第13話 桜ノ浦家④
「ご当主様っ⁉ あ、頭をお上げくださいっ!」
目の前の迫力のあるお爺様、桜ノ浦 将源 翁。
大企業である桜ノ浦コンツェルンの創業者一族のご当主様である。
古狸とか妖怪爺とか言われ、政財界の大物も恐れる御仁。
もっとも、そういう人物でないと大企業の会長職なんてやってられないだろう。
現在は息子である将生さんに会長職を譲って余生を過ごしている。
その桜ノ浦コンツェルンという大企業の元会長はかなり出来た人物のようだ。
僕みたいな若造に頭を下げるなんて中々できることじゃない。
「お爺様!」
「ふぉっふぉっふぉっ。そうじゃな、まずは飯でも食うかのう。そちらのお嬢さんも待ちきれぬ様子じゃしのう」
ご当主様が前菜に箸を付けることで、会食が始まった。
こんな豪華な懐石料理なんて食べたことがないので、どういう順番で食べて良いのかわからない。
なので穂香や神楽さんの真似して食べることにした。
まずは、こじんまりとした野菜の和え物か……サッパリしてるけど量少な。次はお椀か……なにこのやさしい汁……薄味だけど旨ぁぁぁ。
「ふふ、正宗君もルーさんも、もっと自由に食べて頂いて構いませんよ。この場では格式張る必要はありませんから」
神楽さんが四苦八苦する僕を見てにっこりと微笑んでくれた。
ルーちゃんはそもそもが、この世界の料理そのものが目新しいので仕方がない。
今は大きな伊勢海老と格闘している。
僕もこんな料理、初めて食べるから堪能しよう。
なんですかこの牛肉……飛騨牛? A5ってやつだよね。すごっ!
和菓子と抹茶が出てきたところで、ご当主様が口を開いた。
「さて、そろそろ本題に入ろうかの」
その言葉で僕は、背筋を伸ばして座り直した。
ついにきた……きてしまった。
緊張で食べた料理の味すら忘れてしまいそうになる。
「まずは、お主らとそこのお嬢さんの話じゃが、政府は早い段階で目を付けていたのじゃよ。お主らは目立たないようにしておったつもりかもしれんが、ダンジョンでの入退場管理記録や換金所の記録でバレバレじゃったぞ」
僕はとても恥ずかしい気持ちになった。ダンジョンはデバイスによって入退場管理されている。しかも、他のパーティーより圧倒的スピードでダンジョン走破し、モンスターも狩りまくった。口座も凄いことになってるし当たり前か。
「それで悪いがお主たちについて調べさせてもらった」
プライバシーの侵害って言っても無駄だよね。
「まさか別世界の住人だとは思いもよらなかったがの……ああ、心配せんでええ。悪いようにはせん。むしろ歓迎するべきかの。政府からも近いうちに話が来るじゃろから安心するがよい」
「日本政府がですか?」
「そうじゃ。もう話は付けてあるからのう。ダンジョン攻略を条件に特別に日本国籍が与えられることになるじゃろうとて」
「外国人みたいな扱いですか」
「まあ、そんなもんじゃ。この件には、かなりの利権が絡んでおるからのう」
「利権ですか……?」
「そう嫌そうな顔するでない。お嬢さんの存在は諸外国からしたら、喉から手が出る程の存在。かの英雄より価値のあるお方じゃ。諸外国の魔の手から守るためにも当然の処置じゃな。無論、お主たちも同様じゃぞ」
「ありがとうございます」
なるほど、日本政府は謎の人物であるルーちゃんを警戒するより、日本国籍を与え日本人として管理しようというわけだ。同時に諸外国への牽制にもなると。
ルーちゃんの実力は、おそらく英雄と呼ばれる探索者よりはるか上。まさに国家戦力級の実力者なのは間違いがない。
そこで僕は違和感を覚えた……目の前のご老人は何て言った?
利権……その後……‟お主たちも同様” そう言った。
まさか僕たちもそれに含まれている?
