第20話 特別な人
「な、なんで……? 翔斗、くん」
話したいけど、頭がぼうっとして言葉もうまく出てこない。足の力も抜けて、連れられて来た木陰の地面にへたりこんでしまった。
「熱中症だろ、ばか!」
言うや「待ってて」と自動販売機まで駆けてスポーツドリンクをたくさん買って戻ってきた。
「これ飲んで。ちょっとずつね。ひとつは脇に挟む。もうひとつはおでこ冷やして」
ひんやり、すごく気持ちよかった。
ゆっくりと飲みながら「ふう」と息をつくと、気持ち悪さはだいぶおさまった。飲み終えて「ありがとう、助かった」と言いながら相手の方を見ると……?
「え……と?」
細いけど頑丈そうな背中が見えてぎょっとした。
「乗って。大人呼びに帰るよりこの方が早い」
「へ……うそ」
「まじだよ。つか自分の状況全然わかってないだろ。救急車呼んでいいレベルだからね」
「へ!?」
そんな、まさか。だけど翔斗くんは譲らないし、逆らう理由もなくて。仕方なくゆっくりとその背中に身を預けてみる。
すっごく、すっごく、恥ずかしかったけどね。
すぐにふわりと足が浮く。翔斗くんは全然重そうにしていない。ヤセガマン、してない? わたしの心配をよそに一定のリズムを刻んで歩みを進めながら静かな声で教えてくれた。
「さっきおまえんち、行ったら、いないって言われて。チャリもないみたいだったから、まさかと思って来てみた。そしたら」
そこで言葉を切って、わたしの方を振り向き気味に言う。
「乗れてたな」
「……うん。そうなの」
「すげーじゃん」
「……」
ほんとうはめっちゃんこ嬉しかった。乗れたこともだけど、褒められたことが。飛び跳ねたいくらい。乗るから見てよって自慢しまくりたいくらい。
だけど今は、それよりも、この言葉が言いたくなった。この言葉を、翔斗くんに。
「……昨日はごめんね」
「え」
「〈あなたは特別な人〉」
耳元でささやくように言ってみると、途端に彼の歩みが止まってその耳がかあっと熱く、赤くなるのがわかった。
「昨日あれから、マカロンのこと勉強してきたんだ」
「……んだよそれ、渡しづらいじゃん」
「えへへ」
おんぶの体勢で、お互いの顔がちゃんと見られなくて、かえってよかったかもしれない。
マカロンを調べていて見つけた、印象的な記事。それは、お菓子には贈る意味がそれぞれあるって記事で。
例えば
〈キャンディ〉は『あなたが好き』
〈マドレーヌ〉は『あなたと仲良くなりたい』
おもしろいのはいい意味ばっかりじゃないってことで、例えば
〈マシュマロ〉は『あなたが嫌い』
などなど。
それで。マカロンのところに書かれていた言葉。それは──
──『あなたは特別な人』
翔斗くんは照れ隠しにか言い訳っぽくこんなことを言った。
「……こっちこそ、今朝はごめん。今日、定休日でさ。いつもと違って時間気にせず夢中で作ってたら日が昇ってた」
「え……いつも朝からお菓子作りしてるの?」
ほんとうの朝メシ前!?
「ああ。おれが厨房使えんのは朝の6時半までって約束だから」
うちだったら逆に怒られちゃうよ、そんな朝早くにお菓子作りなんかしてたら。
「それで……マカロンは?」
「できたよ」
どきん。と胸が鳴る。
「それ渡そうと思って家行ったんだ。でもいなかったから」
「え、てことは今は?」
「チャリのかごの中」
「ええー!?」
ガガーン! 今すぐ食べたかったのに!
「ね、取りに戻ろ? 今ならまだ近いし。っていうかもう大丈夫だから、降ろして」
「あのな」
騒ぐとたちまち怒られた。「帰って体冷やすのが先!」
ぶう。スポーツドリンクが効いたおかげでもう元気なのにぃ。
こうしてわたしは自宅に強制送還されて、もう元気だってどれだけ訴えても聞いてもらえずエアコンの効いた部屋で無理やり寝かされた。
「マカロンー」
「おあずけ。また持ってくるから」
「ぶうー!」
やっと念願が叶ったのはその翌日。この前の保存容器とは違って、今度のはちゃんとかわいくリボンでラッピングまでされていた。
包みの中も、この前は焼いたマカロン生地だけだったけど、今日はちゃんとバタークリームがサンドされていて本当にお店のみたいだった。
こんなすごい手作りをもらったら……。普通の女の子ならたぶん、ドッキュンして大喜びするのかもしれない。
けどわたしは。
それとはちがう感情をいだいていた。
だけどキミはそれがいいんでしょ?
っていうか、それをわたしから引き出そうとしてわざとこんなすごい出来にしてきたんでしょ?
【あなたは特別な人】
んん。もう。ほんと、性格わるいんだから。添えられたメッセージカードをしげしげと見つめて、わたしは顔をしかめた。
『くやしかったらこれを超えてみろ』
ぶぶうー! 字がとってもキレイでやっぱり余計にムカついた。
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