三章

第37話 クラスメイト①

 今日から期末テストが始まる。

 クラスの皆も真面目な雰囲気だった。


 それは何故かって? そんなのは決まっている。

 赤点を取ると特別課題と補修授業が待っているからだった。


 一般の高校に比べ学力はそれほど求められていないとはいえ全国模試はある。

 探索者でも一流大学に合格できるほどの生徒も一部ではあるがいる。

 そして僕は、何故かテストを受ける前から特別課題と補修授業が決まっていた。


「ふっふふ、俺の本気を見せてあげよう」


「うん。がんばれ~」


「お前死んだ魚の目みたいになってんぞ」


「だって……どんなにいい成績とっても補修は受けなくちゃなんないんだぞ」


「ドンマイ。いいじゃねえか、毎日かわいい子に囲まれて勉強してんだから。うらやましいぞコノコノ!」


「なら代わってあげようか」


「断る!」


 僕に絡んできたのは数少ない男子生徒にして親友である 嶋岡 慎介だった。

 成績は中の下あたりをキープしているモブAである。

 僕の成績? そんなの聞かないで。


 ―――そのとき。ガラッと教室の戸が開き眼鏡を掛けた教師が入ってきた。

 そして、チャイムがなる。


「あ~ 一部の誰かさんを除いてテストの結果しだいでは、楽しい楽しい夏休みが短くなるから注意するように」


 クラスの皆が笑いだす。皆はそれが誰のことかわかっていて笑っているのだ。

 チクショーめ。これが頑張ってダンジョンに挑んだ僕に対する仕打ちなのか?

 

 そりゃあね。ダンジョンに約1週間も籠ってたわけだし、その間もちろん授業は受けていない。政府からの依頼なので単位は落とすことはない。

 なのだが、どうも裏から闇の勢力が学校に圧力を掛けてきたようだった。

 教師も権力には逆らえない。というか権力、特にスポンサー企業にごますりをするのに必死というわけだ。


 専用の端末に映し出される問題……僕はそれを見て眉間にしわを寄せる。

 う~んマジでわからん。関数? 何でしょうねこれ。

 穂香は僕と同じ条件でダンジョンに潜ってたくせに何故平気な顔してやがるんだ。





 HRが終わり本日の学校における日程は終了した。

 僕は虚ろな目になっていた。


「正宗どうだった? って聞いた私が馬鹿だったわね」


「穂香……いえ穂香様。僕は無力な人間です。ちんけなゴミムシです。ですのでどうか、ご慈悲を……」


 穂香は、小さなため息をついた。


「あんたねえ。私と神楽ちゃんが勉強教えてあげたのに変な点数だったらどうなるのかわかってるんでしょうね?」


「ヒイイごめんなさい」


 そんなやり取りを見て笑う者もいるが、穂香の一睨みで目線を逸らしてしまう。

 怖え……幼馴染の女の子はクラスのアイドル兼学級委員長から、学校を支配する恐怖の大魔王へとクラスチェンジしたようだ。


「正宗、今なんか失礼なこと考えたでしょ」


「ソンナワケナイヨ」


「怪しい……まあいいわ。神楽ちゃんも待ってるから行くわよ」


「勉強会もう勘弁してください」


「ダ~メ!」


「助けて慎介!」


「あ~ 今日も暑いな~」


「薄情者~!」


 薄情な親友に見捨てられ、僕は首根っこを掴まれ動物のように連行されていった。




 二人が去ったことで教室の空気が一変する。

 あの二人は探索者の実力面でいえば日本ひいては世界でも屈指の実力者になってしまった。単純な戦闘力だけなら敵う者はいないと目されている。

 彼らの探索者ランクもDからAランクへと昇格していたが、それは暫定的なモノで実力的にはSランク以上なのだが、大人の事情もありAランクとされていた。

 クラスメイトはそんな二人を腫れ物に触るように接していた。

 入学して三カ月、もとより容姿、実力など目立っていた穂香はともかく、一人で居ることが多かった正宗が実力者として才能を発揮しだしたのは最近のことだった。

 それが学生の域を遥かに超えているのだら、興味と恐れ、そして憧れが混同して近寄りがたい空気になってしまっていたのである。


「ふう、しょうがねえな……ここは俺が動くか」


 慎介は正宗とは中学校以来の友だちだった。慎介とて正宗に思うところはある。だが、伊達に付き合いが長いわけではない。親友と自分、そしてクラスメイトの為に行動を移そうとしていたのだった。


 


