第33話 金ピカの柴犬

「話が違うにゃ~!」


 エプロン姿のシロが涙目で訴えてくる。


「別に違わないだろう。食事(まかない)無料で、宿泊費(寮費)無料。住み込みで働けて給料まで出るんだから最高じゃないか」


 トレーを持って柴犬亭のホールをシュタタと駆け回るシロ。


「にゃ~、こんなのただの従業員にゃ! 詐欺にゃ~!」


「おいおい、詐欺とは聞き捨てならないな。大体、シロって鎧ゴブリン捕まえてないよね? ナイソウは穴の中でたまたま会っただけだし」


「でも、でも、横穴はボクが見つけたにゃ」


「ガイソウを見つけたのはオレとナイソウだし」


「で、でも、ボクが取り押さえたにゃ!」


「うん、シロのおかげで捕まえられたのも事実だ。だからこうして宿無料、食事無料で仕事まであげてるんじゃないか」


「んにゃ~……仕事は別にいらんにゃ……。ボクはただ毎日寝て過ごしたいだけにゃ……」


「寝てるだけだと太るぞ」


「太っていいにゃ。ボクは怠惰たいだむさぼる白豚獣人になりたいにゃ」


「またそんなこと言って。シロはユージとタメ張れるくらい強いんだろ? ちゃんと鍛えてないともったいないよ」


「強さなんてなにも生まんにゃ。ただ欲しい物を手に入れるだけの手段に過ぎんにゃよ。だからボクは怠惰な生活さえ手に入れたら、あとは好きなだけブクブク太るにゃ」


 約一日の鎧ゴブリン探しの旅を経て、オレとシロは軽口を言い合えるくらいに仲がよくなっていた。

 人見知りのオレがいつの間にか心を開けていたのは、シロの飾らない人柄もあってのことなんだろう。

 それに、シロの言うことは、いちいち物事の本質を突いてたりしてハッとさせられることも多い。

 いま話してた「強さは目的を達成するための手段にしか過ぎない」にしてもそうだ。

 元々オレは「パーティーの横でソロで無双して見返す」ということだけを目標に二千年頑張って来てたんだけど、それを達成したような状態の今、オレの強さは宙ぶらりんだ。


 オレの強さを、オレはどうしたいのか。


 オレは。

 オレの願いのために。

 この「強さ」をどう使いたいのか。


 そもそも、オレの願いとは?


 シバタロウくんとの幸せな宿屋経営?

 シアさんとのラブラブイチャイチャ生活?

 みんなから「ガルム」と呼ばれて尊敬されたい?


