第38話 よかったよ

「ご主人さま! ご無事だったんですね!」


 涙目のシバタロウくんがオレに駆け寄ってくる。


「ああ、シバタロウくん。頑張ってくれてたんだね、ありがとう」


「はい、シアさんも無事だったんですね! よかったです! あれ、でもその格好……?」


 艷やかなシルクの寝間着の上から白いファーのショールを羽織っている。

 足元は清楚な淡いピンク色の木製サンダル。

 一目で高貴な立場だと分かるたたずまいだ。


「シアさんは姫なんだ」


「ひ、姫様!? ですか!?」


 ケムラタウンに戻る途中、足を血だらけにして走るシアさんの姿を見つけたオレは、抱えて連れてきた。

 そして、ここに戻ってくる道中でシアさんから回復魔法を受けながら、彼女がセレスティア王国の第一王女であることを聞いたのだ。


「ああ、その話はまた後で」


「は、はい! ご主人さま、敵をやっつけてください! マッキンレーさんとギンパさんが頑張ってるんですけど、もう二人とも限界で……!」


 涙ながらに向けるシバ太郎くんの視線の先には、満身創痍にもかかわらず目の奥の輝きだけは、まだしぶとく光る二人の戦士が立っていた。


「剣聖殿……あとは、頼みました……ぞ……」


 張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、マッキンレーは気を失って倒れる。


「──っと」


 オレはブーツの力で瞬間移動すると、戦士マッキンレーの体を支える。


「マッキンレー、戦える年齢じゃないだろうに、こんなになるまで体を張って……」


「みんなのためじゃ。命を張らなければならない時もある。それが年寄りのつとめじゃ」


 生き絶え絶えのギンパに、ねぎらいの言葉をかける。


「そうだな、ギンパ。よくみんなを守ってくれた。あとは任せて休んでてくれ」


「ああ、そうさせてもらおう」


「シアさん、みんなの手当を」


「はいっ!」


「それと領主バルモア。変なことは考えないように」


「ああ……。まさか年下の子供にいさめられる日が来るとは思わなんだ」


「いや、こう見えてオレの方がずっと年上だぞ? なんてったってオレは、二千超えて──」


 喋りながら、宙に浮くストームゴブリンへと体を向ける。


「二十一歳なんだからなぁ!」


 ドンッ!


 地面を蹴って一瞬でストームゴブリンの目の前へと飛び上がる。


「来たか魔王の器を持ちし人間! だが、我らが策略の前に貴様も仲間も瀕死! その状態で、魔王候補最強の我ら二人を相手取るなど──」


 瞬闇五連星スターファイブロード


「ガ──ッ!?」


 雷光十四夜フォーティーンライトボルト


 切り裂く。


 瞬闇超連月ムーンスターロード


 斬り裂く。


 ジュバァァァァンッ──!


 いくつに刻まれたのか。

 何度斬りつけられたのか。

 斬られた本人はおろか、見ていた腕利きの冒険者たちでさえわからぬほどの超連撃。


 嵐の力を身にまとったストームゴブリンは、一瞬のうちに肉片へと姿を変えた。


「ソロプレイの基本。二体に囲まれたら、まずは一体を全力で叩け、だ」


「ソロプレイ? 貴様、なにを言って──」


「喋らなくていい。お前は、オレの質問にだけ答えろ」


 ドラゴンゴブリンを手で制しながら続ける。


「魔王の器が欲しいのなら、なぜ正々堂々と挑んでこない? なぜ王都を巻き添えにする必要がある? なぜ関係ない冒険者を襲う? そして、なぜ──」


 脳内に蘇る王都セレスティアの惨状。


「他国の魔王と手を結ぶような卑劣な真似をした?」


「卑劣? オイオイ、お前は何を勘違いしてるんだ? オレたちはゴブリンだぞ? 人は殺すし、物は奪う。それがオレたちだ。そして姑息で卑怯。それが美学だ。正々堂々? 馬鹿かお前は! こぉんな馬鹿が器の持ち主だなんて、今まで死んでいった候補者達も浮かばれねぇだろうなぁ!」


「それが……ゴブリン……」


「あぁ、そうさ! 今頃わかったのか、このボンクラが! やはり貴様は王にあたいせず! 貴様の器、オレが奪い取ってやろう! ゴブリンらしく卑怯に! そして卑劣になァッ!」


「よかったよ」


 前転旋回フロントスピン


 襲いかかってくるドラゴンゴブリンの爪を弾く。


 パリィからの相手がよろめいたところへの攻撃。

 これもネトゲのソロプレイの基本だ。


「少しゴブリンに情が移りかけてたんだ。でも、これで安心して──」


 円舞ロンド


 ドラゴンゴブリンの足を斬りつける。


 ガガガッ!


 硬い鱗が削れ飛ぶ。


 こうして機動力を削ってから、死角に入っての。


「殺せる」


 瞬闇超連月ムーンスターロード

 瞬闇超連月ムーンスターロードッ!

 瞬闇超連月ムーンスターロードォォォ!!!


 断末魔を上げる暇さえ与えない無情なる連撃。

 憐れドラゴンゴブリンは、肉片すら残らずこの世から消え去った。


「ガハッ──!」


 吐血。

 さすがに無理がたたったか……。

 この魔王の魔力、というものは──どうやら不死の肉体ですらむしばむようだ。


「ご主人さま!」


「大丈夫だ。それより鎧ゴブリンを──」 


「それなら、もう捕まえてあります」


「こっちもだ」


 二匹の鎧ゴブリンを捉えているのは、円盾のマルコニーと五角盾のゴッカク。

 二人とも生きているのが奇跡なほどにボロボロだ。


「お前ら……そんな状態でよく……」


「なぁに、剣聖の旦那ほどじゃありません」


「これで、もうゴブリンは襲ってこないんだろ? ハハッ……生き延びた……! 嘘みたいだ……!」


 こんな状況でもオレに気を遣うゴッカクと、自分本意なマルコニー。

 相変わらず性格は違えど、二人で息の合った働きをしてくれたようだった。


「にゃ! ガルムにゃ! 鎧の捕まえてきたにゃ! ご褒美になんかくれにゃ!」


 見ればシロも口に鎧ゴブリンを捕まえている。


 あれは……デスゴブリンの鎧ゴブリンだろうか。

 王都で見当たらなかったが、こっちに来てたってことか。


 柴犬亭の中に避難していたケイリ、ナイソウ、ガイソウも広場にやってくる。

 そして、元から広場にいたマスターも含め、七匹の鎧ゴブリンが集ったその時。

 彼らの体は光に包まれ──大きな光柱が空に伸びた。

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