第9話 一閃舌戦

 オレとシバタロウくんは、なにが起こったのか確かめようと宿屋の外に飛び出す。


「うっ……!」


 外は一面の光に包まれていた。

 あまりの眩しさに目を覆う。


「ご、ご主人さま、あれっ!」


 空を指差すシバタロウくん。見上げたオレの目に映ったのは、ななななんと、空から降ってきている巨大な魔法陣だった。


「ええええええ!? あれ、なに!?」


「わ、わかりません! あ、今、街の外で話してる声が聞こえましたっ!」


 そう言って、耳をピクピクと動かすシバタロウくん。


「獣人だから耳がいいのか! で、なんだって!?」


「こ、これは、ボクたちを封印する魔法陣らしいです!」


「封印!?」


「は、はい……近隣の街から急いで術師を集めたみたいで、全員で力を合わせて街ごと封印する、って……」


「チッ──」


 この街の奴らがここまでする理由。それが、オレの横殴りが原因ではないことはわかった。でも、いくらオレがゴブリンに見えたからって、ここまでするか? 街ごと封印? いくらなんでもふざけすぎてる。しかも! オレだけ狙うならまだしも、なんの罪もないシバタロウくんまで巻き込むとは──!


「うおおおおおおお!」


 怒りのあまり、ぷしゅ~っ! と、オレの頭から湯気が噴き出る。


 そう、怒ってんだよ、オレは! なんですか、これ? PvPですか? しかも「集団」対「ソロプレイヤー」? ハハッ、いいじゃないですか、いいじゃないですか! それでこそ、二千年間鍛えてきた甲斐があるってもんですよ。


 ボンッ! と、オレの腕が膨らむ。


 のほほんとパーティー組んでる連中にオレの実力を見せつけてやりたい。これまでオレは、そう思ってずっとちまちま一人で狩りをし続けてきたんですよ。でも! オレが本当にしたかったのは、そんなことか? 考えてみれば、オレは勝ちたかったんだよな、あいつらに……。現実で負けて、ゲームの中でも上手くコミュニケーション取れなくて負けて……。それで、この異世界でも負けたりなんかしちゃったらさぁ、オレの存在ってのは一体なんなんだって話なんだよ!


 ドンッ! と、オレの足が大地を踏む。


 負けらんねぇ。

 負けたくねぇ。

 二千年間、地獄のようなダンジョンで耐えてきて。苦労して、そっから出てきた瞬間に封印とかさぁ。そんな負け犬人生──もうごめんなんだよっ!


 バンッ! と、オレの体が一回り大きく膨らみ、漆黒に染まってゆく。


 さらに!

 オレが許せんのが!

 何回でも言うけど!

 全くなんの関係ないシバタロウくんを巻き込んだことだっ!


 ズンッ! と、体の中に魔力がみなぎる。


 封印がなんだ!

 PvPがなんだ!

 パーティーが、集団がなんなんだ!

 誰が相手でも、シバタロウくんを傷つけるやつは、許せえええええええん!


「うおおおおおおおおおお!」


 二千年近く使い続けて刃こぼれ一つしなかった、あおきらめく薄刃の剣が、オレの体から溢れ出た魔力を吸収し、黒く染まる。


「ば、馬鹿なっ! 封印が押し戻されている──だとっ!?」


 全ての怒りを込めて、オレは宙に向かって剣を振る。



 一 閃 。



 オレの放った黒い斬撃によって、魔法陣は雲と共に真っ二つに引き裂かれ、その効力を失っていく。我に返ったオレが体を見ると、力が抜けていくと同時に、黒く膨らんだ部分も消滅していった。


(なんだ……? 今、オレは魔力の塊を纏っていたのか……? それに、この剣も黒く染まっていたような気がするが……)


 自身の体の変化に驚いていると、やけに耳障りな声が耳に飛び込んできた。


「こ、殺せぇ~~~! 犬、オイ、犬! そいつを殺すんじゃあ!」


 声の方を見ると、見た感じ「金の亡者」って雰囲気の銭ゲバ爺(偏見)が、そう叫んでいた。っていうか、犬? 犬ってなんだ?


「あっ……い、犬ってのはボクのことです……。あの……あの人、ボクを拾った人で……」


 震えながら、伏し目がちにおずおずと告げるシバタロウくん。そこには、さっきまでの明るい彼は、カケラも見られない。ただただ、弱々しく怯えている子供だ。


 あのジジイ……シバタロウくんに名前すらつけてなかったってのか……。犬呼ばわりして……こき使って……。それで邪魔になったからって捨てておいて……? そのうえ保身のために殺人を命令するだぁ……? こんなクズがシバタロウくんを拾ってただなんて……心っ底っ! 吐き気がするぜっっ!


