第8話 シバタロウくん
誰かに作ってもらった手料理って、いいよね。
例えばさ、チェーン店で明らかにチンしてるだけの料理でも「誰かに作ってもらった」って事実だけで美味しさが増す気がしない?
さてさて! 今、オレの目の前にある、この二千年ぶりの手料理。
なんと! これを作ってくれたのは、柴犬獣人のシバタロウくん(仮名)(六歳)(オレの脳内でだけ勝手に名付けてる)なのでした~!
「お、おいしい……ですか?」
上目遣いでおずおずと聞いてくるシバタロウくん。
グッ!
オレはウインクしながら親指を立てる。
「わぁ~……! ボ、ボク自分で料理作るのが夢だったんですよね! ほら、料理って楽しいじゃないですか! 食べる人、みんな嬉しそうだし! みんな嬉しいとボクも楽しくなっちゃうから、ほら、だから、あの……」
テンション上がりすぎて言葉が追いついてこないシバタロウくん。
「ん……ごくんっ。……っと、つまりあれだろ? キミは、拾われてきたこの宿屋の厨房に立つのが夢だったんだろ? いっつもウエイター……じゃなくてウエイトレスやらされてたから」
「はい! はい! はいっ、そうなんですっ!」
シバタロウくんの背丈は、椅子に座ったオレの腰より少し上くらい。オレを見つめる柴犬特有の純粋無垢な目が眩しい。しかも男の子なのにメイド服。後ろに尻尾穴が空いているようで、そこから出た尻尾がブンブンと左右に振られている。
「もう何回も聞いたからな。だから、こうしてもぬけの殻となった宿屋で飯作ってもらってるんだし。いや~しっかし、うめ~よ、この陸エビ? ってののエビチリ。なんだろ? やっぱ犬が入ってるから、優れた嗅覚とかのアレで調味料の配合がアレだったりすんのかな?」
「はい! お給仕しながら匂いでレシピ覚えたんです! でも、お店の人には『お前みたいな半端な劣等種が調理場に立つなんて千年早い』って言われて……。千年後なんかボクもう死んでるのに……」
「ハムハムっ、千年……? オレなら生きてるけどな」
「はひっ? あなたは千年後も生きてるんですか?」
「ああ。今オレは、二千とんで二十一歳だし。多分」
「え、えええええ!? すご、すごいいぃ! え、もしかして神様とかなんですか!?」
びっくりしたシバタロウくんは、思わずバンザイして持ってたお盆を放り投げちゃう。オレは、そのお盆を空中でキャッチして上に乗っていたフライドポテトをパクり。
「神様じゃないけど、神様っぽいのには会ったことあるな」
「はぁ……神様に……やっぱり凄い方なんですね……」
「ところで、この世界の神様ってどんな風に伝えられてるの?」
「はぁ、ボクもあんまり詳しくは知らないんですが、なんか緑色らしいです」
あ、やっぱり緑色なんだ? じゃあ、やっぱ、あれは神様だったんだろうな。
「あ、あと、名前が、たしか……あっ! トキトウ様です」
「ブーーーーーーッ!」
思わず口の中のものを吹き出してしまう。
「だ、大丈夫ですかっ!? 美味しくなかったですか!?」
オロオロしながらシバタロウくんが聞いてくる。
「いや、だ、大丈夫……。ちょっとムセただけ……」
トキトウ? たしかあの緑神、最初に『ここは精神と
「キ、キミは物知りだなぁ……あ、あはは……」
ブンブンブン! 尻尾の振り幅が一段と大きくなる。
フンフンっ! 得意げさを隠しきれない鼻息。
キラキラ~ン! オレを見つめる純粋でつぶらな目。
ああ、その全てが……。
(かわいいなぁ~~~! おいっ、シバタロウくん! ちょっとかわいすぎるぞ、キミっ!)
「?」
ポカンとした顔でオレを見つめるシバタロウくん。
コホンっ。
いかんいかん、にやけた顔を引き締めてっと。
「で、だ。話を整理したいんだが、街の人が出ていったのは、オレをゴブリンだと思ってたからだよな?」
「はい、そうです。『とんでもないバケモノが出たから、この街はもう終わりじゃ~』『お前はワシらのために、ここに残って食われて足止めでもしてろ』って言われて置いていかれました」
その時のことを思い出したのか、耳と尻尾がシュンと垂れ下がるシバタロウくん。
(むむっ、前の飼い主の奴め……可愛いシバタロウくんを悲しませるとは許せん。……あれ? っていうか「飼い主」でいいのか? 獣人って半分人なんだよな? 人権とかどうなってんだろ、この世界)
シバタロウくんを見ると、「なんですか?」という感じで小首をかしげている。
(あぁ……かわいいなぁ……。かわいくて、料理も上手くて、愛くるしくて、毛並みもさわり心地よさそうで、健気で、頑張り屋で、おっちょこちょいなところもあって、人の笑顔を見るのが大好きとか……。前世のオレの正反対じゃね~か……。そんな、世界中の人から愛されるために生まれてきたようなシバタロウくんが酷い扱いを受けてるとか不条理すぎんだろ、この異世界……)
そんなことを思ってると、シバタロウくんの鼻がピクリと動いた。
「ご主人さ……あっ!」
「え、なに? ……って、えっ? ご主人?」
「あっ、すみません、つい言い間違えました!」
ご主人。ごしゅじん。GOSYUJIN……。ああ、なんていい響きなんだ……。呼ばれてぇ……。シバタロウくんに「ご主人さま」って呼ばれてぇよ……。人権とか犬権とか獣人権とか的にセーフかどうかは詳しくは知らんけど……。
「で、なにかな、シバタロウく……」
「シバタロウ?」
「あ、ごめっ、間違った、ごめんごめん!」
やっべー、やっべ~。心のなかで勝手に名付けてた仮名を口に出しちゃったよ。これはシバタロウくん(仮名)も引いただろうな~。ヤバい奴と思われた可能性あるな~。……って! シバタロウくん(仮名)を見たら、意外とまんざらでもなさそうな感じでモジモジしてるやん! ああ、可愛いよシバタロウくんっ(仮名)!
「あ、そうだ、ごしゅじ……あ、えっと……」
「いいよ、ご主人でいい、うん(にっこり)」
「あ、えっと、ご主人……さま……」
ふぉおおおお! ご主人! イエス! イエスっ! アイ・アム・ご主人っ! フォーーーーー!
「……で、どうしたのかな?(平静)」
「あの、えっと街の人達が戻ってきたみたいです」
「ん? もしかして匂いでわかるの?」
「はい、今ぐる~っと街の周りを取り囲んでて……」
ドドドドドドッ──!
「どわわわっ!?」
突如。すさまじい轟音とともに、外が、オレが、シバタロウくんが、一面の光の中に包まれた。
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