間がやってくるわ」


「仙台まで、どれくらいかかるかな?」


「1時間ちょっと、かしらね」


それまで、ここから逃げることはできないということだ。他の乗客もいる中で、まさか、白昼堂々こんなところで襲い掛かってくるとは思わないが……念には念を入れた方がいいだろう。




「──ワゴン販売を始めます」




女性乗務員が先の車両方面から現れた。


「あっ、ワゴン販売っ!」


さっきまでの少しシリアスな雰囲気はどこへやら、わかはさっそく飛びついた。


「コウくんは何を頼む? 私はコーヒーとね、アイスと……」


「いや、ダメだからね? 頼んじゃ」


「……えっ? ダメ? なにが……?」


「……わか、狙われてるんだってば。その上、車内にも何か裏がありそうだって状況なんだから。おいそれと買っちゃダメでしょ」


「……! そ、そ……そう、ね……」


ものすごく落ち込んだように、あるいは無念なように、フルフルと体を震わせていた。


「何が盛られているか、分からないものね……」


「なんか、ごめんね……?」


「いいのよ……当然の警戒だもの……」


……なんかめちゃくちゃ心苦しいんですが!


でもまあ、仕方がない。ここは我慢してもらおう。




「──コーヒー、お茶、アイスはいかがでしょうか」




女性乗務員の魅惑の声がゆっくりと迫ってきて、そのワゴンと共に俺たちのすぐ横を通り過ぎていく。


「コーヒー2つ」


斜め手前に座るスーツ姿の男がそう頼んで、ワゴンが止まる。


「ああ、いいなぁ……」


わかは俺の席の方まで身を乗り出してその様子を眺めていた。女性乗務員はコーヒーを紙カップについで、それらをスーツの男たちに渡し終わると、再びワゴンへと手を伸ばし──




──カチャッ。銃を取り出した。




「え?」


「──【魔障壁バリア】」


俺は、呆然と口を開けるわかの目の前に紫色のバリアを出現させる。




──タァンッ! という発砲音。




しかし、銃弾が俺たちを貫くことはない。バリアによって弾かれる。


「……!」


俺は床を蹴るようにして跳び上がり立つと、予想外の結果に呆気に取られた女性乗務員のアゴを打ち抜いた。意識を失い、床に叩きつけられるようにして倒れた。


「……刺客、なの……!?」


「ああ……!」


驚くわかに……俺もまったく同意の気分だった。


……まさか、だった。まさか、こんな衆人観衆の中で、こんなに分かりやすい形で襲ってくるなんて。




「ちょっ、ちょっと君たち、なんだねっ!? なんの騒ぎだねっ!?」




手前の席のスーツの男2人が立ち上がって、倒れる乗務員の女性の側へと寄り、俺たちの方をにらんだ。


「いま、君がこの子を殴ったのかね? なんでだいっ!」


「いや、銃で撃たれて……」


「銃?」


男たちは女性乗務員の手に握られるそれを見ると、大きくため息を吐いた。


「なんだこれは? 撮影か? 何とかチューバーってやつかね……はた迷惑な」


「いや、撮影とかでは……」


「公共の迷惑ってのが考えられないのかな、まったく……」


「でも、俺たちは何も……!」


「『いや』も『でも』も無いんだよ! だいたいね、最近の若い連中ってのは──」


突然の発砲音、そして言い合いの言葉が聞こえたからか、他の座席に座っていた乗客たちもなんだなんだ? と野次馬になって寄ってくる。


……おいおい、マジで日本人の危機意識なさすぎだろ……。発砲音が聞こえたら身を屈めるとかさ、逃げるとかしろよ、マジで。


「──おい、聞いているのか!」


「はぁ……ん?」


俺は、目の前で延々と説教を垂れるスーツの男と、女性乗務員を交互に見る。


……やっぱり、そうだ。


「あの、つかぬ事をお伺いしますが」


「あぁ? なんだ、今私が話してるんだぞ! ちゃんと最後まで聞け!」


「あなた、【日本人】ではないですよね? どちらの国の方ですか?」


「……」


「あなたの後ろの人も、この乗務員にしてもそうだ。日本語が流暢だし、アジア系だから日本人っぽく感じちゃうけど……なんか、ちょっと違うな。雰囲気が何か違和感を──」


ハッと。自分でそこまで言って気が付いた。


……違和感? そうだ、このはやぶさに乗って、辺りを見渡して感じたソレは、決して始発駅から満席だったからだけじゃない……!




──ジャキッ。


──ジャカッ。


──カチャンッ。




無数の、大小さまざまな拳銃が、野次馬だと思っていた周りの乗客全てから向けられていた。


……おいおい、さすがは永久機関を目当てにしてるだけあるな。まさか、【この車両に乗ってる全員】が他国からの刺客って展開かよっ!

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