第18話 柴犬亭の日常
こにゃにゃちわー、ガルム(異世界ネーム)でーす。
今日は、二千年ダンジョン(『エン・コン』って名前らしい)を出てきてから約一日の間に起こったことを振り返っていきたいと思います。
・ユージたち(実はかなりスゴ腕冒険者らしい)に襲われる。
・皮膚の垢が固まっててゴブリンみたいになってることに気づく。(最悪。ゲロゲロ)
・シバタロウくんと出会う。(唯一いいこと)
・大規模魔法で封印されかける。(秘められし謎の闇パワーみたいなので切り抜ける)
・ユージに闇討ちされる。(童貞には負けん。いや、オレも童貞だけど)
・タイタンゴブリン軍団が襲いかかってくる。(びっくりしたよね)
・魔力門(仮)を開いてもらってスキルが使えるようになる。(わお!)
・鎧ゴブリン(マスター)から色々聞く。(イケオジにいいとこを持っていかれた。ムカつく)
・シアさんとのデート失敗。(一番悲しい)
・「タイタンゴブリンがやられた……? くくく……しょせん奴は、我ら魔王ゴブリンの座を狙う七人衆の中で最弱よ……」みたいなノリで、あと六ゴブ来るらしい。(七人衆は多いよ……)
・ってことで、次に来るらしいアイスゴブリンとかいう奴への対策で、いま街の防備を固めてる最中。(バイト代出ます)
濃すぎない? ねぇ、いくらなんでも濃すぎない? とまぁ、こんな感じで色々あったんだけど、やっぱり一番気になるのって……オレの外見だよね? うん、自分でも気になる。バタバタしすぎてて今までちゃんと確認出来てなかったもん。
ってことで、部屋に備え付けてある全身鏡でじっくりと自分の姿を見てみる。おっと、先に言っとくけど、今回はオレの状態とか周りの状況とかを説明する閑話的な内容だぜ、そこんとこよろしく!
まず、肌のベースは元のペール色(かつて肌色と呼ばれてた色)が二割、垢が張り付いて黒くなってるのが五割、垢は剥がれたけど茶色くなっちゃってるのが三割って感じ。皮膚の厚いところが黒くて(手足、背中)、皮膚の薄いとこ(目の周りや手のひら、足の裏)がペール色、その間が茶色だ。一度、白猫獣人のシロに「黒三毛猫みたいにゃ!」って言われた。ゴブリン呼びされるよりは黒三毛猫の方がはるかにマシだ。いや、マシだにゃ。あ、ごめん、調子乗りました、さーせん……。
で、髪。不老不死だけど髪は伸びるし、お腹もすく。出るものも出るし、寝ないとしんどくなる。ただ死なないだけだ。ゴブリンに食べられても再生するし、岩で潰されても再生する。頭を撃ち抜かれても再生するし、根気さえあればどんな苦境からでも必ず逆転できる。だって、オレは永遠に再生し続けるけど、相手には寿命があるからね。ってなわけで、髪だ。
伸びた髪は自然と抜け落ちる。大体腰くらいの位置まで伸びたら抜ける。んで、オレは魔王ゴブリン(二層目であっさり殺した緑ゴブリン)から奪った頭飾り(今思えば、これ王冠だったみたい)をヘアバンド代わりにして全部後ろに流してる。後ろでまとめられた髪は絡み合って天然のドレッドヘアーみたいになってる。ワイルドだろ~? ちょっと頭が重たいけど、元から床屋に行くのが苦手だったオレにとっては楽でありがたい。
まぁ、こんな見た目の奴が「ウヴォア……」とか言いながら近づいてきたら、そりゃ逃げるわなって話ですよ。あ、でも不思議と臭くはないらしい。不思議だけど、異世界チートってそういうものなのかなって思って納得した。シロだけは「ヤバい匂いがするにゃ……」って言ってたらしいけど、まぁ、元の世界の時点で近所からはヤバい人扱いされてたから、それもさほど間違いではないだろう。
