第22話 ザッハトルテとは?

 〈ザッハトルテ〉はオーストリアという国が発祥のチョコレートケーキ。カンガルーやコアラがいるオーストリアじゃなくって、ヨーロッパの国、オーストリアね。


 はあ。病み上がりの身体のわたしに放課後、図書館に行かなきゃならなくなる用を言ってくるなんて……。ああ、はいはい。〈ザッハトルテ〉を知らなかったわたしが悪いですよーだ。くうーっ!


 で。肝心の〈ザッハトルテ〉はどんなケーキかというと。


 チョコレートを使って作った生地に、アプリコットジャムをサンド。仕上げに表面をチョコレート入りの『フォンダン』でコーティングしたもの。


 ぱっと見た感じではチョコレートのコーティングかと思ったけどちがうんだ。フォンダン……? ってなんだろう。


 用語を調べるよりレシピを見た方が早いな、と思ってページをめくった。けど。


「あれ……?」


 どこにもレシピは書いていなかった。ページが破れちゃったのかな? と思ったけどどうやら初めから記載がなかったみたい。


 ま、いいや。ほかの本を見よう。と気を取り直して立ち上がる。


 だけど。


 見ても見ても、〈ザッハトルテ〉が載っている本はない。どの本もチョコレートケーキのページにあるのは有名な〈ガトーショコラ〉や〈ブラウニー〉ばっかりで〈ザッハトルテ〉のレシピはどこにも見つからなかった。あーん、なんで?


 探し回るうちにタイムオーバー。帰る時間になってしまった。


 「はーあ」とため息をついて西日に照らされながら影を伸ばしてとぼとぼ歩いた。むう。こんなこと思いたくないけど、もしかして翔斗くん。


 図書館にレシピがないケーキを、わざとリクエストしたの?


 わたしのこと、試してる?


「くうう……。やっぱ性格わっるうううーーーいっ!」


 夕日に向かって叫んだら、少しは胸がスカっとした。けど同時にちょっぴり恥ずかしくなって急いで走って帰った。



 翌朝学校に行くと即座に「作った?」と。

 ぶう。もう、わかってて訊いてるでしょ。


「そんなすぐできるわけないでしょ!? っていうか、ちゃんとできるかもわかんないよ、すんごく難しそうだし、レシピもないし……」


 正直に言うと翔斗くんは案外キョトンとして「レシピないの?」と。そりゃキミの家には専門的な本もたくさんあるんでしょうからね。


「ないよ。図書館の本、いっぱい見たけどどこにもなくて」

「ネットは?」


 ネット……。か、簡単に言わないでよね? スマホとかパソコンでインターネットを使うには、うちではママかパパに頼まなきゃいけないの。ケーキのレシピなんか調べたら、食べたいーって期待されちゃうし、「ごめん、プレゼント用だから」って言ったら今度は「誰に?」ってなって、ウソはつけないし正直に言ったりしたら……。


 ね。むり。とにかくむりなの。


「先生に頼んで学校ここで調べればいいじゃん。昼休み。印刷もさせてくれるよ」


 な、なんですと……? そんな裏ワザがあったなんて。


「つか道具とかもないなら貸すよ、うちの厨房。今日定休日だしいいっしょ」


「ち、ちょっと待って!」


 待って待って! 展開についていけない!


「とにかく食いたいんだよね、ザッハトルテ。うちのメニューになくてさ。おれの好物だってわかっててわざとメニューに入れないんだぜ、あのおっさん」


「そ、そうなんだ」


 おっさん、とはお父さんのことだよね。っていうか本当に食べたくてリクエストしたんだね。ごめん、なんか深読みしちゃって。


「自分では作らないの?」


 悔しいけどその方がおいしいんじゃないかな、と思うよ?


「はあ? それじゃ誕生日プレゼントになんないでしょ」


 う……ごもっとも、だけどさ。


「ほんと、うまくできるかわかんないよ?」

「大丈夫。おれも手伝うし」


 手伝う……だって!?


 こうしてわたしはその日の放課後、いつかのように〈シャンティ・ポム〉の厨房に、再び参上したのでしたっ……!



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