 それを叶えるために、オレの「力」をどう使うべきなのか。


 いまいちパズルのピースがカチッとハマっていない感じ。

 なにか、しっくりくる目標があるような気がするんだが……。

 それが今はまだハッキリと浮かばない。


『世界の果てには暗幕がかかっていて、そこから魔王の器を捨てられる』


 シロの言っていた、おとぎ話のような話が妙に引っかかる。


「シロさん、まかない出来ましたよ~!」


 シバタロウくんの声がオレの考えを中断させる。


「にゃ~! 待ってましたにゃ! カリカリの鶏肉あるにゃ!? 白い耳みたいな肉汁の……」


「はいはい、ありますよ。ご希望どおり今日は、からあげと水餃子定食です」


「んにゃ~! 労働の後の飯は最高にゃ~!」


 その切り替えの早さ、シロ……お前、社畜の才能あるぞ……。


「ご主人さま、お疲れじゃないですか?」


「ああ、大丈夫だよ。シバタロウくんこそ少し休んだら?」


「はい、でもご主人さまがお店の内装を直してくれたから、すごく働きやすくなったんで、疲れもぐんと減りました!」


 オレとシロが連れて帰ってきた二人の鎧ゴブリン、ナイソウとガイソウ。

 二人は名前の通り「内装工事」と「外装工事」のプロだった。

 なので、お店の設備費から二人に給金を出して、柴犬亭の改装工事をしてもらっているのだ。


「店の動線がぐちゃぐちゃじゃねぇか、よくこれで今まで営業できてたな」


 ナイソウはそう言うと、店の中央にあった調理場を入り口そばの壁際に移した。

 それによって店の中央に大きな空間が広がり、客席が増え、賑わいが増した。

 店員からしても、今まで左右に目を配らせてなきゃいけなかったのが、一方向だけを見ていればよくなったので、負担がかなり少なくなった。

 そして、入り口に常に店員がいるため、宿の利用客や支払いに対しても格段にスムーズに対応できるようになっていた。


 女性従業員一~四も、どんどんと改善されていく労働環境に満足しているようで、当初強かったオレへの当たりも次第に柔らかくなっていった。

 まぁ、オレが内装業者を連れて帰ってきて、さらにケイリから得た賞金を改装費に回してるんだ。

 少しは感謝してくれないと困る。


 一方、外装。

 こちらは派手派手だ。


「とにかくど派手に! え重視で! この街の中心地であることをアッピールするようなエンッターテーメント性溢れる外装にっ! あぁ、天才のオレの手腕が唸る……」


 柴犬亭と書かれた看板には金ピカの柴犬の像が備え付けられ、外壁には赤青黄緑紫オレンジとありとあらゆる色をぶちまけたような確かに「目は引く」塗装がされていった。

 おまけに、各国の旗がひらひらとひらめいていて、まるで色んな国からのお墨付きをもらったお店のようだ。


「あのさ、勝手に旗とかつけていいの?」


「あぁ、いいに決まってるだろ。旗に利用許可なんかいるかよ。客を呼び込めるんならなんでもするべきだろうが。これがアートと商売を成り立たせる天才のオレのやり方だ」


 実際、この外装の効果は抜群だった。

 店は常に満員の大盛況。

 こういう国旗には国威発揚こくいはつようの効果もあるらしい。

 元々、色んな国から集まった冒険者たちだ。

 自分の祖国の旗があるというだけで嬉しいのだろう。

 満員で店に入れない客も自然と店頭に集まるようになり、柴犬亭は名実ともに街の中心地へとなっていた。


 前回の「鎧ゴブリン捜索クエスト」以降のケムラタウンの変化といえば。


 まず、冒険者が減った。

 王国が横槍を入れた以上、次のレアゴブリンが無事にこの街までたどり着くという保証はない。

 また王国がちょっかいを出すかもしれないからだ。

 だから他の街でクエスト受けたほうが確実だと思う冒険者も増えてきた。


 次に、非戦闘員が戻ってきた。

 冒険者が減ったのと同じ理由で、民間人が少しずつ帰ってきはじめた。

「もうゴブリン達の襲撃はないらしい」

 彼らの中では、そんな楽観的な噂がまことしやかに囁かれている。


 その結果、潤ったのは柴犬亭だ。

 元々、街にいた八十人ほどの冒険者を抱えきれるだけのキャパは柴犬亭にはなかった。

 詰めに詰めて五十人。

 それが柴犬亭のマックス宿泊収容人数だ。

 だから、それまで男連中で三人部屋に無理やり十人雑魚寝してたような部屋もなくなり、みんなのクオリティー・オブ・ライフは上がりに上がっていた。

 そして民間人が帰ってきたことによって、柴犬亭の飲食部門──特にお持ち帰りのお弁当が人気商品として定着しつつあった。


 一方、頭を抱えていたのはマッキンレーとバルモアだ。


 まずはマッキンレー。

 彼は当初の目標の冒険者ギルドのランクアップを果たすどころか、オレという存在を今まで隠していたことが王都本部の冒険者ギルドの逆鱗に触れてしまったらしい。

 マッキンレーの皮算用では、そんな問題はレアゴブリン七体の素材と実績で黙らせるつもりだったらしいが、実際手元にあるのは二体分の素材だけだ。

 さらに、襲撃を受けた際に冒険者たちが狩った大量の雑魚モンスターの素材を金に引き換えたため、ギルドの金庫も空っぽらしい。

 そして、その大量の素材も本部に買い取ってもらえないため、マッキンレーの元には山積みの素材のみが残されている。


 領主バルモアの方は、街の防衛設備に資金を割きすぎて大赤字をこうむっていた。

 こんな辺境の街じゃ税金なんてあってないようなものだ。

 国へ納める租税もバルモアが個人的に支出している。

 彼は、それを補って余りあるだけの儲けをどうにかして得ているのだろう。

 オレはあまり興味が無いので、それ以上は知る気もないが。

 まぁ、とにかくバルモアは防衛設備の設置に多額の投資を行い、いまだにその回収の目処が立っていないということだ。


 出会いがあれば別れもある。

 オレがユージと再会し、ナイソウとガイソウを連れて帰ってきたように、この街からいなくなった顔見知りもいる。

 そのうちの一人が。

 そのうちの一人が……。


 シアさんなんだうわあああああああああああ!


 ぶええええええ! なんで! どうしていなくなっちゃうの!?

 オレの二大モチベーション、シバタロウくんとシアさん!

 そのうちの一人のシアさん!

 どこ行っちゃったの、マジで!

 オレがユージのこと話したら、次に日にはもう消えてた!


 蒸発!


 JO・U・HA・TSU!


 マジで!

 もしかしてユージを追っていった!?

 ってことはセレストリア王国とかいうところに行ったの!?

 え、もしかしてオレ、ユージに恋のバトルで負けたん!?


 失恋。

 途方もない喪失感。

 ハハッ……これが噂に聞く失恋か……。

 ということで、オレは柴犬亭のバーカウンターでミルクに溺れていた。


「旦那、だからミルクで酔うのはやめてくださいって。お腹壊しますぜ」


 マスターから声をかけられる。

 前もこんなこと言われた気がする。

 いつだっけ? ああ、シアさんとの初デートに失敗したときだ。

 あの時も、こうやってバーカウンターでミルクを飲んでマスターに慰められてたっけ。


「マスターになにがわかるってんだよ……。次に来るゴブリンの予測もつかないくせにさ」


「私にわかるのは、あくまで種族に関してだけですからね。王国の横やりが入るとなれば、予測は不可能ですよ。ただ、残された三人の魔王候補はかなりの強さを秘めてますので、王国といえども足止めすら出来るかどうか……」


「へ~、そんなに強いなら、いっそのこと王国を滅ぼしてから向かってきてほしいもんだね」


 カランっ、とグラスの中の氷を回しながら嫌味を呟く。


「今、私は人里で働いてる身です。なので、おいそれとは言えませんが、ゴブリン的な立場から考えればそれもありですな」


「ああ、そう? こんなこと考えちゃうのは、やっぱオレの中にゴブリンの魔王の器とやらがあるせいなのかなぁ。普通なら人間の応援するもんなぁ」


「そうとは限りません。金、地位、権力、名誉、復讐、そして愛。そういったものが絡めば、同族すら殺すのが人という生き物です」


「そんなもんかなぁ。でも、ゴブリンもオレを殺して魔王の器を奪い取ろうとしてるじゃん」


「それは……」


 珍しくマスターが言葉をつまらせる。


「まぁ、いいや。あ、そういえばマスターに聞きたいことがあるんだった。この魔王の器ってさ……」


 子供に移す以外に手放す方法あるの?


 そう聞こうとした瞬間。


 バンッ!


 柴犬亭の扉が勢いよく開かれた。

 男の顔はこわばっている。


「た、大変だっ……! 王都が──王都セレスティアが滅ぼされたっ!」

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