第7話 柴犬獣人

 わ~い、みんな~!

 突然だけど、みんなが「お風呂」に入らなかった最長期間ってどれくらい? 三日? それとも一週間? オレ? オレはね~……。


 ドーン! 二千年!!!


 そう! 二千年もお風呂入ってなかったの、オレ! だから気づかなかったんだけど、肌真っっっっ黒になってんじゃん、オレっ!


「うおおおお、宿屋! お風呂お借りしまあああああす!」


 猛烈な勢いで無人の宿屋に駆け込むと、熱々のお湯が張ってある湯船に直行する。直前まで人がいたようで、石鹸が置きっぱなしだ。


「うおおおお……」


 文明……。

 THE・BUNMEI……。

 そうだよ、これが人間らしい文明なんだよ……。

 二千年ぶりに文明の利器を目の当たりにしたオレの目に涙がこみ上げてくる。


 ハッ!

 それよりも体を洗って早く人の姿に戻らなくては!


「石鹸、お借りしま~~~す!」


 ゴシゴシ。

 ゴシゴシゴシゴシゴシ。

 ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシッ!


 洗いに洗いに洗いまくった結果──。


 つるーん!


 きれいになったぜ!


 ……ただし、そこそこ。うん、そこそこ……。だって、二千年分の垢が一回の風呂で全部取れるわけなくない? っていうか垢が積み重なりすぎて地層みたいになってたし! 垢のフルアーマーみたいになってたところにお湯かけても、そりゃ一度に全部は落ちないよね、うん!


 ということで、完全なゴブリンからハーフゴブリンくらいにまでは人間の姿を取り戻したオレ。まだしつこい垢も残ってて、白黒茶色のブチ模様みたいになってるけど、残念ながら浴槽のお湯も全て使い果たしてしまった。よって今日の入浴タイムはここまでだ。


「ふぃ~……」


 拝借したタオルを肩に引っ掛け、キンキンに冷えたなにかの牛乳的なものを一気に喉に流し込む。すげえ、すげえよ、文明……。マジですげえ……。あまりの感動に語彙を失ったオレは心の中でひたすら「すげえ」を連呼していた。


「さて、っと……」


 じゃあ次は、さっきの柴犬獣人くんのところに戻ってみますかね。さっきは、オレのことをゴブリンと誤解して怯えてたんだろうし、今の姿なら多少はマシだろう。それに、ようやく喉もこなれてきて声も出るようになってきたからね。


 テクテクテク。


 足取りも軽く、さっきの場所に戻ってみる。すると、柴犬獣人の子供は逃げ出しもせず、まだ木箱の中に隠れたままだった。


「ひっ──!」


 こちらを見て怯える獣人くん。

 オレは彼に優しく声をかける。


「コホンっ、あ~、あっ、あっ。え~っと、聞こえる? 言葉、通じるかな?」


「お、お願いです……食べないでくださぃ……!」


「あ~、大丈夫大丈夫、ほら、見て。人間。オレ、人間だよ~? アイ・アム・ヒューマン。わかる?」


 ガタガタと震えながら上目遣いでこちらを見つめる獣人くん。よしよし、見てくれただけでも、さっきよりは、だいぶマシだな。


「ね? わかる? 人間だから食べたりしないよ?」


「ほ、ほんとうに人間……?」


「ああ、そうだよ。さっきまで長い間お風呂に入ってなかったから汚れてたけど、今お風呂に入ってきれいきれいにしてきたからね。ほら見て? さっきまでと全然違うでしょ?」


「食べない……?」


「食べないっ!」


「いじめない……?」


「いじめないっ! むしろ、そんなことするやつがいたらオレが守ってやる!」


 箱の中からひょこっと耳と目だけを出す獣人くん。なにかが気になるようだ。オレは、彼の姿のあまりの愛らしさに動揺しつつも平静を装って尋ねる。


「なにか気になる?」


「うん……あれ……」


 獣人くんが見てるのはオレが道すがら狩ってきた狼のようだった。


「あれが、どうかした?」


「うん……あれ……」


「オレが途中で狩ってきたんだよ、襲いかかられたんだ」


「そう……なんだ……」


「それがどうかしたの?」


「うん……あれ……ボクのお父さんとお母さん殺した……」


 なるほど。親の仇がこんなところで転がってたら、そりゃ気になるよな。


「一人になったボク……人に捕まって……ここで働かされてた。でも……みんな逃げちゃって……ボクだけ置いていかれたの……」


 足手まといになると思われて、ここに捨てられていったのか……かわいそうに。


 しかし……! こんっなに可愛い子を置いていくとは、まったく理解できん! 異世界人には柴犬のかわいさが理解できんのか? よしっ! もしっ! 万が一っ! 仮に、この先っ! 誰も引き取り手がなかったら、この子はオレが引き取りましょうっ!


 熱い決意を決めたオレは、さっそく勧誘活動に入る。


「よかったら、オレと一緒に来る? こき使ったりはしないよ?」


「いじめ……」


「ないっ! いじめない!」


「ほんとに?」


「ほんとにほんと! だってほら、オレはキミの両親の仇をとった男だぜ? こんな可愛いキミをいじめたりするわけないじゃないか」


「か、かわいい……?」


「ああ、かわいい! すごくかわいいぞ! かわいすぎて今すぐ抱きしめたいくらいだっ!」


 ポッ……っと頬を赤く染める獣人くん。……え? いやいや、なに、そのまんざらでもないみたいな感じのリアクションは? かる~く流してもらうくらいじゃないと、言ってるこっちがガチ感出すぎて、なんか変な感じになるんですけど?


「よいしょ、よいしょ……っと」


 よじよじと木箱の側面をよじ登ってきた柴犬獣人くん。スタリと地面に降り立った彼の全身の姿を見て──オレは衝撃を受ける。


「な、な、な……!」


 なんと、柴犬獣人くんは。

 メイド服を着ていたのだ。


「男の子の柴犬獣人にメイド服を着せるとは……! ま、前の飼い主は、なんつー趣味してんだあああああああああ!」

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