第11話 桜ノ浦家②
はっはっは。ついに僕にも彼女ができた。
しかも、あの桜ノ浦家のお嬢様だぜ。
逆玉だが、両親はなんていうだろうな……驚く顔が楽しみだな。
研究所からの帰りのタクシーの中、とにかく僕は有頂天になっていた。
しかし時間が経つにつれて気分が落ち着いてくると、逆に不安な気持ちが顔を出してくる。
今まで女の子にモテたことはもちろん、付き合ったこともない僕が突然、お嬢様と結婚を前提としたお付き合いなんて、よくよく考えたら恐れ多い気がしてくる。
同じスクールカースト上位でも穂香と違い本物のお嬢様、高嶺の花である神楽さんなんてどう接していいのかサッパリわからない。
「とんでもないことになっちゃったね」
「………そうね」
「まさか僕と桜ノ浦さんが付き合うことになるとは……いやあ、モテる男はつらいぜ。そいえば穂香、桜ノ浦さんと仲良かったよね。彼女のこと教えてよ。趣味とか好きな食べ物とかさ。………穂香?」
「……あっ、うん…そうね。おめでと」
なんだろう? 穂香の元気がない。 心ここにあらずって感じだ。
「桜ノ浦さんってお淑やかで美人だろ? 庶民の僕からしたらちょっと近寄りがたい雰囲気あったけどどうしたらいいかなぁ……」
「……そんな何も知らないお嬢様なのに、どうして付き合うことになったのよ」
今まで押し黙っていた穂香が、感情を抑えるような細い声でぼそりと呟く。
「そりゃあ……ルーちゃんの件もあるし、逆玉だし断る理由なんてないだろ?」
「……もう、正宗の馬鹿っ! 勝手にしろっ!」
穂香が突然激昂し声を荒げる。
「なんだよ……なにキレてんだよ。落ち着きなよ。あっ運転手さん、すみません騒がしくて」
怒りに震える穂香の相手なんてしてられるか。
まあ、明日になれば落ち着いて機嫌も直るだろ。
タクシーが家の前に着き、ドアが開かれる。
ちなみにタクシー代は全額桜ノ浦家持ちだった。
終始イライラした穂香。触らぬ神に祟りなしとはこの事かな。
◇
おかしい……穂香が朝になっても起こしに来ない。
あいつ、まだ怒ってるのか?
おかげで学校に遅刻しそうじゃんか。
つか、遅刻した。
学校に到着するとクラスの雰囲気が違っているのに気がついた。
「遅いぞ仙道」
「すみません。寝坊しました」
「なんであいつが…」「キャー噂の彼よ」
なんか男子生徒には睨まれ、女生徒からは黄色い声援が上がった。
桜ノ浦さんが手を振ってるので振り返した。
今日も可愛いな。
その反面、穂香ときたらまだ怒ってんのか……。はぁ……。
―――休み時間。
「なんで桜ノ浦さんと付き合うことになったのよ」
「委員長が可哀想じゃん」
「てことは委員長、今フリー?」
「仙道許すまじ!」
僕は複数の生徒に囲まれ尋問を受けていた。
いつもならここで穂香が助けてくれるのだが、救いの手は来ない。
「穂香と喧嘩したの?」
「委員長、超不機嫌なんだからアンタがどうにかしなさい!」
「なんで僕が関係あるんだよ」
「いいから仲直りしなさい!」
女生徒からまくし立てられ、反論は許されないようだ。
はぁ……しょうがないなぁ。
僕だって穂香と喧嘩したままは嫌だ。
「穂香ちょっとこい」
教室は皆の注目の的だ。
僕は穂香を連れだって廊下へと出た。
人気のない階段脇、ここならいいだろう。
「なによ。話って……」
「お前がなんで怒ってるのか僕にはわからない。……でも、穂香。お前とこのまま喧嘩? したままは嫌なんだよ。お前がいてくれないと、誰がご飯作るんだよ。洗濯掃除…ルーちゃんと僕でやれとでも?」
「……それくらい自分でやんなさいよ馬鹿」
「ああ、僕は馬鹿だよ。だから穂香…いい加減機嫌直してくれよ。クラスメイトも心配してたぞ。お前が不機嫌だと色々問題あるんだよ」
