第36話 魅惑の果実④

「「「えっ⁉」」」


 突然開いた大扉。

 そこに居たのは穂香やルーちゃん、6英雄のお姉さん方。


 雄と雌、武装した探索者チームの目線が交差する。


「……………」

「……………」

「……………」




「ごめん。お邪魔しました」


 長い沈黙、その沈黙を破り松村さんが大扉を閉めた。


 

「………あちゃー。最悪なとこ見られちゃったね」


 目下合体中だった正宗たち。そんな場面を幼馴染を始めとする知り合いの女性に見られてしまった。

 そんな中、美耶華は落ち着いた雰囲気だった。


「ど、ど、ど、ど、どうしよう………」


 逆に動揺を隠せない僕は混乱状態にあった。

 どう言い訳をしようか? 言い訳? 何それ?

 でも、未だ繋がったままの身体は正直である。


 最低なことをやっている自覚はある……けど……こんなの止められるわけがない。



「アホかあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 ―――頭上から大量の水が掛けられる。


「きゃああぁぁぁぁ!」

「うぷっ! 冷て……なに? なに?」


 水を被り冷静になった僕。その前には仁王立ちの女性たちが……。


「ほっ穂香……いつからそこに⁉ じゃなくて、これには深~いわけが」


「穂香ちゃん! そうよ。これにはわけがあってね……聞いてる?」


「…………」


「美耶華! 私たちにもその理由とかを詳しく聞かせてくれるかしら?」


「そうよね。私たちがどれだけ心配してあなたたちを探していたか、わかるかしらね? それなのにあなたたちは何をしていたのかしらねえ」

 

「あはははは……これはその……」



「んで、いつまでそうしているつもりかしら?」


「あっ!」


 恐怖の大魔王が降臨し、憤怒の念が放出される。

 その冷たい言葉だけでも人を殺せそうである。





「正宗のバカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 凄まじい形相の大魔王の拳がうなりを上げた。








 大広間で二人の男女が正座をさせられていた。


「ふう~ん……あなたたちの言い分は聞いたわ。大変だったのよね?」


「そ、そう。どうしても我慢ができなかったの……」


「ホントに?」


「ほんとホントだってば。まじでヤバいんだってば」


「ルーちゃん、そこのとこどうなの?」


「ん。たぶんだけど、これは媚薬、精力剤に使われる魔草の果実だと思うのだ。直に食べたら危険。ケダモノのように我を忘れて死ぬまでやり続ける場合もあるのだ」


「ほら~」


「お黙り! 私たちが来なかったら死んでたのよ」


「すみません……」


 そんなヤバい果実だったんだ。食料もなかったので仕方がないとはいえ……マジで死ぬとこだった。色んな意味で。


「むう、ご主人様からミヤカのニオイがするのだ。こんなのやなのだ。ホノカとぼくの以外のニオイさせちゃだめなのだ」


「はいはい。マーキングは後にしてね。今大事なお話中だから」


「ううぅぅ……我慢するのだ」


 うなだれるケモミミ少女を手なずけるのは萬代さんだった。


「でも、引くわ~ あの美耶華がね~」「ね~」


「こ、こら! いらんこと言うな!」


「穂香ちゃんやあのお嬢様には悪いけど、この子もその手のこと疎いのよ」


「え? 以外」


「見た目は遊んでそうに見えるかもしれないけど、この子中身はお子ちゃまなのよね~ 理想は強くて甘えさせてくれる男性。Sランクのこの子より強い男なんていないのにね。馬鹿みたいでしょ?」


「華恋! やめろそれい――んぐぐぐ」


「てなわけでごめんね穂香ちゃん。ほ、ほら彼氏君取るつもりはないから安心して」


「か、か、彼氏じゃありません!」


「もう素直になりなよ。あんなに泣き喚いてたんだから今さらよ」


「そうそう。お互いに初めて同士でグダグダになるよりいいと思うよ」


「あたしも穂香ちゃんの味方だから。大丈夫、穂香ちゃん可愛いから年増の美耶華なんて相手にならないって」


「友梨奈……年増って自虐ネタ止めて、悲しくなるから」


 なにこれ? 皆さん頭バグってんの? 意味不明なこと言ってボッチの僕をディスってるんだよね。ちくしょおぉぉ!



「なら私は純情ギャルの美耶華ちゃんを応援しちゃうかな。いやらしいこの巨乳で有望な少年を誑かし、念願の若い燕をGET、薬飲んでるとはいえ既成事実もあることだし……うん。問題なし」


「好美! お前絶対面白がってるでしょ」


「え、だってあの美耶華がエッチに乱れてるんだよ。超面白いじゃん!―――痛っ! あははは萬代ちゃん冗談じゃないのさ」


「コラっ! 好美! ごめんね穂香ちゃん」


「穂香ちゃん?」


 そんなやり取りを気にしてか穂香の様子が変だ。

 さっきまで怒っていたのに今にも泣き出してしまいそうな顔になっている。

 穂香? その表情にドキリとした瞬間、急に飛び込んできた。


「うおっとと穂香⁉」


 いきなり抱き付いてきた穂香を何とか受け止める。


「正宗……バカ正宗! 何やってるのよもう……バカ! 私がどんだけ心配したと思ってるのよ………バカバカ! ……ひぐっ……」


 穂香は泣いていた。

 いつも口やかましい幼馴染の泣き顔……穂香の泣き顔なんていつ以来だ?