そう考えると思い当たる節がある。
大企業のお嬢様である神楽さんとの、結婚を前提としたお付き合い。
ただの恋人でなく、結婚を前提としたお付き合い。
実の孫娘をも利用した囲い込み作戦。
怖っ! 完全な政略結婚じゃないか。
この分じゃ、ルーちゃんや穂香にもどこかの御曹司からの縁談があると考えるのが妥当だよな……二人に縁談? なんかモヤモヤする。そこに愛があれば祝福したいが、それ以外は複雑な思いだ。変な奴だったら、あの手この手を使ってでも破談に追い込もう。うん、そうしよう。それがいい。
「そういえば例の探索者についてわかりましたか?」
穂香が知ってか知らずか別の話を切り出した。
「うむ。その件か……正直、捜査はまったく進展しておらんと聞く。ダンジョン外での目撃情報がまったくない。今は隣国の工作員の線で調べてもらっておるが、その場合は望みが薄いじゃろうな……魔物を従える探索者、それが他国の者じゃとすると国防の観念からしても一大事じゃからのう」
「そうですか……なにかわかりませんが、あの探索者はヤバい気がします」
「だろうのう。姿も異質じゃったと聞くし何者じゃろうのう」
「いや、アレは異質というか変態です。痴女と露出狂です。子供の前に現れたら大問題ですよ。PTAからクレームが来ます」
「ふぉっふぉっふぉっ。そうかそうか。PTAといえば、仙道殿のご両親にも挨拶せねばならんのう。海外勤務らしいが通信より直接お会いした方がいいじゃろな」
「家の両親はしがないサラリーマンなので、直接会ったりするようなことになれば卒倒することになりますよ。通信だけで結構です」
「そうはいかんじゃろ。大事な事じゃし、なにより味気なかろうて。お主にも帝王学を学んでもらわねばならぬしな。その報告じゃ!」
「え"っ⁉ て、帝王学?」
「なんじゃその顔は? 当たり前じゃろう。お主の今の成績では厳しいが、探索者とていつまでも続けられるものでもあるまいて、なに時間はたっぷりある。ゆっくりと学んでいけばよい」
ちょいちょいちょい……そんなの聞いてないよぉぉぉぉ!
帝王学ってなに? なにそれ? おいしいの?
ほ、穂香……助けて! ヘルプミー!
救いの手を求めて隣の穂香の顔を覗く。
すると穂香は、ぷいっとそっぽを向きやがった。
この薄情者ぉぉぉぉぉ……っ!
「正宗君、がんばってくださいね」
いやいやいや、神楽さん。そんな笑顔で恐ろしいこと言わないでください。
僕の学力知ってますよね?
僕に死ねといってるんですか?
無理ですよ。
そうだ! もったいないが、この話はうやむやにしてなかったことにしよう。
非常にもったいないが、背に腹は代えられない。
「正宗君? どうかしました?」
くうぅぅぅ……だから、そんな顔しないでください。
……その後、僕は頭が真っ白になりあまり覚えていない。
気付けば帰りの車に乗っていた。
◇
その頃、会食が終わった桜ノ浦邸。
「お爺様、彼をどう思われます?」
「そうじゃのう。見た目は至って平凡、じゃがのう。わしの直感じゃが、あやつ大物になる資質を持っておる。いや、何かとてつもないことをやりとげそうな……そう感じさせる若者じゃのう。我が桜ノ浦家は代々その直感を大事にしてきた家系じゃ。天啓ともとれる直感、神楽もそれを感じたこそ、この話をわしに持ち掛けたのじゃろう? どうじゃ?」
「さすがお爺様。その通りでございます」
「して、手応えの程はどうじゃ? あの者とその横の娘の間に割って入るのは容易ではなかろうて」
「でしょうね。ですが、わたくしとて桜ノ浦家の娘。お家のためにも、この身を捧げる意向でございます」
「ふぉっふぉっふぉっ。さすが我が孫娘よのう。その心意気や良し。お手並み拝見と行こうかのう」
「はい、お爺様」
和服姿の少女はそう言って、夜空に浮かぶ月を眺めるのであった。
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