第39話 覚醒

「な、なんだ……!?」


 天まで伸びた七匹のゴブリンから伸びた光柱は、しばらく眩しい光を放ったのち、小さい線となって消えた。


「今のは一体……? って、えっ!?」


 恐る恐る目を開けると、鎧ゴブリンたちの体が光っていた。

 いや、光っているのは体ではなく──鎧。

 彼らの着ている鎧が黄金に輝き、強い光を放っている。


「にゃにゃ。金ピカにゃ! 金ピカゴブリンにゃ! なんで急に光るにゃ~!」


「これは……これが我ら語り部の一族の真なる姿なのか……」


 マスターはそう言うと、オレの前に片膝をついた。

 他の六匹の語り部の一族も同様に従う。


「かつて魔王様の元で暮らしていた我らの鎧は黄金色に輝いていたと聞きます」


 あ、そういえばそうだったような。

 約二千年前のことだからおぼろげにしか覚えてないが……。


「そして、魔王様が真の力を取り戻す。その最後のピースが『我々語り部の一族が全員揃うこと』だったのです」


 マスターの言葉にケイリが続く。


「我ら同胞、そして人族にこれだけの犠牲を出してしまったのは、ひとえに我々語り部の一族の責任。どうか厳正なる処罰をお与えください」


 処罰。

 レアゴブリンを育成し、次なる魔王にしようと二千年間続けてきた彼らの行い。

 これを責めることは出来ないだろう。

 彼らなりに最善を尽くそうとしてきたのだろうから。

 しかし、そのために人間を巻き込み、王都セレスティアを壊滅させたことは決して許されることじゃない。


「失ってしまった命は……人間も、ゴブリンも取り戻せない。悔やんでも悔やみきれない損失だ。だが、その中で他国の魔王の力を借りて、必要のない虐殺にまで加担した三匹。お前たちには、すぐに子を成して次代に語り部の役割りを引き継ぎ、語り部の座を引退することを命じる。そして、その後はセレストリア王国の復興に一生を捧げよ」


「……ハッ! 魔王様の寛大なる対処に感謝を」


 三匹の鎧ゴブリンは頭を地面に擦り付けて感謝の意を示す。


「それから、マスター。キミの本来の名は?」


 マスター。

 それはオレたちが勝手に呼び始めた名前だ。

 語り部の一族には元来名前がある。

 ケイリ、ナイソウ、ガイソウ。

 いずれも人間界の職業に即した名前だ。

 そして、その名前の通り、ケイリは経理に。ナイソウは内装に。ガイソウは外装に関する職に特化していた。

 ならば、マスターの特化していた特性とは──。


「カゲ、でございます」


 カゲ。

 日本で言う忍びのようなものか。


「諜報、暗殺、といったことが生業なりわいなのか?」


「……ハッ。そのための【種族】の知識です」


「ならばユージを焚き付けオレに暗殺に向かわせたのも、フェンリルの魔王に協力を仰ぐように差し向けたのも……」


「はい、私でございます」


「……最初にゴブリンを『にん』と呼べと言ったところからだったんだな。お前が人に取り入って操ろうとしてたのは」


「ハッ……」


「では、カゲ。お前もすぐに子を成して語り部の座を次代に引き継げ。その後は常にオレと一緒にいろ。片時も離れることは許さん。今後お前に自由はない。死ぬまでオレの監視下に置く。いいな?」


