第40話 ロード・オブ・ザ・ディグニティ

「ケイイチ様~、今日はこのへんで休憩しましょ~」


 シバタロウくん。

 鎧ゴブリンのカゲ。

 狩人のチェン。

 ドワーフのギンパ。

 錬金術師のヒカ。

 シーフのシロ。

 薬師のネココ。

 そして、オレ。


 この七人と一匹によるパーティーで、オレたちは『エン・コン』へと潜っていた。

 七人とは獣人含むオレたち。

 そして一匹とは、ゴブリンのカゲのことだ。


 世界の果て。

 世界を覆う暗幕。

 語り部ゴブリン、そして大陸七賢者の一人らしいヒカさんの知識を総動員させて検証した結果、『世界の果てを覆う暗幕は本当にある』という結論に至った。

 そのうちの一つが『エン・コン』の最下層。

 オレが最初にこの世界に現れた場所。

 あのゴブリンがぶわぁぁぁっといた広いフロア。

 どうやら、そこが世界の果ての一つらしい。


「シバタロウ殿、今日の飯はなんですかな?」


「今日はさっきの階層で発酵豆を見つけたので、ゴブリンさんたちの集落で分けてもらった玄黒米と炒めたネバ豆黒炒飯です!」


「ネバ豆……これまた食感が気になる響きじゃのう」


 オレたちがこのダンジョンに足を踏み入れて、はや一年が経つ。

 かつて苦節二千年もかけて脱出したこの『エン・コン』。

 考えてみれば、オレと同じ場所にいた鎧ゴブリンの末裔まつえいが、さっさと地上に出て魔王候補のレアゴブリンを育成してるのがおかしかったんだ。

 で、聞いてみれば、ここにはゴブリンしか知らない秘密の抜け道があるんだって。

 ってことで、マスター……じゃなくて、カゲに案内させて、ここまでやってきた。


 道のりは超楽勝だった。

 魔王として覚醒したオレに逆らうゴブリンは一匹もいなかったし、なんなら途中途中に点在する集落で、丁重におもてなしさえされた。

 それにパーティーのは旅慣れた歴戦の冒険者たち。

 おまけにオレの心の友、シバタロウくんまでいて、食事から、オレのメンタルケアから、みんなのもふもふ欲解消まで、いたせりつくせりだ。

 これじゃまるで冒険というより、旅行。


 でも、その旅がオレにはすごく楽しかった。

 こっちに来て、色々戦ったりもしたけど、ちゃんとパーティーを組んでの冒険をするというのは、これが初めての経験だったからだ。

 あれだけソロに固執してた自分が、まさかこんなにパーティープレイを楽しめるとは……。


 いや、パーティー「プレイ」じゃないな。

 ゲームの中の世界じゃないんだ。

 生身の人間として、オレは生きている。

 オレだけじゃない、みんなもだ。


「なるほどっ! これがネバ豆黒炒飯! 実に興味深い!」


 好奇心旺盛すぎて旅についてきた薬師のネココ。


「ハァ……シバタロウくんの飯は繊細なこのエルフ族のオレの口にも合うからすげえわ。なぁ、うちの国に来て店出さないか?」


 世界の果てに到達したエルフとして名を広めようとしてついてきた狩人エルフのチェン。


「ダメにゃ! シバちゃんはボクと一緒に柴犬亭で、ず~っと一緒に働くにゃ! この旅が終わったらボクは一生スイートルーム住み放題! 一生シバちゃんのご飯食べ放題なんにゃ~! エルフ国なんてシケた国絶対に行かんにゃ!」


 まぁ、例によって報酬に釣られたシロ。


「シロさん……あ、あまり他人種を悪く言ってはダメですよ……? お互いに尊重しあわなければ、その態度がいさかいを生んで、あの、その……」


 七賢者の一人で実はスゴい人らしいんだけど、気が弱すぎて正論を言っててもすぐに発言をスルーされがち。オレの魔力門の変化と推移を見守るために同行してる錬金術師のヒカさん。


