第12話 桜ノ浦家③
「だああぁぁぁぁぁっ!」
瞑想中に大声を出したのは勝君。
僕がダンジョンで救出した男子生徒の一人である。
「こんなことしてなんになる? 魔力? 仙道お前キメェんだよ! こんなんで強くなれるんなら誰も苦労しねえよ」
どうやら不本意なトレーニングをさせられて、感情が抑えきれないようだった。
まあ、その気持ちはわかる。
僕も最初は苦労した。
「魔力を感じてそれを循環させる訓練だよ。基本を疎かにせずにトレーニングを続けることで、剣で鋼鉄も斬ることができる説明しただろ」
「へっ、嘘くせえ。お前、アニメとかゲームのやりすぎなんだよ。それより体を鍛えた方がマシだぜ! なあ、皆もそう思うだろ?」
その言葉にクラスメイトの何人かは賛同する。
体を鍛えることは大事だ。それを否定するつもりはない。
だが、いくら鍛えても魔力がなければモンスターには通用しない。
それを理解できていないのか?
さて、どうしたものか……。
「そういうことでしたら、実験のついでにやってもらいたいことがあるのですが」
僕たちの対立に口を挟んできたのは、白衣を着た研究員さん。
そのやってもらいたいこととは―――。
実際に刀を使用した実技試験。
刀で本当に鋼鉄が斬れるのかというものである。
「いいだろう。仙道勝負だ! お前の化けの皮を剥いでやる!」
鼻息を荒くする勝君に、僕も穂香もやれやれといった顔をする。
仕方ない。これで納得するなら安いもんだ。
まず用意されたのはコンクリートブロック。
なんの変哲もない普通のブロックだった。
「まずは俺様からやらせてもらうぜ! 俺様の力思い知れ!」
刀を手に持ち上段に構える。
確か……勝君の特殊能力は筋力強化だったか?
そして、振り下ろされる刀はコンクリートブロックを見事粉砕した。
ブロックは木っ端微塵になった。
「どうだぁぁぁ! 仙道! これが俺の力だあぁぁ!」
暑苦しい奴だな。なので僕は「お見事」とだけ言った。
「次はお前の番だ」
「ハイハイっと―――」
僕は刀を片手に持ち何気ないように振り下ろす。
それだけでコンクリートブロックは音もたてず、真っ二つになった。
「へっ!?」
驚くクラスメイトたち。
勝君もブロックの切断面を見て驚いている。
こんなんで驚いてもらってもねえ……。
続いて用意されたのは、探索者や警察で使用されている特殊合金製のシールド。
手に持ってみると意外に軽い。
でもこれくらいなら余裕だろう。
だって、メタル系のモンスターの方が硬いもんな。
結果は目に見えていた。
僕は軽く切断し、勝君は傷を付けただけだった。
これくらいなら、刀を使わずとも素手でも叩き割れそうだ。やらんけど。
「おのれぇ! こんなのはインチキだ。なにかカラクリがあるんだろう。いや、そうに違いない」
「インチキなんてしてないわ。勝君……もうみっともないから、こんなことは止めにしましょう」
声を荒げた勝君をたしなめたのは桜ノ浦さんだった。
「桜ノ浦さん……キミはこいつらに騙されているんだ。キミにはこの
「勝君……それ以上言いますと、わたくしだって怒りますわよ」
「くっ! 仙道! これで勝ったと思うなよ!」
なんともベタな捨てセリフを吐いて勝君は去って行った。
「桜ノ浦さん、ありがとう」
「いえ、彼もクラスの皆もこれでわかったことでしょう。それよりも……わたくしのことは、苗字じゃなくて下の名前で呼んでほしいのですが……駄目ですか?」
「ふえっ!?」
まさかの……名前呼び? そりゃあ……交際スタートしたし、名前呼びしても問題ないだろうけど……ねえ……穂香と違い、お嬢様である桜ノ浦さんを名前呼びするには気が引ける。
「正宗、ほら神楽ちゃんがそう言ってんだし、呼んであげなさいよ」
くそっ、穂香め。余計なことを。