  ◇ ◇


 渋谷ダンジョンの攻略作戦。結果的に攻略こそできなかったものの、得られた情報と資源は世間を大いに騒がすことになった。

 魔族とその魔族が使役していた悪魔の存在、40層を超えどこまで深いのか不明なダンジョン、そして未知の資源の数々。

 それは世界規模で広がるダンジョン被害に対する不安と期待をもたらす大きなニュースとなったのである。


 その一方で政府によって情報統制が敷かれていた。

 それは予想以上の戦果を挙げた高校生と別世界の少女の身元だった。もとより未成年であり、その三人が居なければここまでの戦果は得られなかったからである。

 6英雄を超える異次元の実力& まさに別世界の住人の少女の存在。それは探索者としての新時代を意味するのだが、力があり過ぎるがゆえに世界情勢的と諸外国とのパワーバランスを考慮して公開されなかったのである。


 表向きは 6英雄が魔族と悪魔を撃退したことになっている。2体の下級悪魔を倒したのは美耶華たちなのであながち間違っていないのだが、魔族を撃退したのは高校生であり、道中の階層主も倒したのは高校生だったのだから関係者は戦慄を覚えたのは当然のことだった。

 魔力操作 & ダンジョンコアの秘密をもたらし、一般のモンスターもそうだが階層主をも一刀両断するという武勇の持ち主、そして未だ謎だというのダンジョン、その意思により選ばれた存在?である少年と少女。政府としても戦功に対する階級と地位をどうするか頭を悩ます問題となっていた。

 幸いなことに目立つことを嫌い、ダンジョン工学分野で有数の企業の庇護下にある彼らは新しい英雄として祭り上げることを望んでいなかった為、学生として普通の対応をするように考慮されていた。


 しかし、関係者の間では彼らの話で持ちきりとなっていた。

 謎に満ちた異界のモンスターを倒し、貴重なデータと素材を持ち帰った彼らが注目を集めるのは当然の話題となっていた。情報統制により実名は伏せられているが、探索者の攻略動画もあり世間を賑わせていた。


 特に10層の階層主であるアーマードバグ戦の動画は大いにバズっていた。

 巨大なダンゴムシである階層主の回転攻撃を避けもせず一刀両断する抜刀術。考察動画やゲームのように必殺技のカットイン動画、といった副産物も多く生まれ “真似してみた” 動画としてJINの小型の雑魚モンスターにボーリングのピンのように弾き飛ばされるお笑い動画など大いに盛り上がっていたのだった。



 その話題の中心人物は今市内のシティホテルに監禁されていた。

 自宅では勉強をしないで遊び惚けているのが幼馴染により密告されている為、横浜に宿泊したときと同様に四六時中見張られていたのである。


 上質な調度品のある広々とした部屋で机に向き合うのは三人の男女、僕と穂香そして神楽さんだった。そして、部屋には桜ノ浦家に仕える使用人である九条さんが控えており、勉強から食事、睡眠時間まで全て管理されていた。


「あの神楽さん? これ経済学や法律の本だよね。テスト勉強と関係なくね」


「そうですね。ですが将来必要なことなので後で読んでおいてください」


「………ちょっとトイレに」


「正宗逃げようたって駄目だからね。部屋の外にはSPさんも待機してるし諦めて勉強しましょうね」


 行動パターンを完全に読まれている。これは逃げられないパターンだ。

 ちょっぴり威圧のこもった “勉強しましょうね” には “はい” としか答えられない悲しい僕がいた。





 勉強は夜遅くまで続き、今は女子二人がお風呂に入っている。


「覗いたらどうなるかおわかりですよね」


 僕を監視するように九条さんが佇んでいる。

 心配しなくてもそんな恐ろしいことしませんて。

 ちょっと穂香と神楽さんのキャッキャウフフな入浴姿を想像するくらいです。

 あっ、嘘です。睨まないでください。



 ふう、危ない危ない。

 それよりも気になる点が一つある。

 僕の着ている制服から下着まで全てが毎回新品なんだよね。

 最初は洗濯やクリーニングに出してくれるのかと思ったけど、どうも違うらしい。

 そんなに僕って不潔に思われているのだろうか? 


 僕の服を回収するのも神楽さん自らだし、鼻息がヤバいし、そんなに僕の臭いのが嫌なら九条さんに任せればいいのにと思うのだが、金持ちのお嬢様のやることはよくわからん。

 

「――もう神楽ちゃんたら止めてよね」


 ………パジャマに着替えた二人。火照った肌にフワッと匂うシャンプーの香りにドキドキしてしまう。


「正宗なに見てんのよ」


「正宗君になら少しくらい見せてあげてもいいけど、問題集全部終わったらね」


 ……ごめんなさい。ほんとに勘弁してください。

 モンスターより手強い二人の女子と問題集。


 僕は当分寝られそうにありません。

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