「おい、話がある」


 オレは、剣の切っ先を向けて続ける。


「わかるか? オレは人だ」


「人だと……!? そうだ! きっと騙そうとしてるに違いない! 魔物の言うことなんか信用できるか! 魔物のくせに人の言葉なんか喋りやがって!」


 はぁ……。集団ヒステリー。理解出来ないものへの排除の反応。思い込み。自己暗示。プライドの保持。そして──恐怖。それらが彼らの考えを意固地にしてしまっているのだろう。オレも前世では、ずっと迫害され、排除されてきた側の人間だ。こういった奴らの反応は、嫌になるほど見てきた。今のオレなら逆にこいつらを排除することも出来るかもしれない。そして、仮にそうしたところで、どこからどう見てもオレの正当防衛だ。


 でも。

 その前に、オレはオレの善意にもとずいて、最大限の譲歩はしておきたい。


「代表者と話がしたい! 代表者は誰だ!」


 静まり返る人混みを割って出てきたのは、相まみえるのが三度目となる男。あの駆け出しパーティー、いや、ここで出てくるような人物なんだから駆け出しパーティーじゃないんだろうな。とにかく、そこのアタッカーの男だ。


「私が代表者だ!」


「名は?」


「ユージ、戦士ユージだ! 貴様も人だというのであれば名くらいあろう! それとも魔物だから名乗れないのか!?」


「名か。オレの名は……」


 え、なんて言おう。前世の名前でいいの? いや、でも前世の名前はな~……。全くいいことなかったから引っ張りたくないんだよな~。そもそも、異世界に似つかわしい名前じゃないしなぁ。うん、よしっ! 今から名前を変えて生まれ変わるか! 失敗した前世、苦労した二千年、そして今からがオレの新しい人生の幕開けだ! なんて名前にしようかな~、え~っと……。


「……ガルム! オレの名はガルムだ!」


 なんとなく頭に浮かんだ名前を答える。


「ガルムか。では問おう、ガルム! 貴様は一体なにが目的で我らに脅威を与える!? そもそも先程の姿を見るに、到底人とは信じられぬぞ!」


 ふむ。まずは誤解を解くことから始めるか。


「まず、くり返し言うが、オレは人だ。今はわけあって、このような姿をしているが、そもそも、オレは今まで一度もお前たちに危害を加えたことはない」


「何を寝ぼけたことをっ! ダンジョン『エン・コン』にて私達に襲いかかってきたではないか!」


「襲いかかった? ダンジョンって、あの森か? あれは、お前らがいきなり弓を撃ってきたから払っただけだろ。その後もゴブリン一匹殺しただけだ。どこが襲いかかった?」


「それは本当か、戦士ユージ?」


 相手方陣営のおえらいさんっぽいヒゲのじいさんがユージとやらに詰め寄っている。どうやら、向こうも一枚岩じゃないっぽいな。続けて揺さぶりをかけてみる。


「しかも、その後、もう一回撃ってきたよな? オレは何もしてないのに」


「し、しかし、お前は私達を威嚇してっ……!」


「威嚇? ああ、もしかして、あの唸ったやつか? あれはオレがずっと声を出してなかったから、うまく喋れなくてうめき声になってたんだ」


「なっ……! で、でも近づいてこようとしただろっ!」


「そら話聞いてもらうために近づこうとするだろ。そもそも、こっちが一方的に攻撃された被害者だぞ? まず、そこを詫びろよ?」


「ユージ殿、今の話が本当であれば……」


 ユージは、ヒゲじいさんの静止を振り切って、唾を飛ばす。


「う、うるさい、うるさいっ! この街に来た時だって、我らに魔金狼『オルグガルド』の死体を投げつけたではないか! あれは『お前らも、こうしてやる』という意味の脅しだろうがっ!」


「オルグ……? なに? ああ、あの狼ね。あれは途中で襲いかかられたからサクッと絞めただけだぞ? 街に着いたら金がいるだろ? だから素材として買い取ってもらおうと思って持ってきたんだ。で、オレは狩り場での横殴りが原因でお前らが怒ってるのかと思ってたから、その狼を謝罪品として贈ろうと思って投げたんだよ」


 ざわざわ……。


「狩り場の横殴りってなんだ……? っていうか、オルグガルドを素材扱いだと……? しかも、なに? サクッと絞めた……? おいおい……あれは、この辺りの伝説の【S】級魔獣だぞ……?」