「わかったよ……桜ノ浦さん……じゃあ、これからは神楽さんって呼ぶから、僕のことも正宗って呼んでくれると嬉しいな」
「はい。正宗君。よろしくお願いします」
くうぅぅ……可愛い。だから、上目遣いは反則だっての。
こんなことをしているもんだから、クラスの女子どもは黄色い声援を上げる。
これにも先生も困り顔だった。
先生、すみません。
はあぁぁ……疲れる。
◇
放課後になり僕たちを迎えに来たのは、またもや白いリムジン。
そして、向かった先は僕の家。
どこにでもある閑静な住宅街。
そこに現れる白いリムジン……いやあ目立つなぁ。
そのリムジンが止まったのは、みすぼらしい一軒家。
そして、その家から出てきたのは、帽子を被り、ラガーポロシャツとハーフパンツを合わせて外国の少年のようなキュートな出で立ちをした少女。
いうまでもなく、ルーちゃんである。
そのルーちゃんを乗せリムジンはまた走り出す。
そして、白いリムジンは高い塀のある大きなお屋敷に入っていく。
出迎えた使用人に案内され、僕たちは母屋の客間へ通された。
豪華な調度品、何部屋も連なった和室、床に敷き詰められたイグサの香り、和紙で作られた障子、木の重厚さや美しさを十分に反映させた天井や建具、伝統的な様式美を感じさせる美しい和室。
やべえ……完全にアウエーだ。
どこだよここ……同じ日本の部屋とは思えない。
「失礼します」
美しい風景の描かれた襖を開けたのは、料亭の女将を思わせるような和服を着た使用人さん。
畳の上で額が付くまで深々とお辞儀をし、頭を上げると「お茶をお持ちいたしました」とつげ、僕たちの前に高級そうな湯呑が出された。
僕と穂香は互いに顔を見合わせ、出されたお茶をまじまじと眺めた。
こんなところで普通のお茶が出される訳がない。
湯吞の価値は僕にはわからないけど、明らかに高そうである。
そして、そのお茶も嗅いだことのない爽やかな香りがした。
「ねえ、これって玉露?」
「……だと、思う」
独特な覆い香や旨みを凝縮した濃い味わい……僕の知ってるお茶とは根本的に何かが違う……。
ルーちゃんも匂いを嗅いで不思議そうな顔をした後、一気に飲み干した。
「僕はご主人様の家にあるお茶の方がいいなぁ」
こらこら、ここでその発言はやめなさい。
しばらくして、奥の襖が開く。
そこに現れたのは、羽織袴姿の白髪のご老人と、髪をアップにした上品な和服姿の神楽さん。
僕と穂香は立ち上がり、そのご老人が上座に着くのを待った。
穂香がルーちゃんを立たせようとするが。それをご老人は止めた。
「あぁ、気にせんでよい。お主たちも楽にするがよい」
そう言って、ご老人は上座へと腰を下ろす。
そして、僕たちも神楽さんに進められて席に着いた。
「まずはお食事にしましょう」
神楽さんがにっこりと微笑むと、給仕役が和風のコース料理を運んで来た。
ちなみにルーちゃんには、魚と肉系のオードブルだった。
これって懐石料理ってやつだよね。華やかなお造り、尾頭付きの白身魚、山海の珍味の盛り合わせ、お皿の上に色どり豊かに見た目にも美しく並ぶ料理の数々。
どれも美味しそうなのだが、僕的にはどっちかというとルーちゃん用の料理の方が美味しそうに思えてならない。
「仙道殿は肉料理の方がよろしいかな」
「あ、いえ……」
「遠慮するでない。若者には物足りないであろうからな」
ご老人が軽く手を上げ、給仕に合図する。
「ご厚意ありがとうございます」
「さて、仙道殿、岩村殿、まずはこの場を借りてお礼申す」
ご老人が僕たちに向かって頭を下げた。
いやちょっと、本当にそういうのやめてください。
だってこのご老人、神楽さんのお爺様、桜ノ浦
怖~い、お爺様だよ。
一介の高校生が相手するような人物じゃないですぅぅぅ。
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