53.炎公エルズ

「ぷっ!! アルバド、なんだその凄い髭は」


 エルズがからからと笑う。


「ずっと剃ってないからよ……」


 俺は、相変わらずスッキリとした身だしなみをしているエルズの前で。自分のもしゃもしゃとした髭を撫でた。


「ネレイドさんも髪がぼさぼさで……。なんだか、海賊か山賊の娘みたいになっていますわよ?」


 セニアンもくすくすと笑う。


「それよりも、炎魔将の家。お前が継いだんだな、エルズ」

「ああ。フレイヤには、女兄弟しかいなくてね。実子もいなかった」

「さすがに、家の中がパリッとしている。辞儀にうるさいお前らしい折り目の正しさだよ」

「そんな事よりも。よく来てくれた。早速だが、湯殿に向かってくれ。髭も酷いが髪も酷いし。臭うぞアルバド」

「ああ、使わせてもらう。ネレイド、風呂に入れてもらおう」

「うん」


 エルズが、畳んだ扇子を顎に当てて、何かを思索するような様子で言葉を吐いた。


「どういうことかは、後で聞かせてもらうが……。その様子だと相当な無茶をしたな?」

「まあね」


 俺はそう言うと、エルズの指示で出てきた従事の先導に従って、湯殿に向かった。


   * * *


 湯殿から上がり、髪を切り髭を剃り。さっぱりした服を与えてもらってから。俺はエルズと話し始めた。隣には、やはりさっぱりとしたネレイドがいる。


「ふむ……。帝国の支配地帯では、そのようなことが行われているのか……。道に適わぬこと甚だしい……!」


 ネレイドが職場の上司に犯されたことも。包まずに話した。


「女子の貞操を乱すとは……。許せるものではありません。アルバドさん、善くなさいました」


 セニアンが、厳しい顔をして言い放った。


「結局は、そう言うことか。様々な声が耳に入ってくる。魔人の女子の心清さを見ると、帝国人は劣情に駆られるものが多いようだな。だが、もう大丈夫だ。この魔都に入れば。そのような無道が行われることはない」


 ネレイドが、ほっと胸をなでおろして。しくしくと泣き始めた。


「辛かったですね、ネレイドさん……。こういったことの心の傷が癒えるには、時の流れに任せるのが一番です。この魔都の風光明媚な観光地でも、そのうちに巡りましょうね……」


 着物の膝がネレイドの涙で濡れるのも構わずに。セニアンはネレイドの頭を膝の上に抱きしめて慰めている。


   * * *


 俺は、ネレイドとセニアンには席を外してもらった。

 そのうえで、俺が言ったことは。

 エルズの眉間に、険しい皺を刻む結果となった。


「魔神の、復活……。というよりも、新生か」

「俺の中にある、魔神の肉の細胞は確かに生きている。これを、研究して。増殖させたりして他の魔人に移植したりはできないか?」

「君自身が検体になると? そう言うことか、アルバド?」

「それで、この国が。魔大陸が誇りを取り戻せるなら。もう、心を傷つけられて泣く子が増えなくなるんなら。俺にはその覚悟はある」

「……面白い」


 久々に見た、エルズの鋭い笑み。


「魔帝陛下に進言してみよう。事によっては、相当に面白いことになるかもしれん」


 エルズはそう言って。ぱしん、と扇を閉じた。

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