第4話

「お風呂に入ります」

「……うん」


 私達の手は未だに離れることなく繋がれたままで、それは私がお風呂に入ると告げても変わらない。


 私達が自由に動き回ることができるのは繋いだ私と美月の手の長さ分だけで、お風呂だけ距離を離すなんてことはできやしないから、どうしたって必然的に私達は共にお風呂に入ることになる。


 そして、お風呂に入るならば……あたりまえだが、服を脱ぐ。


 ……服を脱いだ美月なら体育の着替えのときだって見たことはある。けれど、流石にクラスメイトの着替えを堂々と凝視するわけにはいかないし、そもそも着替えの中で肌を晒すなんて一瞬の出来事だ。


 お風呂に一緒に入るとなれば、美月を覆い隠してしまっているものは全て脱ぎ捨ててしまわなければならないし、さらけ出された美月の全ては私の中に収めることができる。

 自然と美月と繋いでいる手に力が入る。


「美月はどうしても手を離したくないみたいだから、仕方がないし私も一緒に入ってあげるわ」


 そう言うと、美月はなにか言いたげな表情を浮かべてこちらをじっと見つめてきた。


 流石に少し露骨に欲望を出しすぎてしまっているような気もするけれど、構うものか。美月はもう私のものなのだから、なにも遠慮することはない。

 そもそもお風呂に入るなんてことは当然のことだし、一緒にお風呂に入ることになっているのは美月が手を固く繋いで離さないからだ。


 こうなることくらいわかっていたハズだ。


 私達が手を繋ぎ続けるには、こういった不自由が付き纏ってくることなんてわかりきっていて、だから私は彼女に何度も手を離す理由とチャンスをあげたし、それでも頑なに手を離そうとしなかったのは美月の方だ。


 美月は、私と手を繋ぐという行為をこれほどまでに重要視するべきではなかったし、少なくとも、重要視しているみたいな雰囲気にしてはいけなかったのだ。

 いくらなんでも、たった一度手を離してしまっただけで私を繋ぎとめられなくなるなんて事実はなかったというのに、美月が頑なに手を離そうとしないせいでほんとうにそういう事実があるみたいになってしまう。


 美月が悪い。


 ……だから、いい加減その微妙な目つきでこちらを見つめてくるのはやめてほしい。


「……なに?言いたいことがあるなら、言ったら?」

「ん……京香ちゃんは、いいの?」

「は?」


 いい、とは?


 ──いや、何のことであろうと、考えるまでもない。


 美月の身体を拝むことができる。

 そのためならば、その他のたいていのことはどうだっていいと思える。


「一緒にお風呂なんて、ほんとうは嫌なんじゃない?」

「私の心配してる場合?自分に欲情する女に裸体を晒すことになるの、わかってる?」

「……京香ちゃんだって、すきな人に裸見られるんだけど、わかってる?」


 スキナヒトニ、ハダカヲミラレル……?


「何を、言っているの?美月、私の身体見るの?」

「見るよ」

「どうして?」

「……京香ちゃんばっか見るなんてずるいじゃん」

「そういうことじゃないと思うけど……」


 私は、美月のことが好きだ。

 美月の身体に魅力を感じるし、いつだって私のものにしたいと思っていた。


 けれど美月は私と同じ気持ちではないハズで、美月が私を見たって得をすることなんて何もないハズだ。


 ……こういうとき、自分が美月のことをちっとも理解できていないのだと感じて嫌になる。

 24時間365日、美月の考えている事の全てを把握しておきたいとまでは高望みしないが、わざわざ言葉にしてくれたことさえも理解できないのでは話にならない。


 残念ながら美月との付き合いは決して長いとは言えない。高校に入学してから知り合ったのだから、せいぜいが一年と少し程度の付き合いでしかない。


 付き合いの長さが全てだと言うつもりはないけれど、せめてもう少し早く美月と出会えていれば彼女をもっとたくさん知ることができていただろうにと運命のようななにかを恨まざるをえない。


 とはいえ、美月の言葉の意味はともかく、その答えの方ならば簡単だ。


 美月はこのくらいで私が躊躇うとでも思ったのだろうか。だとすれば、その考えは甘すぎると言わざるを得ない。


 私はふぅと一息吐き、彼女への返答の代わりに、まるでなんともないことみたいに装ってさらりとスカートを脱ぎ捨てて床に落とした。


 うん、大丈夫だ。流石に鼓動はいつも通りには動いてくれないけれど、それでもまだたったスカート1枚脱いだだけだ。

 タイツだって履いているのだし、このくらいはなんでもない。

 ……もちろん、それだってすぐに脱いでしまうけれど。


 込み上げてきそうになるものを振り払い、そのまま美月の方は見ないで次はセーラー服を脱ぎ捨て……ぬぎ……いや、これは片手が塞がれていては脱げないか。

 

「美月。一旦手、離して」

「え、やだ」

「やだって……」


 離さないぞという意思表示のつもりなのか、私を包んでいる美月の手に力が加わる。


 お風呂に入ることには同意していたハズなのに、服を脱ぐことは拒否するなんて、とても真っ当な思考が働いた結果とは思えない。


 美月の頭の中が、私と手を繋ぐことだけで埋め尽くされていればいいと思う。


 美月といつまでも手を繋ぎ続けるというのは私の思い焦がれていた未来の一つだったし、それを美月の方から求めてくれているという事実はその原因を差し引いてもどうしたって私を喜ばせる。


 けれど、なにごとにも限界と引き際というものがあるもので、今回の場合はそれが今のだと私は思う。


「このままじゃ脱げないけど、制服着たままお風呂に入るつもり?」

「……それもいいかもね」

「よくないから」


制服が濡れてしまうことはべつに構わないけれど、このままでは身体を洗うこともできないし、お風呂から出たあとに濡れた制服のままでは風邪を引いてしまうだろう。


美月に風邪を引かせないためにも、美月を覆い隠しているものには全ていなくなって貰わなければならない。

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親友に恋をして。 おもり。 @omori33

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