ちなみに魔王ゴブリンから奪った王冠、鎧、マント、ブーツ、剣は冒険者ギルドに預けてクリーニングと鑑定してもらってる。その冒険者ギルドの長を務めるマッキンレー曰く「オレの存在を中央(王都)に知られたくないから、鑑定に時間がかかるかも」ってことだった。
マッキンレー。
奴は正直虫好かない。なぜなら、ことあるごとに大人の余裕を見せつけてくるからだ。おまけにダンデーぶったイケオジときてる。「これまでに散々モテてきましたし、なんなら今でもモテまくってますけどなにか?」みたいなオーラをぷんぷんに漂わせててマジムカつく。
ただ唯一、彼に好感が持てるのは、ひたすらに中央(王都)を毛嫌いしてそうなところだ。なんかしらんけど異常に嫌ってる。そこだけはちょっと好き。だってさ、想像だけど中世ファンタジー世界の権力なんて大体腐敗してそうじゃん? 「なにが好きかじゃなくて、なにが嫌いかで語れよ! ドンッ!」みたいなノリのネット掲示板の中でオレは人生を送ってきたので、なんだかそういう部分に親近感を感じてしまう。
話を戻すと、今のオレは「布の服、ひのきの棒、革の靴、ざっくばらんに左右に流したドレッドヘアー、黒三毛猫カラーの肌」という、初期装備を身に着けたイキってる人、みたいな感じになってる。逆に注目度が高まって辛い。これならまだ謎の薄汚れた装備を身に着けてた方がサマになってた気がする。
たまに話しかけられる時も「剣聖ゴブリン」「ゴブリンさん」「ゴブさん」「ゴブの旦那」「剣ゴブさん」みたいな呼ばれ方をされる。誰もオレが名乗った「ガルム」って名前で呼んでくれない。まぁ、「ガルム」はオレの思いつきで名乗った異世界ネームだし? まぁ、自分でもまだしっくり来てない部分はあるんだけどさぁ……。
あ、あと「ご主人さま」って呼んでくれる人が一人いた。柴犬獣人でオレのバディ、そして宿屋兼酒場『柴犬亭』のオーナー、メイド服を着た男の子シバタロウくんだ! パンパカパ~ン! ヒュ~ヒュ~! よっ! パフパフっ! ドンドコドンっ! いや~、マジで可愛いんだよね、シバタロウくん。身長は一メートルほど、赤茶色でもふもふな毛並み、黒く潤んだつぶらなうるうる瞳、ぴょこんとした三角耳、白色で短い手足、そして健気に宿を切り盛りする一生懸命さ、そしてたどたどしい口調で頑張って喋る様子は見ていて涙が溢れてくる。ありがとう、緑神トキトウ。ありがとう、異世界、ありがとう、オレの前世での死因となった胃がん。
思わず胃がんにまで感謝してしまう、そんな尊さがシバタロウくんにはある(ガッツポーズ!)。さて、そのシバタロウくん。急遽オーナーに抜擢されると怒涛の行動力を見せた。まず、店の名前を『柴犬亭』と変えた。うむ、いい名だ。次に店内の徹底的な清掃、お得なランチタイムの積極的な売り出し、行き場のない鎧ゴブリンを引き取ってバーカウンターのマスターへと登用、などなど。遺憾なくシバタロウくんは天賦の才を発揮すると、店は一瞬にして「薄汚れた田舎町のボッタクリ宿屋」から「明るくキレイでコスパもいい良心的宿屋」へと姿を変えた。
はぁ~、シバタロウくん、可愛くて、愛らしくて、さわり心地良くて、いいにおいして、料理も上手くて、それでいて経営も上手いなんてマジで最高すぎんよぉ~~~! ハァハァ……。そ、そんなシバタロウくんと働く楽しい仲間たちを紹介するぜ!