「ガハハハ! つまりはシバタロウ殿の作る飯は美味いということですな!」


 で、ドワーフのギンパ。この旅から帰ったら、語り部の一族のナイソウとガイソウから鉱石と技術の知恵を授かる第一人者となることを条件に同行してる。


「なぁに、エルフ国にもチェーン店を出せばいいさ。残してきた店ではチカたちもスキルアップしてるだろうしな」


 そして、散々裏で謀略を練ってオレたちをかき回してきた鎧ゴブリンのカゲ。こいつは要注意人物だから死ぬまでオレの監視下においておく。ほら、敵は一番身近に置けって言うだろ? ちなみにカゲはこのダンジョン内の集落に着くごとに子作りに励んでたから、この旅の帰り道では彼の子供たちが出迎えてくれることだろう。そして、その中の一人が語り部の一族としてオレたちの今回の騒動や、世界の果てについてこれからも語り継いでいくに違いない。


「ケイイチ様? どうしたんですか、ニコニコして?」


 シバタロウくんが小首を傾げて声をかけてくる。


「ああ、パーティーっていいなって思ってさ」


「は? いいか? 高貴なるエルフ族のオレ様が他人種と旅するなんてマジ勘弁なんだが? さっさと名を上げて、世界一のソロ冒険者として世界に君臨するまでの妥協の産物にすぎないんだが?」


「ソロだとシバタロウ殿の飯は食えんがな!」


「それに、矢が尽きたらチェンはなんにもできんにゃ。ただのお荷物にゃ。一番ソロ向いてないにゃ」


「あの、だからチェンさん、他人種を悪く言っちゃ……」


「あー! うっせ! うっせ! うっせ~! オレが有名になったらお前らになんか、もう会ってやらね~からな!」


 顔を真っ赤にして怒鳴るチェンをオレは温かく見つめる。

 こういうやり取りすら楽しく思える。

 かつてソロプレイヤーだったオレは、内心こういった日々を渇望してたのかもしれない。

 渇望していたからこそ、そことの折り合いがつかなかった自分に、そして相手に苛立ち、どんどんソロプレイに──他のパーティーを見返すことに固執していったのかもしれない。


 きっかけは、いつだってあったはずだ。

 ネトゲの中だったら、何度もいろんなパーティーに参加し続ければ、きっといつか気の合うパーティーメンバーと出会えたかもしれない。

 ここでの場合は、まず自分の本名を明かすことから変わった。


 自分を知ってもらう。


 そして、他人を知る。


 それがオレの長年望んでいたことだった。


 柴犬亭の女性従業員を一~四なんて呼んでたのも、彼女たちとちゃんと向き合っていなかったからだし、そういったことが巡り巡ってユージという青年を闇に落とさせてしまった。

 その責任は、これから取らなくてはならない、オレが。

 そして、それはゴブリンの魔王としてのオレではなく。

 不老不死というチートをもらったオレでもなく。

 いち個人の。

 ナカイケイイチとして。


「さてと。では、飯も食ったことですし、行くとしましょうかのぅ」


 腹を擦りながらギンパが促す。

 今、オレたちがいるのは『エン・コン』最下層の広間。

 ぶわぁぁぁっといたゴブリンは、魔王であるオレをおそれ、モーセの十戒のごとく左右に割れている。


 みんながオレを見つめる。


 目の前の壁には巨大な暗幕がかかっている。

 手をのばす。

 暗幕に指をかける。

 ゆっくりと幕を開くと、見覚えのある真っ白な空間が目に入ってきた。

 一人の男が立っている。

 緑色の肌をした男だ。

 トキトウ神。


 オレに不老不死の肉体を与え、二千年ダンジョン『エン・コン』に転移させた男。

 ただし、そうなることになった原因はオレ自身にある。

 すべては、この神のちょっとした茶目っ気を許容出来なかったオレが発端となって始まった物語だったんだ。



 魔王の器を捨てるために、世界の果てを目指したオレの冒険。



 ソロプレイヤーだったオレが、仲間と出会い、旅をしてきた経験。



 そして、これから先、オレ達が切り開いていく永遠。



 オレはニッと笑い、二千年ぶりに会ったその男に声をかける。



「ここが、精神と時任ときとうの部屋ですか?」



 緑神トキトウがニヤリと笑い、答える。



「ああ。ここが、精神と時任ときとうの部屋じゃよ」



 さぁ、ここからもう一度始めよう。



 オレの、オレたちの、物語を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゴブリン狩って二千年、気づけば魔王スキルを手に入れてました 祝井愛出汰 @westend

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