 あら、そうなの? あんまり弱いんで、普通の狼かと思ってたわ。


「ユージ殿、どうかそのへんで……」


 ユージは、止めようとしたヒゲじいさんを突き飛ばす。


「う、うるさいっ! それなら今はどうだっ! 今も、その獣人を人質に取っているだろうがっ!?」


 ん? シバタロウくんのことか? はぁ……苦し紛れに一体なにを言い出すかと思えば……。


「そうじゃ! あの悪魔は、ワシの大事な奴隷を人質にしておるのじゃ! おい、犬! 拾ってやった今までの恩義を返すときじゃ! さっさとそいつを殺せっ!」


 割って入ってきたのは、シバタロウくんを拾ってこき使っていたという銭ゲバ爺。ったく、自分はシバタロウくんを見捨てて逃げたくせに、よく言うよ……。


「ボ、ボクは人質になんか取られていませんっ!」


 それまで物陰に隠れていたシバタロウくんが、オレの前に飛び出してきて声を上げる。その足は、震えている。


「な、なにを言うんじゃ! こらっ、犬! 早くそいつを殺せ! また叩かれたいかっ!?」


 叩く……? こいつシバタロウくんを叩いてたのか……。マジで許せねぇな……。


「こ、このご主人さまは、ボクのことを大事に扱ってくれました! ボクの作ったご飯も美味しい、美味しいって言ってくれて……! ボクの話もいっぱい聞いてくれたんです! ボ、ボク……これまで人に、こんなによくしてもらったことないです! もちろん叩かないし、暖かい言葉をいっぱいかけてくれるんです! ボクは、ボクは……!」


 涙で言葉が続けられないシバタロウくん。


「戦士ユージ……。今回の件はこれで幕引きのようじゃな」


 ヒゲじいさんがユージの肩に手を置く。


「そんな……! 僕が……僕が見誤っただと……? そんなこと絶対にあってはいけない……く、くそっ! あの男……あの男は、絶対に魔物に違いないんだ……!」


 まだ納得のいかなさそうなユージを後目に、ヒゲじいさんが銭ゲバ爺をぎろりと睨む。


「獣人のことは保護の名目で雇用を許可しておったが、虐待を加えていたとなっては話は別じゃぞ?」


「ひっ……! い、いやだなぁ。あんなの口からでまかせで……」


「でまかせなら、なお悪いっ! 今回のことが王都の獣人組合の耳に入りでもしたら貴様は国外追放ものじゃ!」


「りょ、領主バルモア! な、なにとぞ、ご容赦を!」


「容赦? ワシの容赦は、お前が今宵限りでこの街からいなくなったことを、明日の朝に気づくくらいかのう」


「なっ──! く、くそっ……!」


 街を出る前に持ち運べるだけの財を漁るためか、銭ゲバ爺は、すぐに走り去っていった。


(ふぅ……なんだか怒涛の展開だったな……。でも、誤解が解けたっぽくてよかった……のか?)


 ホッと一息ついたオレは、シバタロウくんに、そっと寄り添う。最後に一気にカタがついたのもシバタロウくんのおかげだもんな、ありがとな。


「ガルム殿」


 ヒゲじいさんが声をかけてくる。


「この街の領主、バルモアと申します。この度は、我々の勘違いにより、多大な迷惑をかけたこと、心よりお詫び申し上げます」


 領主ってことは、この人がこの街の実際の最高権力者か。


「いえ、オレも紛らわしい見た目してましたし、喉が潰れてて声が出なかったのも誤解を与えた一因ですので、気にしてないですよ。ただ──」


 シバタロウくんの背中に添えた手にギュッと力が入る。


「その獣人のことですな。先程は、お見苦しいものを見せてしまって申し訳ありませんでした。あの宿屋の主人が捨て子の獣人を拾ったというので、保護も兼ねて雇用を許可していたのですが……まさか虐待を行っていたとは──」


 口の上手そうな領主だ。さっきの銭ゲバ爺への対処は、見ていてちょっと溜飲が下がったが、実はこのじいさんもグルでしたって可能性もある。なんせ権力者なんて九割九分は信用に値しないもんだ。


「あんたは、本当に知らなかったんだろうな? この子がひどい目に遭っていたことを」


「は、はい。そう思われるのも仕方ありませんが、報告では『真面目に勤労している』としかありませんでしたので……。いえ、それも言い訳にしか過ぎませぬな。住民の行いの不備は、全て私の責任です。なにとぞ、謝罪させてください。申し訳ございませんでした」


 深々と頭を下げる領主。すぐに自分の非を認めて素直に頭を下げる。これが、いかに難しいか。ちょっとだけだが社会をかじったことのあるオレには、それがよくわかる。誠実な対応だと思う。


「キミは、どう思う?」


 オレは、シバタロウくんに優しく問いかける。


「キ、キミじゃなくて……さっきの名前で呼んでほしい、です……」


「いいの?」


 コクコクと頷くシバタロウくん。


「えっと……じゃあ、シバタロウくんは、どう思う?」


 シバタロウくんは、パァと顔を輝かせるとブンブンと尻尾を振る。


「領主様は悪くない! ボク、今のご主人さまと一緒に居たい! 前の拾ってくれた人は好きじゃないけど、今のご主人さまは好きっ!」


「おやおや……。もう名前をお付けに……。それに、すでにご主人さまとは……。いやはや、お二人のこの様子を見ては、帯同される許可を出さないわけには、いかなそうですな」


 そう言って頬を緩める領主。


 薄暗く湿ったダンジョンで過ごしてきた二千年。

 その苦節を乗り越えたオレに、やっと今。

 新しい、冒険のが出来たようだった。

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