穂香は僕に当てつけるようにハァ…と軽く溜息をつく。
「……穂香?」
穂香が何も言わずに僕を睨むような目でジッと見つめてくる。
いつも見慣れた穂香の顔だが、こんな至近距離で見るのは少し戸惑う。
その穂香の顔がさらに近づいてくる。
近い近い! 僕は後ろに下がろうとしたが生憎と背後は壁だった。
じっと目を見開き僕を見つめる穂香。その瞬間、僕の首根っこに手が回された。
「お、おい穂香……」
あまりに突然で、まったく想像もしていなかった事態に気が動転してしまう。
穂香にされるがままになり、穂香の顔が鼻先まで近づいてくる。
キスされる!? そう思った瞬間……こつんと僕の歯と穂香の歯が当たった。
歯と歯が当たった軽い痛み、その後にやってきたのは柔らかい唇の感触。
穂香と僕の唇が重なり合った瞬間だった。
唇が重なった瞬間、穂香の目蓋がぎゅっと閉じられる。
僕は訳もわからず、穂香にされるがまま行為を……唇を重ね続けた。
こそばゆい鼻息だけが時間を感じさせる。
だが、実際のところどれくらいの時間が過ぎているのかわからない。
ほんの数秒だったかもしれない、感覚としては……とても長い時間そうしていたような感じがした。
やがて僕の首を掴んでいた穂香の力がゆっくりと緩み、その唇が離れていった。
穂香が離れたことで、ようやく僕の思考が回復する。
「なにしやがる!」
僕は咄嗟に穂香を突き飛ばす。
「ふふっ、こんな可愛い幼馴染のファーストキス。ありがたく思いなさい」
「意味わからんことを……」
そこで予鈴が鳴った。
「さっ、授業始まるわよ。行きましょ正宗」
「あ、ああ……」
不思議と穂香からはピリピリとした感じが失せていた。
……なに考えてんだこいつ……幼い頃から兄弟のように育ってきた僕にとって、穂香は口うるさい姉みたいな存在でしかなかった。
だが……さっきの穂香とのキス。
穂香の柔らかい唇の感触。
穂香の匂い。
穂香の温もり。
これらが僕の中で混ざり合い、穂香に対して今まで抱いたことのない感情が沸き上がってくる。
僕が穂香を意識してる? ありえん! あいつは穂香だぞ。
キスされて気が動転してるんだ……うん。きっとそうだ。そうに違いない。
僕は自分にそう言い聞かせた。
◇
穂香のイライラが解消されクラスに平穏が訪れた。
―――訳はなく、別の問題が今度は生じていた。
身体に複数の電極を付け授業を受けるクラスメイト。
むろん僕や穂香、桜ノ浦さんもだ。
それは学校にやってきた白衣の集団。
国に許可を受けてデータを取りに来た例の研究所員たちだった。
魔力の流れを科学的に解明しようというわけだ。
まずは、僕と穂香が桜ノ浦さんを始めとしたクラスメイトに魔力操作の講義をおこなう。
魔力がどのように計測されるのか、またその過程でどのように増幅するのか、特殊能力と魔力の関係性を解き明かすデータ取りである。
日常時、訓練前と後、様々なデータが必要になってくる。
そこで選ばれたのが僕たちのクラスだったのだ。
31名の男女。男子生徒 9名、女子生徒 23名。
特に桜ノ浦さんは率先して強くなることを望んでいた。
体操服を着て瞑想するクラスメイト。
僕の両隣には穂香と桜ノ浦さん。
穂香が変なことしたせいでやたらと気になる。
体操服越しでもわかるその胸の膨らみ、そして……ぷるんとした唇。
反対側には僕の彼女になった桜ノ浦さん。
艶やかな黒髪を高い位置で結んだだけのポニーテール。
だが、それだけで僕の心は高鳴った。
この日、僕の心電図はもちろんのこと、魔力と思われる謎の数値が高い値で計測されたのはいうまでもない。
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