51.アルバドの逆鱗

「……なに、このズタズタになったストッキング……?」

「あ!!」


 俺が、部屋のゴミ箱の掃除をしているときに見つけた、ネレイドが仕事の時に穿いているのと同じストッキング。ズタズタに裂かれている。


「な、なんでもないの!!」

「なんでもなくないだろう? なんでストッキングがそんな風になるんだよ?」

「なんでもないってば! 自分でやったの……。イライラしてたから……」

「……嘘ついてるな?」

「嘘なんてついてないよ……」

「じゃあ、なんで泣いてるんだよ」


 ネレイドは、ストッキングを手にして。確かに涙をにじませていた。


「男に……。襲われたな?」

「……うん」

「どこのどいつだ?」

「区役所の……所長」

「帝国人だろうな?」

「うん……」

「ちょっと行ってくる」

「え? どこに?」

「区役所」

「待ってよ、アルバド。何をしようって」

「決まっている」

「! ダメだよ! あたしなら、耐えられるから!!」

「俺が耐えられない。お前がそんな目に遭っているなんて」


 俺は。引き留めるネレイドを振り払って。住居を後にして、区役所に向かって歩き始めた。拳を握りしめて、頭の中に破壊のイメージを大量に描き続けて。


 道行く人々が、俺を避けてゆく。さすがに、わかるか。この破壊のイメージの濃密さが。俺は、魔神がすべて滅んでなお健在な魔力を練りながら。

 区役所の中に入った。


「所長の部屋はどこだ?」

「……失礼ですが、貴方は?」

「ここの事務員の夫だ」

「何の御用で?」

「妻が所長に犯された。その返礼に来た。受付さん。部屋のある場所を教えてくれるだけでいい」


 黄色い肌をした受付の女魔人は、何か合点が行ったというかのように。


「12階の一番奥の部屋になります。エレベーターのボタンは10階までしかありませんが……。コンソールにこのパスコードを打ち込むと、十二階まで上がれますよ」

「……あんたも、我慢してたんだな」

「……ええ、それはもう……」

「任せておけ」

「お願いします。なぜだかわからないですけれど、貴方からはこの大陸から失われたはずの魔力が感じられます。それを以ってすれば……」


   * * *


 仰々しい区役所の所長の部屋の扉。俺は、破壊のイメージを拳に乗せて、それを思いっきりぶん殴った。

 激しい爆発音がして。扉がぶっ飛んだ。


「!? なんだ!!」

「よう、所長さん。随分と好き勝手やってるみたいじゃないか」

「なんだお前は!?」

「お前が手を出した、青肌の事務員の男だよ。覚悟出来てんだろうな?」

「……ふん。白い肌だから、帝国人かと思えば。魔人の変異種か。立場の強い者が、より弱いものから奪うのは当然の理だろう。悪くなかったぞ、貴様の女は。ひゃはははは!!」


 所長はそう言うと、レイガンを俺に向けてきた。


「魔法の使えなくなった魔人など。ただの文化の遅れた原始人と変わりない。優れた治世と経済と、文化を誇る我ら帝国の膝下に降るのは当然のことだろう。死ねっ!」


 レイガンから、殺傷光線が発射される。だが、俺は左ひじを盾にしてそれを受け。突っ込んで所長を右こぶしで殴りつけた。破壊のイメージをこめた、魔法の込められた拳で。


「ぱがっ!!」


 爆竹で吹っ飛ぶカエルのように。所長だった帝国人は、一発でミンチになった。


「何事だっ!!」


 警備隊が、駆け込んでくる。


「よう。遅かったな。所長は木っ端みじんだぜ」


 俺は、数十人の警備員に取り囲まれても。不敵に笑う。笑う事が出来た。


「ちっ!! 何だコイツは!! 総員、銃撃開始っ!!」


 サブマシンガンの斉射が、俺に浴びせかけられる。弾丸を食らって、俺の肉体が砕けていくのがわかる。だが。


「らあっ!!」


 腹の底に力を籠めると。

 ボコボコと肉が再生する。なんだか、わかってきた。

 俺は、魔神の肉を食った。でも、それだけじゃ魔神になれるわけじゃなくて。


 大切なものを持たないと、守るべきものを持たないと。

 魔神としての力は発現しないのだと。

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