まずはバーカウンター担当、マスター(鎧ゴブリン)だ! 就任初日から溢れ出るマスター感を発揮して、気がついたらオレですら自然と「マスター」と呼んでいたほどのマスターっぷりだ。みんなもそう呼んでいて、気がつけばもう、この街でマスターと言えば彼のことだ。
そして、シバタロウくんファンの冒険者で女性従業員の一、二、三、四だ! これからしょっちゅうモンスターが攻めてくるっつーんで、この街の非戦闘員はみんな他所に引っ越して行っちまったんだ。だから手の空いてる冒険者、主に力仕事に携わらなくてシバタロウくんファンの冒険者が時給制で働いてるんだ。ちなみにそれらは全員女の子。そして、オレは彼女たちに嫌われてる。なぜかというとシバタロウくんに「ご主人さま」と呼ばれてるうえ、ちょいちょい独り占めしがちだから。オレは柴犬亭の二階にある部屋に泊まってる(レアモンスターを誘き寄せる餌特典で宿代無料! やったぜ!)んだけど、姿を現すたびに女性従業員一、二、三、四に舌打ちされる。
「いらっしゃいませ~、何名様で……って剣ゴブかよ、チッ……!」
「さっさと二階行けよ、クソ野郎」
「私のほうがシバタロウくんのことわかってるのに……私のほうがシバタロウくんのことわかってるのに……ブツブツ……」
「あれが【飼い主の器】を持ってるという【飼い主ゴブリン】か……。いつか私が殺して、次の【飼い主】に……」
いや、オレが持ってるのは【魔王の器】で、オレは【魔王ゴブリン】だからね!? 色々混同して殺しに来ないでね!? とまぁ、こんな感じで過激派から硬派タイプ、病んでるのから厨二病まで、シバタロウくんファンの女冒険者達が柴犬亭では働いてる。正直、どんなモンスターよりも女の嫉妬のほうが怖い。なので、かかわり合いにならないように名前も覚えずに番号で人数だけ把握するようにしてる。でも、そんな彼女たちも……。
「こら、みんな。ボクのご主人さまに変なこと言っちゃダメだよ~?」
と、シバタロウくんが一言注意すれば。
「はぁ~い! シバタロウくんの言う通りにしまぁ~す!」
「今日も寝ないで働きますね~☆」
「ハァハァ……シバタロウくんさん最高……シバタロウくんさん最高……」
「フッ、シバタロウくん殿、今宵も良い毛艶をしている……。今夜も狂乱の宴が巻き起こされるであろう!」
と、一瞬で信者へと早変わり。そして。
「ご主人さま! もう少しで仕事終わるから、今日も一緒にお風呂入って一緒に寝ましょうね!」
とでも言ったならば。
「一緒にお風呂とか羨ましすぎる。死ね死ね死ね死ね死ね」
「クソがっ! なんでお風呂入るの私とじゃないんだよっ!」
「ブフッ……お、お風呂……ブフフッ……ね、寝る……シバタロウくんさんと……ブッフフ……あ、鼻血が……」
「貴様の滅びの時は近い」
と殺意が向けられてくる。そんな個性豊かで関わり合いになりたくない楽しい仲間に囲まれて、今日も柴犬亭は元気に営業中だ。あ、ちなみにシバタロウくんは、オーナーになっても変わらずメイド服を着て働いている。なんでも動きやすいらしい。まぁ、オレのいた世界でも男がスカート履いたりしてたし。ほら、多様性? だし、なにより可愛いからいいかなって。
「ほら、みんな! ご主人さま怖がってるから!」
「はぁ~い」
「ご主人さま! 襲いかかってくる魔物をぜ~んぶ倒したら、この柴犬亭で一緒に過ごしましょうね! 頑張ってダンジョンから出てきたご主人さまの垢が全部きれいに落ちるまで、お風呂も毎日ピカピカに掃除しておきますんで! ボクを前の飼い主から救ってくれたご主人さまに、い~~~っぱい恩返しが出来るように頑張ります! だから、お店も大きくして、すっごいお風呂とか、お肌にいい食べ物とか、えっと、あとベッドとか取り揃えられるようにします! えっと、んと、それで……」
言いたいことが渋滞しすぎて言葉が出てこなくなったシバタロウくんの頭を優しく撫でる。シバタロウくん、オレはこの世界でキミに出会えて本当によかったよ。アイスゴブリンを撃退したら、次の襲来までしばらく間が開くそうだから、オレも宿屋経営を手伝ってもいいかもしれない。なんせオレは、サービス過剰の国、日本から来た転移者だ。異世界お客様満足度ナンバーワン店舗を目指すのも面白そうだ。ただ……。
女性従業員一、二、三、四のオレを見つめる視線がマ~ジで怖いんですけど! 本格的に手伝う前にオレの身の安全の方が心配なんですけど!?
と、なんやかんやこんな日々を送ってるうちに防備の設営も終わり、ついにアイスゴブリン襲来の日がやってきたのだ。
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