19.逃走

『軍事基地都市、ゼルバラーン上空です。管制塔との交信中。OK。±10分の誤差で都市内空港に着陸許可出ました』


 飛行空母アイン=カーン艦内に、そんな放送が流れた。


「ゼルバラーンまで戻ったんだ……。他の基地に寄っても良さそうな物なのに……」


 アシュメルが首を傾げる。


「気づいた? アシュメル君。アルザック地方には軍港のクーライラ基地がある。本来なら、そこに戻ればいいのだけれど……ね」

「本来なら……? どういう事なんだい、ローニさん」


 艦内の休息ホールで。右腕が義手になったステッドがローニさんに聞く。


「押されてるのよ、今回。魔神はこの南のアルザック地方だけじゃない。北のホーレイド地方と、西のアルラカラル地方にも別個体が出現して。帝国軍は、三方面作戦を強いられたの。何とか人員と物量で押し返したものの、後の掃除が大変で。知っての通り、魔神が攻め寄せてきた後には多かれ少なかれ魔族が産まれてしまうから」

「……クーライラ基地は、陥落してしまったのですね? 魔神と魔族の攻勢に」


 アシュメルが確認を取るように言う。


「そう。今まで確認されている魔神個体は、五体。MG=119ソウルレイカー、MG=75アトミックファイア、MG=63サイズサンダー、MG=32アシッドクラップ、MG=01ヒュールバイン。この五体よ」

「今回のその三方面作戦で現れた個体は、そのうちの三つですね」

「北からヒュールバイン、西からアシッドクラップ、南からソウルレイカー。同時に出現反応があったときには焦ったらしいわよ、軍の上層部も」

「撃退には成功しても、被害甚大……。そういうことかい、ローニさん」


 ステッドとアシュメルがローニさんと話し込んでいる様子を見ても。

 おれは、そこに加われる気がしなかった。

 何しろ俺は、人類の敵である魔族を前に体が動かず、まるで臆病者のような態度しか取れなかったんだから。


   * * *


 ゼルバラーン基地に降りて。アイン=カーンは再出撃のための準備を整え始めた。


「約束ですから。この地方の魔族を掃討するまでは、この船に残って、お手伝いさせていただきます。そのあとに帝都まで連れて行っていただけるという話でしたから」


 アシュメル、ステッド、リーナの声が聞こえる。


 でも、俺は。


「君は、帝国首都に行きたかったのではないの? 陸路では行けないよ? 帝都は海上にあるからね」


 ローニさんに見つかった。

 そう、俺はこの基地から、逃げ出そうとしたんだ。

 俺みたいな腑抜け、魔神や魔族との戦いでは何の役にも立たない。そう思ったから。


「……諦めました」

「…………アルバド君」

「俺みたいなやつ。艦内にいたら、周りの士気を下げますから」

「……逃げるのは勝手だけど、どうやって食べていくつもりなのよ?」

「……」

「盗みでもして、食べていくの?」

「……」

「帝都に近くなったここでは、警吏の治安維持の手腕も精度が上がっているわよ?」

「……」

「悪いことは言わない。艦に残りなさい。君みたいな子供が、一人で生きていけるほど、世の中は甘くない」

「……さよならっ!!」

「あっ!!」


 俺は、駆け出した。

 もう何もかもがどうでもよくなって。

 魔族を殺そうとするとき、頭も体も、凄く苦しくなって。

 あんな思いをするなら、いっそ死んだほうがマシだって思うくらい、苦しかった。

 二度とあんな目には遭いたくない。


「……しょうがない。自由にしなさい。あたしは、もう知らない」


 ローニさんの溜息混じりの声が最後に聞こえた。


   * * *


 基地から出るのは、簡単だった。ただし、中に入ることは身分証明書とそれなりの理由がなければ。

 きっともうできない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る