第20話 パーフェクトゲーム

 冒険者の街ケムラタウンの通りは東から西に続いている。ただし、東側は王都に続く、交易が盛んな整備された道。西側は二千年ダンジョン『エン・コン』へと続く、冒険者しか踏み入らない獣道だ。


 前回、タイタンゴブリン軍団が進んできたのは、西側の獣道。今回、アイスゴブリンが進んできてるのは、そのどちらでもない南の道なき森の中からだ。森の中とはいえ、進みやすい進路は大体決まっている。しかも街の周辺となればなおさらだ。ってことで、一週間のうちで進軍予測ルートに三つの落とし穴を掘っておいた。そのうちの一つにすんなり引っかかってくれたようだ。


「魔物の先行部隊が落とし穴Bに落下! ただちに火を放てっ!」


 ピューイ!


 スキンヘッドのスカウトが指笛で合図を出すと、落とし穴近くで待機していたシーフやスカウト連中が火を放つ。その魔物たちの肉の焼ける匂いは、すぐに街の中心部にまで漂ってきた。


「ふむ。寒冷地の魔物は脂肪を多く含むため、火計がよく効くとのマスターからの進言じゃったが、いやはや恐ろしいもんじゃな、『敵を知っている』というのは」


「バルモア様、知っているだけでは対処できませんよ。敵を知り、そして正確な対処を施すことも重要です」


「もちろんじゃ。適切な防衛施設の設営を手掛けてくれたマッキンレー殿と、アドバイスをくれた剣聖殿の力あってのものじゃな」


 お、なんか褒められたぞ。フフン、ちまちま計画的にやることにかけてはオレの右に出るものはいないからな。多分。あんまり。うん。


「報告っ! 上空のガーゴイルは全て撃破っ!」


「報告っ! 落とし穴B、敵ゴブリン二十体程を燃やすも、アイスゴブリンが氷で穴を埋めて、上を通過してきています!」


「報告っ! 敵軍、そのまま地面を凍らせて滑ってきています! まもなく最前線の柵Bに到達!」


 次々と飛び込んでくる報告の数々。それに応じ、机に置かれた地図の上のコマが動かされていく。


(こうして地図を見てる限りでは、俯瞰で全体画面を見ながらやってたタワーディフェンスゲームとほとんど一緒だな)


 中央広場のかまくらの周りに集まってくる兵たちもちらほら見え始めてきた。前線で仕事をして来た後、アイスゴブリン達の魔法やスキルで冷えた体を温めるためだ。


 落とし穴に火石(手榴弾の燃える石バージョンみたいな感じらしい)を投げ込んで帰ってきた中年のスカウトが焚き火に手をかざす。


「ふぃー! ぶるぶるぶる……。アイスゴブリン、話で聞いてた通り、めっちゃ氷ッスね! 氷の体のゴブリンッスよ。それが氷柱つららは投げるわ、地面は凍らすわ、その上を滑ってくるわで思ってたより手がつけられねーッス!」


「けが人は?」


「今のところ、いねーッスね。走ってて転んだとかはいるかもッスけど。概ね想定の範囲内ッス」


 ということらしい。地面を凍らせて滑ってくるってのは、可能性としてはマスターが示唆していた。なので、一応対策は取ってある。


「防柵Bを左の侵攻ルートへ移動!」


 ピューイ! ピューイ!


 指笛が二回鳴るとギンパたちの「オウッ!」という声がここまで聞こえてきた。


 ドドドド……ドカッ!


 衝撃音の後、近づいてきていた足音が途切れる。盾職たちが防柵を持ち上げて敵進軍ルートを塞いだのだ。防柵は木材を紐で結んだだけの謂わばただの「木枠」なのだが、それゆえ、軽くて持ち運びが容易だ。さらにそのうえ──。


「敵、先行部隊の全滅を確認っ! しかし敵の体表が想定以上に固いため、こちらの槍もほぼ破損しました!」


 隙間から槍を突き出しておくだけで、スキルや技術がなくても敵を串刺しに出来る。防柵を支える盾職たちが、何十キロもあるモンスターが滑ってくる衝撃に耐えられるかどうか。そこが一番の勝負どころだったが、どうにか上手くやりきってくれたようだ。


「よし、では防柵Bの盾職は街入り口まで帰還! 魔術師は防柵に氷魔法を!」


 ピュピュピューイ!


 盾職たちにバフを掛けていた魔術師軍団が、モンスターの死体と突き刺さった槍ごと防柵を凍らせていく。これによってあっという間に氷の壁の出来上がりだ。そして氷と氷がぶつかれば……。


 ガチーンっ!


 砕け散る。


 ここまでは完璧なプラン進行だ。そして、報告どおりならもうすぐこの氷の壁に本隊が到着するはず。さぁ、そこで一気に勝負をかけさせてもらう。魔王候補とはいえ、しょせんはゴブリン。だらだらと時間をかけて戦ってやる義理はない。


「防柵A、CはBの脇を塞げ!」


 ピュッピュッピュッピュッピュ~イ!


