第19話 アイスゴブリン
アイスゴブリンが来る直前。
冒険者たちは、揉めに揉めていた。
「だぁ~かぁ~らぁ~、なんでダメだってんだよ!」
「ダメに決まってるだろ! 戦えない民間人がいる時に攻めてこられたら、オレたちの負担が増えるだけなんだぞ!」
ここは柴犬亭。冒険者の中には、堪え性のない者も多い。そして、ここにも魔物襲来待ちに飽きた冒険者が一人。丸盾タンクの丸顔男「マルコニー」が「街に踊り子を呼ぼうぜ!」と言い出したのだ。
「い~じゃね~かよ、気晴らしでもしないと退屈すぎて頭がどうかなりそうだぜ!」
反対しているのは、五角盾タンクの五角顔男「ゴッカク」。
「待つのも任務のうちだ! もうすぐがっぽり稼げるんだから、大人しく待ってろ!」
それぞれ別のパーティーでタンクを務めてる二人。彼らは性格もスタイルも、なにもかもが真逆だ。まるで水と油な二人は、ことあるごとに
「大体、そのアイスゴブリンとかいうのは本当に来るのかよ!」
「来ると想定して対策を立ててるんだから信じて待ってるんだろうが!」
「はぁ~? だったらいつ来るのかハッキリ教えろや! いつ来んの? 何月何日何時何分何秒!? 太陽が何回登った時!?」
しょ、小学生かよ、こいつら……。どこの世界にも同じようなやつがいるんだな……。と思っていた時、見張りから一報が届く。
「アイスゴブリンが来たぞッ!」
すると今までの争いがウソのように冒険者たちは湧き上がった。
「うおおおお! マジで来やがった!」
「よっしゃあ! いくぞ、お前らっ!」
「待ってたぜ、この時をよぉ!」
「ふぉぉ! ぶっ殺してやるぜぇ!」
「みんな、毛布は持ったか!?」
冒険者達は、好き好きに叫ぶながら外に駆け出していく。
「ご主人さま!」
柴犬亭の店主、シバタロウくんがうるうるとした瞳で見つめてくる。
「シバタロウくん、ちょっと行ってくる」
「はい、ご主人さま気をつけてください! ボクもお店を閉めてすぐ向かいます!」
「無理しないでいいからね、まずは自分の身の安全を第一に考えて」
「はいっ!」
シバタロウくんの後ろから、こちらに殺気を向けてきている女性従業員一から四の視線を背中に受けながらオレも外に飛び出した。飛び出したはいいものの、冒険者ギルドに鑑定を頼んでる装備一式がまだ返ってきてない。なので、武器が何もない。あるのは最初から武器に使ってるゴブリンの骨だけだ。さてさて。一体オレはどうしたもんでしょうか……。
カーン! カーン! カーン! カーン!
敵の襲来を知らせる鐘が鳴り響く。
「全員配置につけっ! いいか! 打ち合わせどおり、まずは敵を引き付けるんだ!」
冒険者ギルド長マッキンレーが果敢に指示を飛ばしている。
「うおおおお! くらえっ!
失踪したユージの元パーティーメンバー、エルフのチェンが、敵が射程距離に入ってもないのに必殺技を出す。この数日間で薄々気づいてはいたが、オレは今はっきりと確信する。うん、馬鹿なんだ、彼。
「こら、チェン! 矢の無駄遣いをするな! しっかり敵を引き付けて射て!」
「チッ、うっせーな、反省してま~す!」
あきらかに反省していない態度で不貞腐れるチェン。
(あいつ……『エン・コン』を出たばかりのオレに射掛けてきた時もあんな感じだったんだろうな。腕はいいけどプライドが高く、うぬぼれ屋ってところか)
「すぐに寒くなるぞ! かまくらに火を入れろっ! 指先がかじかむぞ! 充分に温めておけ!」
「オオっ!」
祭りに似てるな、とオレは思った。
ほら、お神輿とか担ぐ、あのお祭り。子供の頃、親戚の地区の祭りに参加したことがあるんだけど、こんな雰囲気だった記憶がある。大の大人が、子供みたいにはしゃいでんの。その雰囲気になんとなく似ている気がする。
街の四方に作られた
各所物陰に魔術師。
街の中央部にはヒーラーと医療班。
最前線には盾職やスカウトが、それぞれ持ち場についている。
知っている顔でいうと、櫓の上にアホエルフの狩人チェン。
魔術師にオレの魔力門(仮)を開いてくれたヒカ。
ヒーラーにオレの初デート失敗の相手シア。
薬師にネココことモヒカン男。
盾職には現場監督のドワーフ、ギンパ、踊り子呼ぶ派のマルコニー、踊り子呼ばない派のゴッカク。ギンパが盾職のまとめ役だ。マルコニーとゴッカクはどちらも中堅ポジションっぽい感じ。
シーフのシロは見当たらないが、すでに森に潜んでいることだろう。
「剣聖の方のゴブリン殿はこっちへ」
街の領主バルモアがオレに声をかける。いや「剣聖の方」ってなんだよ。あんた初日は「ガルム殿」って言ってたよな? そう思いながら街の中心部、かまくらの作られた広場へと向かう。広場には医療班のほか、冒険者ギルド長マッキンレーが地図を見ながらアイスゴブリンの進軍ルートを確認していた。
「たしかにこのルートで間違いないのだな?」
「ハッ! 現在のところ予測されていたルートをそのまま侵攻してきています!」
「マスター殿の見立て通りとは……。これが【種族】の知識を持つ語り部の一族の能力か……」
「なんてことはない。奴らの特性、住んでいる場所から目処をつけただけだ。知っていれば誰にでも出来ることだ」
「いや、それを【知っている】ということが恐ろしいんだ。情報はなによりも強力な武器だからな」
ま~たいつの間にかマスターの評価がぐんぐん上がっている。それにしても知識、か……。他にも六種類の知識を持った鎧ゴブリンがいるんだっけ? 食物と鉱物と……あとなんだったっけ? まぁ、とりあえず、襲ってくるゴブリンを全部倒す! そして、そこへ参謀的に付属してる鎧ゴブリンをコンプリートする! そうすれば、オレはすごい情報通にってわけだ! フフフ……情報さえ握っていれば金もいくらでも儲かるわな……。まだ見ぬ資源の確保に、上り調子の企業への投資。この二つが出来るだけで、現代なら世界有数の大金持ち確定だ。あと、オレの三色ブチ模様状の体を元に戻す手っ取り早い方法もわかるかもしれないし。なんにしろオレはまだこの世界のことを全然知らない。だから「チュートリアル代わりに鎧ゴブリン七人を集めてみる」ってのも当面の目標としていいかもしれないな。
そんな取らぬ狸の皮算用に頭を巡らせていると。
ドゴーン!
最初のトラップ【落とし穴】に敵がかかった音が響いた。
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