「かしこまりました」


 それから……。


「ヒカさん、いる?」


「あ、私ならここに……」


 錬金術師のヒカさん。

 ユージの元パーティーメンバーで、オレの魔力門を(仮)かっここかりの状態まで開いた人。


「オレの魔力門って今どうなってる?」


「ん……」


 目を細めてオレを見つめるヒカさん。


「ひ、開いてます! 全部開いちゃてます! ぜ、全開ですぅ」


 全開。

 どうりで力がみなぎってくるわけだ。

 それに、魔王装備の性能も完璧に理解できた。

 王冠は周囲の大気から魔力を集め。

 鎧はオレの感情によって形状が変化し。

 剣は魔力を帯びて様々な特性を持つことが出来る。


 あまりにも過ぎたる力だ。


「剣聖殿、貴方はこれからどうされるつもりかな。ゴブリンの魔王としての地位を確立されたようだが」


 マッキンレーが尋ねてくる。


「オレは──」


 異世界パーティーの前で「オレつえぇぇ!」したかっただけのオレ。

 いくらすごい力を持っていようが、魔王になろうなんて思ってたわけじゃじゃない。


「魔王の器を捨てようと思う」


「なんと──ッ!」


 鎧ゴブリンたちから驚きの声が上がる。


「信じてない人もいるかもしれないが、オレは不老不死なんだ。死なないし、老いない。そんな人物が魔王の力を持ってていいと思うか?」


「……」


「力を持ったオレは何をすればいい? 他国の魔王を全て討滅うちほろぼして世界を制す真の魔王にでもなるか? で、その先は? 神にでもなれってのか?」


 誰も口を開かない。

 いや、開けない。

 そんな中、シアさんが震えながら声を上げた。


「わ、私には……セレストリア王国を復興させるという使命があります! 剣聖さんには、そのために力を貸していただければ……」


 たった一人残された王族。

 彼女の細い肩にのしかかる重責はいかほどのものなのだろう。


「シアさん。オレはキミに出来る限りの手助けをしたいと思ってる。ただし、それはゴブリンの魔王としてではなく。剣聖さんとしてでもなく。不老不死のオレとしてでもなく。ただ、一人の人間としてだ」


 発言の意図を汲んだバルモアが口を開く。


「つまり、この国に再び魔王不在の空白の時代を作る、ということじゃな」


「ああ、そのとおりだ。この国は二千年もの間、魔王がいないことによって栄えてきた。その状態を再現するんだ」


 マルコニーが素朴な疑問を口にする。


「なんでわざわざそんなことするんだ? せっかくゴブリンの魔王の脅威を人が手にしたってのに。それでみんなを支配すればいいじゃん」


「それだよ」


 支配。

 オレの生きてきた世界では過去、領土を奪い合い、資源を奪い合う戦いが繰り広げられてきた。

 そして現代でも宗教によるいさかいや、兵器を売るための戦争が続いている。


『人は争うものだ』


 この原理からはどこまで行っても逃れることは出来ない。

 この様々な種族が入り乱れる世界で争いをなくすことなんて不可能に近いだろう。

 平和というものは、絶え間なく行われる戦争の間に挟まれた一瞬の状態でしかない。

 なら、その一瞬を作り出そう。


「争いは争いを生む。しかも、ゴブリンの力をオレが永遠に横取りしていたら、そのうちゴブリンたちからの反発も受けて争いが生じる」


「たしかに、いびつ……ですな」


「そう。だからゴブリンの魔王の器はゴブリンに返す。そうして人とゴブリン。互いのパワーバランスを保ったうえで、この国を復権させて平和を維持したいと思ってる」


「ええ~、もったいな……」


 こういう時、シンプルなリアクションを返してくれるマルコニーの存在はありがたい。


「まぁ、オレもこのまま魔王の力を使って人とゴブリンをまとめようと思ってた時期もあったんだ。だけど、ゴブリンは根本的に人とは違う。明らかに今の段階での共存は無理だってことに気づいた。互いに共存していけるようになるには、まだこれから先、数世代かかると思う」


「……」


 表情からは読み取れないが、鎧ゴブリン達もそれぞれ思うことはありそうだった。


「だからオレは、魔王の器を捨ててゴブリンに返す。ついでに、この不老不死も神に投げ返してやりたいな。そして一人の人間として、この国の復興に携わりたいんだ。これから先の未来に繋がる、この国の人のために」


 大丈夫。

 魔王の力がなくても。

 不老不死がなくても。

 オレには二千年間頑張ってきた経験と。

 この街で出会ったみんながいる。


「あ、そうだ。これを言っておかなくちゃ」


 ずっと引っかかっていたこと。

 みんながオレを呼ぶ時の名前。

 剣聖さん。

 剣聖ゴブリン。

 ゴブリンの旦那。

 そして、ガルム。


 正直、どれもピンとこなかった。

 ガルムと呼ばれたときでさえ、だ。

 だってオレの本当の名前は──。

 本当の、等身大の、いち人間としてのオレの名前は──。


「みんな聞いてくれ。オレの名前は、剣聖ゴブリンでも、魔王様でも、ガルムでもない。ガルムは、名前を聞かれてなんとなく名乗った仮名なんだ。オレの本当の名は──」


 さぁ、ここからもう一度始めよう。

 オレの、ナカイケイイチの本当の冒険を。

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