「おおおおおう!」


 搦手からめてが終盤に差し掛かったことを理解した兵士たちの気勢が上がる。


「敵本隊、氷の壁Bに到着! 壁を破壊しようとしています!」


「弓隊、射てっ!」


 マッキンレーが手を振り下ろすと、足止めされた敵本隊に向けて一斉に矢が降り注いだ。


「うおおおお! 流星連射弓メテオストライク!」


 アホエルフのチェンの放った必殺弓。光の尾を引いた無数の矢は、あきらかに他の弓兵たちのものよりも殺傷力が高そうだった。

 ここに留まっていてはマズいと思ったモンスターたちは左右に散ろうとするが、生憎あいにくそこにはもう新たな氷の壁が築かれている。

 立ち往生している間に後ろからはどんどん新たなモンスターたちが滑ってくる。

 三方を壁に囲まれたモンスターたちは激突し、勝手に潰されていく。


「グギャッ! グギャ! グギャギャギャ~!」


 苦し紛れのアイスゴブリンの氷柱つらら魔法が物見櫓ものみやぐらを襲うが、一枚目の木板は貫けても、離して立てている二枚目の木板を貫くことは出来ない。


「ご主人さま~、お店閉め終わりました~!」


 トタトタと走ってくるシバタロウくん。


「あ~ん、待ってください、シバ様~!」


 いつの間にか『シバ様』呼びをするようになっていた女性従業員一~四も後からついてくる。っていうか、こいつら冒険者だよな? 防衛戦すっぽかして閉店作業を手伝ってたとか、もうマジでこっちが本業になっちゃってるじゃん。


 ピョコンっ。


「きゃ~~~~! シバ様~~~!?」


 前回の戦いの時みたいにシバタロウくんがオレの肩に飛び乗ると、一~四から悲鳴が上がる。オレはその金切声に若干引きつつ、シバタロウくんに声をかける。


「シバタロウくん、戦況わかるかな?」


「うん、ご主人さま。ちょっと待ってて」


 前回、魔力門(仮)を開かれたことによってシバタロウくんに目覚めた能力「感覚共有」によって、オレの頭の中に「匂い」が「映像」となって映し出される。


「あのまだ元気そうなのがアイスゴブリンだな。残党はシーフやスカウトたちが狩ってるけど、アイスゴブリンにだけは、ちょっと手こずってるみたいだ。シロがなんかモンスター咥えてるけど、あれが今回の鎧ゴブリンかな?」


「ほう、そこまでわかるとは。凄いですな、シバタロウくん殿は」


 抜け目のないマッキンレーがシバタロウくんに色目を使ってくる。チッ、絶対テメ~にだけはシバタロウくん渡さねーからな!


「もう終わりそうなんで、ちょっと行ってきていいですか?」


「構わんが、預かっている武器をまだ返せていないからな。代わりにこれを持っていくがいい」


 そう言うと、マッキンレーは腰から下げている一振りの剣を投げて寄越した。


「……おっと!」


 オレはそれを両手で受け取ると、鞘から抜いて刀身を陽にかざしてみる。柄に宝石の散りばめられた剣身は、日光を浴びて不思議な色に輝いていた。なかなかよさそうな──っていうか高そうな剣だな。壊したりしないようにしないと。


「じゃあ、これ、お借りしますね」


 そう言い残すと、オレはアイスゴブリンらしき臭いの元へと駆け出した。


「ああ……シバ様……」


 名残惜しそうに嘆く女性従業員一~四にマッキンレーが声をかける。


「で、お前たちは戦いに参加せずに、今まで店の片付けをしていたと?」


「え、いや、あはは……」


「では、今回の防衛戦で得た素材のお前たちの取り分はなしということだな」


「え、ええ~そんな~! マッキンレー様~!」


 シバタロウくんと感覚共有して聴力も増しているオレは、そんなやり取りを耳にしながら三方を氷の壁に囲まれながらも孤軍奮闘しているアイスゴブリンの元へとたどり着いた。遊撃隊として森に潜んでいたアタッカー達は、他の魔物は仕留めたものの、知能と魔力の高いアイスゴブリンにはなかなか近づけず苦戦している。


 氷の壁の上にしゃがんで戦況を少しの間見守っていたオレは、アイスゴブリンに声をかけてみる。


「よう、お前がアイスゴブリンか」


「グギャッ! 貴様が……【魔王の器】を持つ者か! オレは貴様を殺して真の魔王の座に……」


 ザンッ!


 一 刀 両 断 。


 悪いけど、お前の御託に付き合ってやってる暇も義理もないんだよね。

 哀れアイスゴブリンは、喋ってる最中に氷の壁から飛び降りたオレから真っ二つにされてしまう。

 っていうかこの剣、切れ味ヤバいな。

 そんなことを思っていると、アタッカーたちから大歓声と「剣聖ゴブリン」コールが巻き起こる。


「にゃにゃ? もう終わったにゃ? 鎧のは言われたとおりにちゃんと捕獲しておいたにゃ」


 鎧ブブリンを口に咥えたシロがヒョコリと姿を現す。


 こうして第二の【ゴブリンの魔王】候補、オレを付け狙うゴブリン七人衆の一人アイスゴブリンとの戦いは、パーフェクトゲームと言っていいほどの内容でオレたちの勝利と終わった。

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