 

 そっと抱きしめつつ頭を軽く撫でて慰める。

 泣いているのは穂香のはずなのに、自分の胸が締め付けられるような、泣きたくなるような、そんな感覚に陥ってしまう。

 

 なんだこの感じ……罪悪感? それとも……?


「正宗……」


 穂香は頬を赤く染め薄く細めた目に涙を浮かべながら嬉しそうに微笑んだ。

 あれ? コイツってこんなに可愛かったっけ?

 僕に抱かれ嬉しそうに微笑む穂香に、頭を強打され目がチカチカして、鯖折を掛けられ胸が痛いように締め付けられる。何か自分の中から自分の知らない自分が顕れ急激に支配していくような感覚。




「そう、そこでキスするのよ!」


「………」


「馬鹿! 今いいところなんだから邪魔しちゃ駄目よ」


「………」


「あれ止めちゃうの? 私たちのことは気にせずチューを、何なら押し倒しても良いわよ。私たちは気にしないから。ささっ続きを」


「できるかあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「ですよねえ……ごめんね」


 危なかった。不覚にも穂香にドキドキしちまった。

 外野の邪魔がなければどうなっていたのかなど想像したくもない。

 それでも穂香は僕に抱きついたまま離れようとしない。

 

 ダイレクトに伝わる柔らかな感触、鼻の内側にいっぱい広がる良い匂い。

 くっ! 穂香のくせに生意気な。

 …………まあいいか。




「むう。ホノカとご主人様良い感じ」


「ハイハイ。ルーちゃん邪魔しちゃだめよ。それより、この先どうする? 正宗君たちの救出はできたわけだし引き返す? それとも攻略続ける?」


「ん。難しいとこ。ご主人様がここに飛ばされた理由がきっとあるのだ。ダンジョンの意思とやらが知りたい」


「そのダンジョンの意思って何?」


「ん。ダンジョンは魔界、ぼくのいた世界とはまた違った別次元の生き物とされているのだ。生き物なのだからそれぞれ意思はあるのは当たり前なのだ」


「このダンジョンが生き物? 魔界?」


「別次元の生物……言うならば外来種、この世界の生物を脅かし経済に影響を与え爆発的な拡大を続けている未知の生物って感じなら理解できるわね」


「生き物だとしてコミュニケーションは可能なの?」


「それは不明。だから、ぼくは知りたい。そこにぼくがこの世界に呼ばれた理由があるかもしれないから」


「この 46階層って中途半端な階層に階層主の間があるのも意味があるのかな? それとね。非常に気になってたんだけど……アレ」


「ああ、アレね。扉開けたら美耶華たちの合体シーンだったから放置しちゃったのよね。あはははは―――開けちゃおうか」


 皆が気になっているアレとは―――広間の奥、階層主が出現した場所に鎮座している宝箱だった。



「綺麗な宝石とこれは腕輪?」


 宝箱を開けた萬代たち。そこには、赤や緑色など様々な色に輝く宝石類と、綺麗な紋様の刻まれた黒い腕輪が入っていた。

 

「綺麗な色……宝珠かしら」


 萬代が虹色に輝く丸い球状の宝石を光にかざすように眺めているときだった。

 その宝珠と腕輪が突如として輝き出し、萬代の手から飛び出した。

 飛び出した光が向かった先は、未だ穂香に抱きつかれたままの正宗だった。


「うおっ! 何なに⁉」」


 突如飛来した宝珠は正宗の身体の中に溶けるように消えていき、黒い腕輪は右手に装着された。


「ご主人様!」「正宗君!」


「なにこれ? 腕輪?」


 謎の黒い腕輪は正宗の腕に装着され輝きを失う。

 心配そうに穂香が宝珠の消えた部分を調べてくれている。


 だが、僕は頭の中でどうすべきか理解してしまったのだ。



 皆を連れて広間の先、次の階層へと続く扉を開いた。

 そこは階段のあるいつもの小部屋だった。


 僕は階段には目もくれず壁面の一部、腕輪と同じ紋様のある壁に触れると腕輪から再び光が溢れ出してきた。


 その光と呼応するように石畳に魔法陣が浮かび上がる。


「正宗君? これは?」


「きゃあぁぁぁ――」


 魔法陣の眩い光が僕たちを包み込むように放たれる。

 その光に堪らず目を瞑ると同時に一瞬だが浮遊感を覚えた。

 眩しさが薄れ、目を恐る恐る開けると、そこは先ほどの小部屋とは違う小部屋へと変化していた。


「どうやら成功したみたいだな」


「正宗君今のは? それにここはどこ?」


「えっ⁉ ここもしかしてダンジョンの1層?」


「まさか⁉ 今の転移魔法陣なの⁉」


 デバイスの地図アプリに表示されているのは、確かにダンジョンの入口近くの小部屋だった。

 そう、僕たちは転移魔法陣で入り口近くへと帰ってきたのだった。 

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